16、大事なことを言いたい……のに



 俺たちから合鍵を奪ったおかか研は、徐々に屋上を侵略し始めた。


「足元、失礼」


 働き者の小人のように、剥不はがれずさんはせっせと作業している。彼女がり巡らせているケーブルは、今や屋上を埋め尽くそうとしていた。


 組み上げた鉄パイプに満足そうにうなずいて、剥不さんはカメラで写真をっている。


「まるで何かの実験施設だ……」


「私たちの安息地が……」


 俺と先輩は、彼女の行動を黙って見ているしかなかった。


「先生に言った方が良いかな」


 しびれを切らした二葉先輩が、こちらからの攻勢を提案したこともあった。


「そうすれば、静かになるよ」


「でも、間違いなく屋上の鍵は没収でしょうね。最悪、鍵が変えられることだって、あるかもしれません」


「そうだよねぇ」


「向こうもそうと分かって、強気に出ているんですよ」


「歯がゆい」


 先輩はむしゃくしゃしたと言った感じで、俺のカニクリームコロッケを奪っていった。


 大きくなった実験施設は、もう俺たちの手には負えない。組み上げられた鉄パイプは、なんか知らないけれど、ゴウンゴウンと異音を立てている。


 安息のランチタイムも何もあったもんじゃない。


 頼みのつなといえば、情けないことに、鷺ノ宮しかいなかった。


「あー! また、ここにいたー!」


 鉄パイプを組み上げて作った、巨大なアンテナを開こうとしている剥不さんを見つけて、鷺ノ宮が叫んだ。


「鷺ノ宮助手。来たのか」


「来たのか、じゃないですよ。お昼休みはダメだって言ったじゃないですか。アンテナを開くのは深夜だけですって。バレますよ」


「待ちきれず、つい」


「また停学になりたいんですかー?」


 ちょこちょこと逃げ回る剥不さんを捕まえると、鷺ノ宮はくるりと俺たちの方を振り返った。


「いつも悪いな。鐘白、二葉さん」


 剥不さんを引きずって、疲れ切った顔の鷺ノ宮は去っていった。ああしてくれることですが、剥不さんを止める手立てはない。


 パタンと扉が閉められると、ふぅと二葉先輩は息をついた。


「ようやく静かになった」


「落ち着いて食べられますね」


「やっぱりぼっちには静寂せいじゃくが似合うね」


 満足そうに、彼女は焼きそばパンを頬張り始めた。やはり二葉先輩には、焼きそばパンが似合う。


「先輩」


「ん」


「あの、スマホ持ってます?」


「持ってないんだ、それが」


 彼女は残念そうに言った。


「失くしちゃったみたい」


「そう……なんですか」


「まー、連絡取る人もいないんだけど。どっかいくのも一苦労なんだよね」


「あの、それなんですが……」


 口の中に溜まったつばを飲み込んで、俺は覚悟を決めた。


 ここ二、三日、ずっと言おうと決めていたことがある。


「良かったら、今度二人で……」


 二葉先輩の顔を見つめ返す。

 何度見ても、ちゃんと目を合わせることができない。


 たかが目と口と鼻。

 それだけなのに、無性に胸が苦しくなる。緊張してうまく次の言葉が出てこない。


 大丈夫。

 必要なのは勇気。そう自分に言い聞かせる。


「遊び……」


 言おうとしたところで、アンテナからビーと警報音のような音が鳴った。


 扉から剥不さんが飛び出してくる。


「キタコレ」


 目を輝かせた剥不さんの後ろから、鷺ノ宮が追いかけくる。


「待てー! くそっ、まさか関節を外して縄抜けするなんて……!」


 再びゴウンゴウンと機材が稼働かどうし始める。二葉先輩と二人っきりで話すことができる時間が、消え去る。


 先輩は困ったような顔でまゆを下げた。


「……えっと?」


「いや、何でもありません」


 くそう、邪魔だ。 

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