いい男
「てやんでえいべらぼうめい!」「股のしたあくぐりやがれ!」
おじいちゃんは下町生まれの江戸っ子であった。
口が悪いけど、カッコいいおじいちゃんだった。
近所で有名な世話好きな人で、かっちゃの愛称で親しまれていた。
よく近所の人がおじいちゃんに会いにきていたし、
私が外にでると、よくかっちゃのところのだろと話しかけられていた。
お母さんは早くに離婚をしていて、働きにでていて家におじいちゃんとおばあちゃんと一緒にいることが多かった。
私はいつもおじちゃんと一緒で、おじいちゃんが大好きだった。
おじいちゃんの膝の上でテレビを一緒にみたりしていた。
臭いおじいちゃんが大好きだった。
一緒に、ご飯を食べた。
一緒に歯磨きしたりした。
おじいちゃんは入れ歯だったから、入れ歯をはずして液につけていた。
入れ歯は臭いから嫌いだった。
当時、私は水泳を習っていた。
好きで始めた訳ではなかった。
才能があるからと、水泳の先生が熱心に私を指導していた。
ただ、友達と一緒に習い事がしたかっただけなのに、
「君の中には魚がいる」
いてほしくなかった。
だんだんと練習が厳しくなっていくのが辛かった。
早く辞めたかった。
ある日、先生に怒られた時があった。
熱心に指導していた先生は私のためを思って言ってくれたのだろう。
しかし、私には無理だった。
オレンジの水泳帽をプールの床に叩きつけて泣きながら家に帰った。
おじいちゃんはどうしたと私に聞いて、事情をはなした。
水泳教室の先生に怒鳴り込んでいったみたいだ。
「辛い思いをさせるためにこんな所に通わせてたんじゃねえ!もうここにはあいつはやらんよ!」
と言ってくれたらしい。
先生が謝りにきてくれて、そのことを私は聞いた。
それで、私は水泳を続けるか続けないかを決めることになってやめることにした。
「お前のやりたいのをやりなさい」
お母さんの稼ぎはそんなによくなかったけれど、
おじいちゃんがお金を出してくれて、私は大学に進学することができた。
そして医師になることができた。
今は、私の病院に入院しているおじいちゃんを見ている。
「浩一」
「なに?おじいちゃん」
「ありがとうな」
「こっちこそ、ありがとうだよ、おじいちゃんのおかげで医者になれたんだから」
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