第209話 食卓を囲んで報告会
パトレアのオムライスはケチャップを使わなくてもオレンジ色に染まっているのではないかと思えるほどすり下ろしたニンジンが入っていたが、これが中々美味しかった。
長いテーブルにそれらを並べ、席についたオルバート、シェミリザ、パトレア、セトラス、ヘルベールは食事をしながら各々の報告をする。
ほのぼのとした光景に反して飛び交う話題は物騒だった。
「ヨルシャミが目覚めたが逃げられたのか。あの辺は最近手を抜いていたからね、致し方ないだろう。職員は罪に問わなくてもいいよ」
「あー……すみません、処罰済みです。次から似たケースがあれば参考にしましょう」
久しぶりの食事という行為で徐々に頭がはっきりしてきたセトラスが言う。
オルバートは気分を害した様子もなく「そうか、なら仕方ないね」と頷いた。
「それで聖女だったか。呼び名は違うが、要するに時折現れる救世主でいいのかな?」
「はい、今回は母子での転生を試みたようで、その影響で息子の方が少し特殊な個体ですね。わざとかどうかはわかりませんが」
神の考えなど元々わからないが、とでも言いたそうな顔でセトラスは資料をオルバートに渡した。
「ああ、神の遺伝子の割合が多いのか。たしかに今まで例がないね、転生者同士が番ってもこうはならなさそうだな……」
「オルバがさっきまでしてた研究に使えない?」
「転生者での人体実験かい? ……ちょっと勿体ないな、即決は出来かねる。それにヨルシャミが起きたなら世界の神との接触にもう一度チャレンジしてみたいね、やはりあちら方面が僕の目的に近い気がするんだ」
席についた者の大半はオルバートの目的なるものをしっかりとは知らない。
だが長い間そうだったこともあり、目的が何を指すのか気にする者はいなかった。
「あら残念。それじゃセトラスが書いた数値はそっちで確認できるから、あたしが見たものは口頭で報告しようかしら」
きっと有能な博士が後で書き起こしてくれるし、とシェミリザはセトラスとヘルベールを見て笑みを浮かべる。
そしてスプーンを口元に当てて言った。
「聖女の息子、バイクの召喚主……あの子、魂に酷い傷跡があるわね」
「魂に傷跡?」
「一見してわからないほどに治ってはいるわ。そうね……ヨルシャミでもなかなか気づけないんじゃないかしら」
暗に自分の方が目が良いことを示しながらシェミリザはオルバートを見る。
「すぐに活かせるわけじゃないけれど、後で何かに使えない?」
「――そうだね……興味深いし情報として覚えておこうか」
そう頷くオルバートの隣でヘルベールが資料を覗き込んだ。
大きな手により他の面子が手に取った時より一回り小さく見える資料には伊織の情報が連なっている。
「この途中で魔力操作と召喚獣への譲渡を会得したらしい、というのは何だ?」
「見ての通りですよ。その瞬間までてんで駄目だったんです、凄まじいのは魔力の量だけ。それが突然玄人の魔導師のように扱えるようになった。演技してたなら話は別ですけど、あの状況で演技する理由がない」
「ヨルシャミが外部から操った、という線は?」
「そういう方法もあるけれど、大抵は他人の魔力を内側から引っ張り上げて存在を認識させる……っていう初歩的な訓練にしか使えないわ。あそこまで操れるなら洗脳や乗っ取りに近いけれど、ヨルシャミはその系統の魔法を覚えていなかったはずよ」
実力的には覚えられるだろうが、本人の気質に合わないのだろう。
もしそうなら旅の最中に会得したという線も無さそうね、とシェミリザは綺麗に食べ終えた皿にスプーンを置く。
その後はオルバートの研究結果をシェアし、実験に使用した転生者から得たデータと今回の聖女関連のデータを各々で検証することになった。
肝心の聖女自身のデータはまだ満足に観測できていないため、そのうち再び出向くことになるだろう。
オルバートの熱中していたものが一段落ついた今、ナレッジメカニクスの舵は聖女周辺に向けて切られることになる、と口に出さずとも全員がわかっていた。
セトラスはオムライスを半分ほど残した状態でスプーンを置く。
経口摂取で栄養を摂るより魔石を摂取して延命装置に直接エネルギーを送りたい、と思ってしまうのは長い間そういう『食生活』を中心にしていたからだろう。
長くいる幹部のメンバーはどれもこれも似たような状態だろうとセトラスは思っていたが、見ればヘルベールは完食していた。
お茶を一口だけ飲んでセトラスはオルバートを見る。
「あとの細々としたことは映像記録も合わせて改めて転送しておきます」
確認しておくよ、とオルバートはセトラスに答えた。
熱中期が明けた後は様々な報告が舞い込むが、今回は毛色が違う。確認作業も楽しみながらできるといいな、とそんなことを思いながらオルバートはオムライスを口に運ぶ。
「他に何か気づいたことは?」
なんとなくシェミリザにそう訊ねると、彼女はゆったりとした動きで目を閉じて言った。
「大丈夫、他には何もないわ」
***
伊織はようやく冷静になった。
そのおかげ――もしくはそのせいで大真面目に考える。
(……なんで僕、全裸でヨルシャミと同じ毛布に包まって座ってるんだ……!?)
敵から至極重たい話をされた後に起こるシチュエーションではない気がする、と何度も思ったが起こったものは起こったのだ。あまりにも突然だったため断ることもできなかった。
――そもそも最初から冷静だったとしても断りはしなかったが。
伊織だって好きな相手から誘われれば嬉しくなるくらいの欲はある。それに、そう、これは邪な目的から行なっているわけではないのだ。
二人でひっついてストーブに当たっていると、一人の時よりもよく温まっている気がした。気を抜くとうとうとしてしまいそうだが、さすがにそれは危ないため気合いで目を開く。
「……ヨルシャミ、ええと……寝ないように 気をつけてな」
「そっちこそ。さっき船を漕いでいたぞ」
「え!? 記憶にないんだけど……!?」
これは思っていたよりも危険かもしれない。
そう感じた伊織は吹雪の中と同じようにヨルシャミと会話をして意識を保つことにした。
「――そういえば良い機会だし聞いておきたいなと思うんだけど……」
「む?」
「僕、ヨルシャミの過去についてはふんわりとしか知らないんだ。ニルヴァーレさんと兄弟弟子って雰囲気だったけど、どの辺に住んでたんだ? この国……ベレリヤの国内?」
ヨルシャミは毛布に顔を埋めながら荷物の方を見る。
幸いにも伊織とヨルシャミの荷物は壁際に並べられており、声を潜めれば魔石越しにニルヴァーレに聞かれることもなさそうだった。
「……そんなに面白い話にはならんと思うのだが」
「面白いから聞きたいわけじゃないし……あっ! もちろんもしヨルシャミが嫌なら無理強いは――」
いい、話そう、とヨルシャミは伊織の方を向く。
「その代わりお前の過去の話も聞かせろ、すでに知っていることでもいい」
「すでに知ってるのに?」
きょとんとする伊織にヨルシャミは肩を揺らして笑った。
「私もまた、面白いから聞きたいわけではないということだ」
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