第171話 『先輩』と『後輩』
もうしばらく経てばトンネルの工事も終わり、静夏たちとも合流できるだろう。
それを見越し各々先立って出発の準備を始め、伊織も荷物の最終確認をし足りない消耗品を買い足しておく。
ネロはいつ出発しても良いよう短期の仕事を切り上げたが、それを自分たちと出発するためだと思っていた伊織はネロに呼び止められ告げられた言葉に思わず聞き直してしまった。
「ネロさん、僕らと一緒に行かないんですか!?」
「ああ、元は後学のために魔獣退治を見せてもらうって理由での同行だったしな」
すっかり馴染んでしまったが、これからも団体ではなく単独で旅をしたいのだという。
ネロは宿屋の壁にもたれかかって笑う。
「っていっても今はコイツもいるけどさ」
頭に乗っていたネコウモリが指をさされて羽をぱたぱたと動かした。
ネロを道案内する命令が生きている限り離れるつもりはないらしく、なし崩しに同行することになったのだが、ネロも悪い気はしていない様子だった。
「それにコイツ、俺が行きたいところを伝えると飛んで確認しに行ってから案内してくれるんだ。元から知ってるところならノータイムでそのまま連れてってくれる。一人旅には最高の相棒だろ?」
「たしかに……」
ネロは頼れる先輩だがよくドジを踏む。
軽くではない。四股を踏むレベルでだ。
そんなネロのことだ、道を間違えることも多々あるだろう。
伊織にとって迷子になった彼の姿を想像するのは難しいことではなかった。
それ故に道案内を得意とするネコウモリはネロの相棒としてぴったりに思えたが、そんなあまりにもあんまりな感想は伏せて伊織は頷く。代わりにこの街を目指した際はニルヴァーレが事前に場所を覚えさせていたらしいという話を思い出し、ニルヴァーレも遠い昔に足を運んだことがあったのだろうかと思考を上書きした。
そんなこととは露知らず、ネロは話を続ける。
「この街に留まってたのは旅の資金を稼いでたのもあるけど、聖女にも改めてきちんと挨拶してから別れたくてな。もちろんイオリ、お前とも」
伊織はネロが決めたことなら引き留める気はないが、やはり寂しく感じてしまう。ロストーネッドで別れた時よりも強くそう思うのは共に苦難を乗り越え命を助けてもらったからだろうか。
それが顔に出ていたのかネロは頬を掻く。
「べつに今生の別れじゃないぞ、お前と救世主を目指すっていう約束も守る。次に会った時にどこまで目標を達成できたか報告し合おう」
「ネロさん……」
するとネコウモリがふわりと浮かび上がり、伊織の周りをくるりと舞ってふんふんと匂いを嗅いだ。
突然何を? と伊織がきょとんとしていると、まるで匂いは覚えたから案内は任せとけ! とでも言うように得意げな顔をしてネロの頭の上に戻っていく。
目的地は街や村でなくてもいいのか、と二人は顔を見合わせた。
「時間はかかるかもしれないけど……これならいけそう、ですね?」
「だな」
「あはは! じゃあ次に合流する時のこと、楽しみにしてます! 」
そして「そうだ!」と伊織はネロの目を見て言う。
「ネロさん、もし少しでも時間を貰えるなら……後で僕に刃物の使い方を教えてもらえませんか?」
「刃物の、って武器って意味でか?」
「はい。料理には使えるけれど、その、先日魔獣を倒した時に使い慣れていないことを痛感しまして……それに武器らしい武器も今まで木刀くらいしか扱ってこなかったんです」
旅をしながら学ぶには余裕がなく、ここしばらくは召喚魔法の訓練に時間を割いていたため伊織の刃物の扱い方は素人以下だった。
武器ならバルドやサルサムも扱える。もしかするとニルヴァーレも使えるかもしれない。
しかし武器を扱う最初の訓練はネロがいい、と伊織は思っていた。
「我儘ですみません。ネロさんは初めての同性で年の近い仲間で……それに憧れの先輩でもあるんで、別れる前に教えてもらえたら嬉しいなと思いまして」
「ム、ムズムズすること言うなぁ……いや、うん、まぁそこまで言うなら教えるけどな! けど我流だし変な癖がついても知らないぞ!」
ネロはまんざらでもない様子でそう頷くと、今日はもう予定はないしこれから裏庭でやろうと伊織の手を引く。
旅の準備も落ち着いたところだ。伊織は喜んでネロについていった。
包丁で魔獣の腱を切った時の感触を思い出す。
