第250話 紫の不死鳥
高台でただ光を放っても目につかないかもしれない。
魔石の質はさほど良くないため、今回のような用途の場合、使えるのは一回だけ。
なら可能な限り目立つ使い方をしようということになり――ヨルシャミは静夏の超ジャンプによる空への旅に出ることになったのだった。
上空を目指すだけならワイバーンでもいいが、光らせた直後に下りて隠れることを考えるとこちらの方が効率がいい。落下するだけであっという間のご帰還だ。
それはわかっているが、思わずといった様子で叫びながらあっという間に点のようになったヨルシャミと、それを両腕でがっちりと抱いた静夏を見送った伊織ははらはらしていた。
魔石を使うことで魔力の消費はセーブできたが、それ以外のものが豪速で消費されていないだろうか。
深く考えてはいけない、と伊織が自分を戒めながら木陰で待機していると、遥か上空で太陽のものとも火によるものとも異なる真っ白な閃光が迸った。
ヨルシャミが叫びながらも仕事をやり遂げたらしい。
直後、重力に任せて落下してきた静夏が地響きをさせて着地する。これだけでもかなり不死鳥の気を引きそうな音だ。
「大丈夫か……!?」
「な、なん、なんとかやりきった。不死鳥の動向はわからないが持ち場につくぞ」
少し離れたところにいる伊織に片手を振り、ヨルシャミは伊織たちとは違う茂みへと走り込む。
あの中には先に待機していたリータもいるはずだ。
静夏は見晴らしのいい場所に一人残ったサルサムを一瞥する。
「サルサム、あとは頼んだ」
「ああ……そっちもな」
短く言葉を交わし、静夏は三歩で伊織たちのいる木陰へと走った。
不死鳥は気づいただろうか。
十秒、二十秒経ち――しかし焦れ始める一分が経つより早く、遠くから空によく響く鳴き声が聞こえてきた。
ロストーネッドで見た鳥の魔獣の声に似ている。それは怒りを孕んでおり、木陰からは見えない位置から暗い影が急降下してきた。
「……!」
「来たか、早いな!」
巨大な炎の鳥だ。
話に聞いた通り炎は紫色をしており、それはインクをそのまま零したような鮮やかさだった。
不死鳥はサルサムの視界一杯に両翼を広げて突進してくる。
すぐさま炎の薄い脇へ飛び込む形で回避したサルサムは擦れ違いながら不死鳥の両脚をナイフで切りつけた。
「聞いた通りすぐに元に戻るな」
切れた両脚は地に落ちる前に繋がり、一瞬だけ傷の周囲に炎を吹かせて元通りになる。
不死鳥が振り返ったところでその背にリータの矢が突き立ち、ナイフと違いそれには小さく反応を見せた。ヨルシャミは「なるほど」と笑って小さなサラマンダーを五匹召喚してみせる。
「斬撃は効かないが同じ炎なら少しは効くらしいな。サルサム! そやつらの炎をナイフに纏わせてみろ!」
サルサムがナイフを近づけるとサラマンダーは赤い炎を吐き、それがまるで磁石に集まる砂鉄のように刃にまとわりついた。まったく炎らしくない動きだが手を近づけると熱い。
投擲してもいいがまずはもう一度炎量の少ない足を狙おう。
そう考え、サルサムは他のサラマンダーを伴って自ら不死鳥に近づいた。
不死鳥が羽ばたく。舞った火の粉で服がちりちりと焦げた。
同じくサラマンダーたちが吐き出した炎も熱いものの、サルサムの体を焦がすことはない。
ふわりと浮上しかけた不死鳥に向かって跳び上がったサルサムは足を薙ぐ。
しかし危険を察知した――さっきまでなかったはずの危険を察知した不死鳥は足を引っ込め、指先だけがすっぱりと切り落とされた。
炎で形作られた第一関節と爪が溶けかけた雪の上に落ちて周囲を照らす。くっつく気配はない。
不死鳥は目の前で再び指を再生させたが、0からの再生ではないとヨルシャミの目にはわかった。
「体を構成する炎の一部をそこへ回しただけだ、切り落とした分は減っている!」
「なるほど、炎で切れば再生も有限の――っと」
突然の一撃。
一瞬前までとは違い、まるで斧のような重さを伴ったそれをサルサムは後ろに跳ねて避ける。
不死鳥は鳥の姿を引っ込め、炎を圧縮し今度は人間の形を取った。ぱちぱちと爆ぜる髭を蓄えた老人だ。しかし老いているとは思えないほど逞しい肉体をしていた。
