第291話 僕のことを忘れるな!
「んな……!?」
予想外の動きにヨルシャミは目を見開いた。
生身の人間の動きでも、ゴーストスライムに操られた人間の動きでもない。少なくともさっきまでの寄生された人間たちとはまったく違う。
イリアスは体の周囲に炎を纏わせると地面を蹴り、弾丸のようにヨルシャミへと迫った。
その間に割って入ったランイヴァルが水の膜のような盾を作り出してイリアスの進攻を阻む。
「助太刀します!」
「た、助かる。しかし何だこの動きは、他の個体は――」
イリアスはランイヴァルの水魔法による応戦に一旦距離をとる。
その姿をじっと凝視してヨルシャミはイリアスの中にいるゴーストスライムが他の個体と様子が違うことに気がついた。
「分裂体は記憶までは受け継いでいない。だというのにこの慣れた動き……こやつ、もしやオリジナルか?」
「オリジナル……殿下の中にいるのは力の使い方を熟知した個体ということですか」
「うむ、それに十分食ったのか今は体内の魔力をそのままにしているようだ。魔法はイリアス自身の魔力を引き出して使っているらしい」
ヨルシャミの説明を聞きながらランイヴァルは降り注ぐ炎の球を水を纏わせた剣でいなす。
「っ……ですが殿下はまだこのような攻撃魔法を使えません!」
「そういやまだ訓練中だとかで精々へろへろ火球の一つか二つ放つのが精いっぱいだったね! ということは、だ。経験を積んだゴーストスライムは操るだけでなく宿主のポテンシャルを現在の実力以上に引き出せるってことかもしれないな!」
イリアスもそれなりに末恐ろしいぞ、とナスカテスラはランイヴァルに回復魔法をかける。先ほどから連発しているが疲れた様子はない。
出現させた火柱を槍のように握ると、それを伊織に向かって投擲しながらイリアスは叫んだ。
「や、やめっ、もうやめろよぉ……!」
行動とは正反対の言動。
やはり体は操られていても意識はイリアスのままらしい。
もう何体目かもわからないゴーストスライムを焼き消していた伊織は迫る熱源にぎょっとし、地面を転がるようにして回避した。服の一部が焦げて空中を舞う。それが風に飛ばされる前に放たれた二撃目を止めたのは――咄嗟に召喚した人間形態のリーヴァだった。
そのまま口に咥えた炎の槍を自分の吐いた炎で掻き消す。
「そ、その姿でも炎を吐けるんだ……」
「本来の威力には劣ります。敵が多いようですが、ワイバーンの姿になっても宜しいですか?」
リーヴァの問いに伊織は周囲を確認した。
一般人はゼロ。ただし相変わらずゴーストスライムが広場に集まり続けているため、騎士団も離れられないでいる。
「……ナスカテスラさん! 今から現れるワイバーンは味方だ、って騎士団の人たちに伝えておいてもらえますか!」
「お安い御用だ! ……って、イオリは召喚術でそんな大物も呼び出せるのか!?」
ちょっとご縁がありまして、と答えるとナスカテスラは「どんなご縁だ!」と笑った。
伊織はリーヴァにワイバーンの姿に戻ってもいいと伝え、直後に現れたワイバーンの背中に掴まる。
そのままイリアスに応戦しようとし――とある不安が過った伊織はリーヴァに『寄生していないゴーストスライム』を中心に狙うよう指示した。
直後に飛んできたイリアスの炎の槍と、それに追随する炎の矢たちから逃れるように伊織もろとも飛び立つ。
リーヴァはゴーストスライムを自分が吐いた炎で焼いて回った。ワイバーンの炎は魔法由来なのか効果があるらしい。
伊織もリーヴァの炎は効くと感じていたが、それでも真っ先にリーヴァを呼び出さなかったのはあまりにも威力があるが故に周囲にも被害が出る可能性が高かったからだ。
現に今も炎の余波で街路樹がざわめき、いつ引火してもおかしくない。更にはワイバーンの巨体が自由に動き回るには広場は狭すぎる。
そう長くは対応できない。あとどれくらいゴーストスライムがいるのかもわからない状況だった。
(それに……イリアス)
イリアスに入っているオリジナルの個体は自制心が芽生えつつあるのか、伊織の魔力への葛藤で動けなくなったり飛び掛かることもなく即遠距離攻撃を放ってきた。それだけ周りのゴーストスライムと違う。
(違うってことは苦戦するかもしれないってことだ。それはあいつが長く苦しむってことでもある)
いけ好かない存在だが、伊織は泣いて苦しむ親族を――それも精神年齢なら自分より年下の子供をそのままにしたいとは思わない。
早期の鎮圧とイリアスの救助、その二つの目的ために伊織は動く。
「リーヴァ! ゴーストスライムは広場に集まってくる。この範囲内なら僕が離れても平気か?」
多分大丈夫、という意思がリーヴァの背中から返ってきた。
伊織はリーヴァに引き続きゴーストスライムの相手を頼み、一旦地面に下りてイリアスと戦っているヨルシャミたちの元へ急ぐ。
「……!」
その途中、小さなゴーストスライムが魔石街灯の上から降ってきた。
ゴーストスライムは寄生の瞬間は物理的に存在する。先ほどとは違い、高い位置から落ちてきた個体がもし頭部に当たれば寄生されずともダメージを受けるかもしれない。
そう身構えた瞬間、降ってきたゴーストスライムを長い金髪の男性――静夏の弟、シエルギータが燃える拳で殴り払った。
拳が炎を纏っているように見えたが、どうやら火球を自分の拳で殴って対象に打ち付けているらしい。かなり豪快な近接戦を得意とするようだ。
「シ、シエルギータ叔父さん、ありがとうございます!」
「はははっ、礼はいい! 父様たちは来れないが我々兄弟も王都防衛の要、こっちは俺と騎士団に任せろ。……察するに愚弟が足を引っ張っているようだしな?」
弟を頼む、とシエルギータは眉を下げ、伊織は頷くことで応える。
「さーあ、久しぶりの実戦の続きだ! 俺の魔力も美味そうだろう、かかってこいゴーストスライム共!」
そう張りのある声で言いながらシエルギータは軽い足取りで残りのゴーストスライムを倒すべく走っていった。
わりと戦闘狂なのかな……とそれを見送りつつ、伊織はイリアスを見る。
(一番厄介なのはイリアスに入ってるオリジナルの個体だ。……あいつがヨルシャミの攻撃を避けるならまずは動きを止めないと)
それには自分が一番適役だ。そう伊織はわかっていた。
リーヴァに頼めばすぐ対応できたかもしれないが、影の針とは違い器になっているイリアスごと大きな傷を負わせかねない。それがついさっき躊躇った理由だ。
ナスカテスラの回復魔法ならすぐに癒すことができるだろうが――イリアスは意識があるのである。子供にそんな思いをさせるのは極力避けたいと伊織は思う。これを口に出せばバルド辺りに「お前も子供だろ」と言われたかもしれない。
イリアスの傍にいるのはヨルシャミとナスカテスラとランイヴァル、そして今向かっている伊織のみ。なら寄生される心配がない自分が足止めをすべきだと伊織は考えた。
ヨルシャミにさえ炎の槍を放とうとするイリアスに伊織は叫ぶ。
「――ゴーストスライム! 僕のことを忘れるな!!」
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