第156話 あれデートだったんですか!?
「ぼ、僕らがデート!? ないないない! ないですよ、本当にさっき道で会ったところなんで……!」
少女が待ち合わせ場所にした花屋を探していたと説明した後、リータとセラアニスの勘違いを聞いた伊織は全身を使って否定した。
二人は顔だけでなく耳まで真っ赤にして頭を下げる。
「そそそその、変な勘違いしてすみませんでした!」
「そちらの方にも失礼な想像をしてしまって……っ」
リータとセラアニスに謝られた少女は恐縮しながら首を横に振る。
まさかここまでの勢いで謝られるとは思っていなかったという顔である。
「こちらこそすみません、彼女さんがいらっしゃるのにこんな所まで来てしまって……!」
どっち!? どっちを指してるんですか!? とリータは問いたくなったが謝っている最中にそんなことは出来ないと堪える。
伊織は伊織で『彼女』という単語があまりにも非日常的だったのか即否定できないでいた。
そこでセラアニスが手を上げる。
「あの、リボンも無事手元に戻ってきたことですし、そのお花屋さん……私が案内しましょうか?」
「え、セラアニスさん、ご存じなんですか?」
リータの問いにセラアニスは自信ありげに頷いた。
「病院のお手伝いをしていても、ほら、自由時間って出来るじゃないですか。あと食事の買い出しに出た時なんかに街にあるお店を色々と調べてたんです。気分転換になるし、それにヒルェンナさんもリハビリになるからって勧めてくれて」
ちょっとした冒険です、とセラアニスは微笑む。
記憶喪失で知らないことが多い。なら元あったものを取り戻すだけでなく、新しい知識を取り込むのもいいのではないか――ということらしい。
特にこの街は最近着いた場所だとセラアニスも知っていた。ということは街の作りはリータや伊織たちも把握しきってはいない。そんな手付かずの、確実に新しい情報を仕入れることが楽しかったのだという。
「特にお花屋さんは自然のものをそのまま扱ってるので、なんだか目を引かれてしまって」
「……ベルクエルフは山を愛し山に住むと聞いてます。自然とは共存関係ですもんね」
「あれ? フォレストエルフは違うんですか?」
「昔はそうだったかもしれませんが、今は長く続けてきた生活と文化を続けているって感じですね。別に惰性でやってるわけじゃないですが……私と姉みたいに外へ出る同胞も多いですし、それを止める法もないです」
へえ~、と感心していたセラアニスは目的を思い出してハッとする。
「あっ、その、で、お詫びにはならないかもしれませんが如何ですか?」
少女は笑みを浮かべて「願ってもないことです、お願いします!」と頭を下げた。
――それから十分も経たずに『ラトアナの花屋』に到着し、待ち人に小突かれながら少女は去っていった。
その待ち人というのが少女の彼氏だったことを思い返しながらリータは小さく笑う。本当に誤解するにもほどがあった。
「彼氏さんもめちゃくちゃ謝ってたな……良い人だ……」
「あの人たち、街に着いて自由行動してからデートの予定だったみたいですね」
二人を見送ったセラアニスは隣に立つ伊織にそう言い、楽しそうだなぁと少女たちが消えていった道の先を見遣る。
瞬時に伊織はどう返すべきか迷った。迷って考えた。
もしも、もしもだ。本当に皆が言うようにヨルシャミが自分のことを悪いようには思っていないとしよう。
だがだからといって自分はどんな態度を取ればいいのだろうか。
そう伊織は腰が引けた思考をする。
(否定……うん、否定だけはしたくないな。でもその前に)
伊織はちらりと隣を見る。
そこに立っているのはセラアニスだ。
伊織は彼女をヨルシャミとは別人と捉えている。厳密にいえば同一人物と言っても差し支えないのかもしれないが、彼女からも発祥不明の好意を向けられているのだとしたら――それはもう本当にどうすればいいのかわからない。