遠巻きに見守っていた伊織はバルタスの言葉を思い出す。
「もしかしてあれが盗賊の頭……バルタスさんのお父さん?」
「話にあったものか。やはり撃退しても時間を置けば回復するようだな」
静夏は身を低くしながら考えた。
炎は不死鳥の害になる。それならば火口になど住めば火山の熱による炎で自滅しているはずだ。
それがないということは不死鳥は拠点になるよう火山の性質を弄ったのではないか。その結果、火山は再び活動を始めたというわけだ。
拠点としているからには、不死鳥がそこへ戻れば何らかの回復手段があるかもしれない。
そんな場所が近くにある状態で逃がすのはまずいだろう。
やはりここで討っておかなくてはならない。静夏はそう集中し直し出ていくタイミングを窺った。
サルサムはリータとヨルシャミの援護を受けながら大斧を振り回す老人の姿になった不死鳥の相手をする。
大斧に薙がれた空気がひりひりとした熱を持ち、遅れて届く風は熱風だった。
それでも攻撃を躱しながらサルサムは不死鳥を観察する。
(鳥の時よりディティールが細かい……やっぱり模倣も成長しているのか。だが)
変身した姿のクオリティに差があるということは、出せる姿は真似した段階のものに限られるということだ。
成長し模倣のクオリティが上がったとしても、覚えた段階のクオリティを上回るには同じものを模範し直す必要があるのだろう。
何体まで真似られるのか、人間も追加で真似られるのかはまだわからないが、それも戦闘を続ければわかる。
決定打は与えられないが逆に致命的な攻撃も受けないというのが今のバランスだ。
サルサムは集団戦は得手としないが一対一、もしくはこちらが多数で相手が一なら余裕を持って動くことができた。
しかし予想もしていなかった動きをするのが魔獣というものである。
***
――サルサムの戦いを見ながらバルドは手元のナイフを握り締める。
そんな力の入った肩をばんばんとミュゲイラが叩いた。
「大丈夫だ、リータたちの援護もしっかり入ってる」
「ああ……そうだな、これから不意打ちを仕掛けるっていうのにガチガチになってちゃいけないか」
どうにも心配なのはいつもとは異なるシチュエーションだからだろうか。
そう考えながらバルドは冷たい空気を吸って心を静める。まだわかっていないことが多いというのに今すぐにでも攻撃を仕掛けたい気分だった。
不意打ち。
そう、それこそサルサムも不意打ちでもされなければこのままの戦況を保てるだろう。彼には相応の実力があるのだから。
「それにあの不死鳥、マジで真似ることしかできないみたいだしな。得た力の応用とかアレンジとか考えてないじゃん」
ミュゲイラの言葉に「たしかに」とバルドは頷く。
たとえば盗賊のボスの姿に翼を生やして機動力を上げたりトリッキーな動きをする、という応用がないのだ。
覚えた形、覚えた動きをその場その場に合ったものだけチョイスして繰り出しているように感じる。
これなら勝負が拮抗するのもわかる――と、そう思っているとサルサムの小さな驚きの声が微かに耳に届いた。
慌てて目を凝らす。
このままではだめだと感じたのか、不死鳥は再び姿を変えようとしていた。しかし鳥の姿ではない。
圧縮した炎はそのままにディティールが変わっていく。
そうして盗賊のボスの代わりに現れたのは重そうな甲冑に身を包んだ三十から四十代の男性だった。赤い目に短い茶髪を持ち、精悍な顔つきをしている。手に握られた大剣は丁度揺らめいた炎が刃の形をとったところだった。
――そう、色も顔つきもよくわかるほど精密に再現されている。
『……いざ参る』
口から炎の欠片を零しながら不死鳥が喋る。否、一度耳にした音声を再生した。
その声、その姿を見て一番大きく動揺したのは身を隠していた静夏だった。
目を大きく見開いて橙色の瞳を晒し、何度も甲冑の男性を見る。そして小さく呟いた。
「――魔導師長……ランイヴァル……?」
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