第34話 往く道は南

 こまごまとした準備を終え、カザトユアから出発した一行はひとまず南へと向かうことになった。

 なんでも宿屋の店長曰く南方面の商人から物騒な話を聞くことが多いという。


「正体不明の魔物に襲われた者や低級な魔獣だが大量発生して大変な目に遭った者……他にも様々な話を聞いたらしい」


 眉唾ものもあるだろうが、探すべき世界の穴の付近は魔獣だらけであることは容易に想像できる。

 ならば魔獣関連の話をよく聞く地方へ向かったほうがいい、ということだ。

「道中人助けをしつつ魔石を掘り出して資金源ゲットっすね!」

「そういうことだ」

 張り切るミュゲイラにそう頷き、静夏は広げた地図に視線を落とす。


 カザトユアからほど近い村は三つ。南方面だと二つに絞られる。

 その先に魔石が採れる場所として印の付けられている洞窟が二つ、遺跡が一つ。


「カザトユアで売られてた地図だし、ここから近い場所は高確率でほとんど採られてる可能性もあるってことか……」

 伊織も地図を覗き込んで言う。

 売った人数はまだ少ない、と店主は言っていたが裏を返せばすでに何人かに売った後ということだ。地図を頼りに出向いた者も居るだろう、出向かないならまず必要ないオプションである。

「ひとつでも手に入れば万々歳だ。ただライバルが少ないところなら……このレハブ村を経由した先にあるミホウ山の中腹にある洞窟だろうか」

「ああ、そこなら私も昔行ったことがある。千年前ではアテにならないかもしれないが、当時から中腹といえども険しい山だったぞ」

「たしかに険しいなら真っ先に出向く人は少なそうだな」

 それに魔石の採れる場所には魔物・魔獣が集まりやすい。人の出入りが少ない場所なら討伐されず放置されているモンスターたちが蔓延っているかもしれないのだ、その有無を確認するだけでも行く価値はある。

 静夏は地図をくるくると巻き直して丁寧にしまった。


「――よし、ではまずは村を目指し、その後ミホウ山へ向かおう」


     ***


 カザトユアで馬車か馬を借りたかったが、丁度すべて出払っているところだったため五人は徒歩でレハブ村へと向かうことになった。徒歩だと一日歩けば着くらしい。

「……時にイオリ、例のバイクとやらで全員一気に運ぶことはできないのか?」

 ヨルシャミにそう訊ねられ伊織は短く唸る。

 ベースは愛車そのものだが、馬力は完全に別物だった。召喚されたことでただのバイクではなくなったのだろう。

 伊織の求めた姿になるなら全員を乗せられる形に変形も出来るかもしれないが、まだ情報が少なすぎる。


「いや……情報が少ないなら沢山試して知っていけばいいんだよな」


 検証は大切だ。ちょっと試してみる、と伊織はバイクのキーを取り出した。

 感覚的な確信だが、ヨルシャミの手助けがなくても召喚はできそうである。召喚術に関して勉強していないのに可能なのは恐らくバイク側からも召喚を望んでいるからだろう。

 何もない空間に挿し込まれたキーを回すとエンジン音と共にバイクが飛び出してきた。

 その艶やかなフォルムを初めて見るリータとミュゲイラは目を丸くし、静夏は懐かしそうな眼差しを向ける。

 伊織の思考を読み取ったのか、バイクは地面に着地するなり光り輝き――その光がおさまると、バイクにサイドカーが付いていた。


「わ、わぁ~! こんなの初めて見ました、これもキカイってやつですか!?」


 リータは目を輝かせて言い、その言葉でヨルシャミが車体に触れた。

「ベースはそうだが今は機械属性のアストラル体のような存在だな」

「だから見た目が変わるのか、でも……」

 今のところ『バイク』の範疇から大きく逸脱することはできないらしい。

 ハンドルを撫でるとバイクから何だか申し訳なさそうにしているような気配が伝わってきた。そんなに気にしなくてもいいのにと伊織は思う。

 それを口にするとミュゲイラがばしばしと背中を叩いた。

「これから成長すりゃいいんだって! な?」

「で、ですね……!」

 背中に感じる強い衝撃に目を白黒させつつ伊織は頷く。少し手荒いがミュゲイラなりに慰めてくれている、というのは今までのこともありわかっていた。


「しかしこの形状だと全員乗るのは無理だな、荷物だけでも乗せてもらうか?」

「いや、少し待て。ミュゲはサイドカーへ、その膝の上へリータ。伊織とヨルシャミは二人乗りでどうだろう。私は自前の足で走る」


 静夏がそう健脚を指すとミュゲイラは「さっすがマッシヴの姉御!」と瞳を輝かせた。

 サイドカーは少し狭いが――乗れないこともない。ミュゲイラの腕が天然シートベルトのようになっている。リータは「暑苦しい……」とどこか遠くを見ながら呟いていた。

 日本にいた頃ならしょっぴかれていてもおかしくはない状態だが、ここでなら見咎められることはないだろう。

(それにあれだけのスピードで走っててもバランスを崩すことはなかったし、乗り心地もよかった。多分こいつが気を遣ってくれてたんだろうな)

 やっぱり普通のバイクじゃない自慢の愛車だ。

 そう再確認しながら伊織はバイクに跨り、あの時のようにヨルシャミを後ろに乗せる。

「……なんか徒歩の母さんとツーリングって変な感じだなぁ」

 正直にそう言うと、静夏はくすりと笑って「私もだ」と首を縦に振った。


 伊織はハンドルを握ってバイクを発進させる。

 目指すは南方のレハブ村。そこへ到着したのは出発してから数時間後のことだった。

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