(……いや、どうすればいいのかわからないんじゃなくて、どうすれば正解の道を選べるのかがわからないのか)
ヨルシャミに帰ってきてもらえる道。
セラアニスを傷つけずに済む道。
恋愛として正しい道。
どれもこれもわからない。経験値不足の伊織には茨の道だった。
伊織がそんな悩みにぐるぐると頭を悩ませているとは知らず、リータは二人の様子を見ながら他のこと、しかし内容としては似ていることを考えていた。
(今はセラアニスさんであれヨルシャミさんであれ……この子の恋は応援してあげたい)
ヨルシャミ。セラアニス。
そのどちらもリータは応援したくなっていた。
ヨルシャミには純粋な応援と、焚きつけたくなる気持ちを。
セラアニスには境遇への同情からの応援と、少しでも彼女の望む状態になってほしいという気持ちを。
この同情はエゴだろうという自覚もある。
セラアニスへの応援はヨルシャミへの邪魔になってしまうのではないかという自覚も。
だが仮初めに似た人格だとしても、その感情が他人に影響されたものかもしれなくても――今のセラアニスは誰かに恋をしている女の子なのだ。目の前で確かに呼吸をし、思考をし、全身で生き、人に心動かされているだけの女の子だ。
なら、今やるべき応援、そして最大の支援は。
「イオリさん!」
「は、はいっ!? なんですかリータさん……?」
勢いよく声をかけられた伊織はどきどきする胸を押さえながら聞き返した。
リータはにっこりと笑ってみせる。
「セラアニスさんと『デート』してください!」
「……へ?」
「……へ?」
伊織とセラアニスが同時に同じ単音を発した。
リータはにこにこ笑ったまま二人の前に回って人差し指を立てる。
「記憶を取り戻すには外部からの刺激が一番なんです。その刺激は本人が興味を持っていることの方がいい。セラアニスさんはデートに興味があるみたいですし、ここはイオリさんが一肌脱いでください。あとほら、街のことを把握する良い機会にもなりますし!」
「そ、そりゃ一石二鳥かもしれませんけど、それならリータさんと行っても――」
「私たちはさっきしました」
「あれデートだったんですか!?」
伊織よりも先にセラアニスが驚いていたが、リータは更に畳みかける。
「考えてもみてください、サルサムさんとお姉ちゃんは作業が忙しいですし、ネロさんはお仕事! ウサウミウシは論外! 私はデート済み! つまり残る適任者はイオリさんしか居ませんよね?」
「あ……えっと……」
伊織はあたふたとしながらリータとセラアニスを交互に見た。
なぜ突然こんな選択を迫られているのだろうか。
しかし真っ赤な顔で黙ってしまったセラアニスを見ていると、すげなく断る――というより気が引けて断るという選択肢が薄らいで消えてしまうのも感じ取っていた。
ここではっきりしないまま答えを先延ばしにするのは随分と不義理だと、そんな気分にもなる。
(……リ、リハビリの一環にもなる、かな)
やはり恋愛経験の薄い伊織は逃げ腰気味にそんな言い訳を自分にし始めた。
だが悪い答えのためにではない。
先ほど飲んだバナナジュースのことを思い返す。バナナの良い香りはしたが、後遺症で舌が味覚を放棄したため味はしなかった。今だって自分の唾液の味さえわからない。
それでも誰かと飲むジュースは美味しいと感じられ、その時だけ自分は栄養補給ではなく食事をしているのだと思うことができた。
(うん、リハビリの一環になる)
その結論は『この子となら確実に』という確信に裏付けられたものだったが、それには気がつかずに伊織はセラアニスに視線を向けて答えを口に出した。
「――じゃあ、その、試しに明日はどうかな? セラアニスさんがよければ」
「……っも、もち!」
「餅!?」
「あの、えっと、もちろんです!」
言い直したセラアニスは真っ赤な顔のまま、ふんっ! と尖った両耳を上げて意気込んだ。
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