あの時は「調理するのと変わらない」と伊織は自分を鼓舞したが――ある程度加工された生肉を切るのと、生きたものをそのまま切るのはやはり感触が違う。もちろん罠やリータの弓等で狩って捌いた野生動物とも。
これを克服する前に、まずは武器として刃物を扱うことに慣れておくべきだ。
そう伊織はネロに刃物を振るう際の体の使い方を教えてもらいながら、ひとつひとつメモして覚えていった。
「振るい方は悪くないんだが……踏み込む時にまだ躊躇いが残ってるな。刃先でしか切ろうとしてないだろ」
布と綿で作った的に向かう伊織を見て、ネロは後ろから伊織の手を握ってダガーを的に振り下ろす。
「刃の根元まで使うくらいのつもりで行った方がいい。ただもし深く刺さって抜けなくなったら手を離して離脱しろよ、お前の武器はこれ以外にもあるしな」
「はい、わかりました! ……そういえば前に、こう」
伊織は的をぶすりと刺し、そのまま刃を捻った。
「刺してから刃を回転させると効果的って聞いたことがあるんですけど、実際どうなんですか?」
「突然殺意高いな! 致死率は上がるだろうけど……相手は魔獣だ、それだと即死はしないから急所を狙って刺す方を重点的に練習した方がいいかもしれない。っていっても魔獣って姿形が多彩すぎて効果的な攻撃方法なんて個体によるんだが」
魔獣によっては頭を潰しても動くものがいるかもしれない。心臓がどこにあるかわからないものもいる。結局はその場で臨機応変に『効果的な部位』を探し、急所を見極めるしかないのだ。
急所を狙わないなら動きを封じるために足を狙うのもいい、とネロは「広場での件は正解のひとつだな」と頷いた。
――どれくらい経っただろうか。
ある程度は飲み込めたものの両腕が重く感じ、伊織は訓練の終了を告げられるなりその場に座り込んだ。
「ぶ、武器って、ずっと持ってると結構重いんですね……」
「使い慣れてないとそこへ更に余計な力が入るから疲れるの早いだろ」
自身も通った道なのかネロが笑う。
伊織は己の腕を見下ろした。足腰はしっかりしてきたが腕やその周辺の鍛え方はまだまだだ。広場でセラアニスを抱えることが出来たのも短時間だったからというのが大きい。
筋力トレーニングも引き続き必要だなと痛感した伊織に手を貸しながらネロが言った。
「付け焼刃だが、少しは自信ついたか?」
「はい、コツもなんとなく……なんとなくですけど、前よりは掴めました。こんな土壇場になってお願いしたのに教えてくれてありがとうございます」
嬉しそうにそう言う伊織を見て、ネロは八重歯を覗かせてにっと笑う。
「俺はお前より先輩で年上なんだ、教えるなんて何の苦でもない。むしろ楽しかったぞ」
年上。
そう聞いて伊織は口をもごもごさせた。
重要なことではない。黙っていてもいい。
しかしこれから別行動をするのだ。なら伝えられる内に伝えておきたい気がした。このまま勘違いが加速しても困るだろう。
伊織は真面目なトーンで話す。
「ネロさん、じつはいつ言おうか迷ってたんですが」
「ん?」
「前に話した時は年齢まで言いませんでしたけど、僕、前世は18才だったんですよ」
「……ん!?」
ネロは伊織を二度見する。
つまり精神年齢は18才。もしかするとそろそろ19才だということだ。
肉体年齢は14才なのだから気にすることはないのかもしれないが、思いきり自身が年上と言い放った後だと妙な恥ずかしさがあるらしく――
「おおおお俺、16なんだが!?」
「凡その予想通りです……」
「俺より年上っ!?」
「で、です……」
ネロは今までずっと伊織を年下と認識していたのも手伝ってオーバーリアクションになってしまった。
申し訳なさげにしている伊織を前にネロは顔を両手で覆って隠す。そうしてしばらく無言でじたばたした後、何らかの落としどころを見つけたのかピタッと動きが止まった。
「……せ、先輩の座は死守する」
「大丈夫、ネロさんはずっと僕にとって憧れの先輩ですから!」
「……」
「もちろん今は仲間で、なんというか……兄みたいな頼れる存在で、そういう気持ちに年齢は関係ないので!」
「……」
こんな状況でも嬉しいものは嬉しい。
そう表情が物語って――それはもう大声で物語ってしまい、ネロはさっきまでとは別の理由で顔を隠すことになったのだった。
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