第29話 ミュゲイラと静夏の場合
ミュゲイラは迷っていた。
ファッションには興味が薄く、持っているのは『筋肉を見せること』と『利便性』のみを優先した似たり寄ったりな服のみ。
きちんと着替えたのにずっと同じものを着続けていると誤解した妹に「お姉ちゃん、ちゃんと定期的に着替えてよね!」などと注意されたことすらある。
いい機会だし、ここはひとつファッションセンス強化の一環として洒落っ気のある服を一着くらい持っていたほうがいいのでは、と思ったのだが、普通に質の良い品々ばかりのため実用的なアイテムも気になって仕方ない。
というより自然と目は服よりそういったものばかりに向く。
「うーん……本能に従うべきか理性に従うべきか……」
「どうした、ミュゲ?」
「あびゃ!」
真上に影が落ちた。それを認識したと同時に静夏だとわかり、しかも声までかけられて奇声がまろび出る。
あれから好きなものを探し始めた一行は最初こそ全員で固まって行動していたが、各々求めているものが違うとわかり途中で個別に行動するようになっていた。自分はひとりだ、と認識していたため余計に驚いた形になる。
静夏が「すまない、驚かせてしまったか」と謝ったのを聞いてミュゲイラはぶんぶんと首を横に振った。
「いやあ、ちょっと考え事してたもんで……!」
「考え事?」
「えーと、あ、あたし実用的な物が好きなんっすよね、あそこの伸縮性のあるサポーターとか素敵じゃないですか。……けど今までファッションに興味がなかったぶん、こういうとこで洒落た服を一枚は貰っといたほうがいいのかな~とか悩んじゃって……」
なるほど、と静夏は己の顎を撫でる。
「ファッション、と一口に言っても色々ある。そして服だけに限らないと思うぞ」
「服だけには限らない……んですか」
「うむ、身に着ける装飾品や持ち歩く小物などに洒落たものを加えておくというのもファッションのひとつだ。……これは持論だが、オシャレというものは見栄のためより自分が楽しむためにしたほうが楽しい。ミュゲイラはどんなものが好きなんだ?」
他人の基準から見た洒落たものではなく、自分の好きなものを問われてミュゲイラは口籠った。
動きを阻害せず便利ならそれでいい。シンプルだがその条件を満たしていれば「いいじゃん!」と心躍る。これを『楽しい』と呼ぶなら無理にマネキンの着ているような服を選ぶ必要もないが――いいのだろうか。
「……」
ふと静夏に森で言われたことを思い出した。
体を鍛えることがミュゲイラに合っていた。
それを伸ばすことは悪いことではない。
エルフだからといって魔法や弓矢しか使ってはならないというのは違う、と。
今回もそうなのではないだろうか。こだわりと利便性優先でもいいし、無理に流行を追わなくてはならないということもない。リータに勘違いされるのもきちんと言葉で誤解を解けばいい。
ミュゲイラはゆっくりと自分の好きなものを口にした。
静夏はその『ミュゲイラの好きなもの』を笑うことなく頷いてみせる。
「なら、それを大切にもう一度探してみよう。もちろん無理に服でなくてもいい。ミュゲイラが本心から気に入ったものにしよう」
「は、はい!」
元気よく返事をし、ミュゲイラはちらりと静夏を見上げた。
「マッシヴの姉御はもう何にするか決めたんっすか?」
「私か? 私はこれだ、シルクを用いたサイフらしい」
静夏が取り出したのは真っ白で少し大きめの長財布で、上品な見た目だったが容量が多く作られており厚みがあった。簡単に言うとでかい。
「旅の資金として今まで貯めたものを持ち歩いているが、……」
ここで静夏は内緒話をするようにそうっと耳元へ顔を寄せる。
「……この世界の仕様上、資金はずっと自分で持ち歩かねばならないだろう?」
「姉御が生きてたニホンってとこだと違うんっすか」
「場所にもよるが、大体好きな場所で引き出すことができたな」
「引き出す……」
棚にでも入っているのだろうか。
不思議に思いつつもミュゲイラはサイフをもう一度見る。
「たしかにそいつなら沢山入るんで良いっすね!」
「だろう? それに旅費とはパーティの大切なものだ、だから入れ物も良いものにしたいと思ってな」
少し贅沢だが、と静夏ははにかむ。
利便性がありしかも洒落れている。そして静夏本人も気に入っているし、意図にも合っている。理想的だ。
ミュゲイラは「よーし!」と両腕に力を込めた。
「もう一度しっかり見てみます! ……その、マッシヴの姉御にも来てもらっていいっすかね?」
「私に?」
「ちゃんとあたしの好きなもんを選びますけど、それはそれ、やっぱ誰かと一緒に見たほうが楽しいじゃないですか」
素直にそう言うと静夏は肩を揺らして笑った。
「ああ、ではご一緒しよう」
***
ミュゲイラたちと合流したリータは姉の手元を見て目を瞬かせた。
「お姉ちゃんはそれにしたの?」
「ああ、似合うだろ!」
そうミュゲイラはぐっと拳を握ってみせる。手を包んでいるのはパッと見はワインレッドのレザーグローブで、どうやら拳の部分にプロテクターが埋め込まれたタイプのようだった。
革製品も布に入るのだろうか、と少し気になったが、店の人間に訊いたところその辺りの判断は大らかなのだそうだ。
「まあ結局こいつなら大丈夫だったんだけどな。耐火魔法を編み込んだ布が裏地として使われてるらしいんだ」
「それって物凄く高価だったんじゃ……掘り出し物ね、お姉ちゃん!」
「お前わりと現金だよな!」
伊織は静夏がサイフを手にしているのに気がついて「おお、綺麗じゃんか」と近寄る。
「そうだろう、職人のなせる技だ。伊織は何にしたんだ?」
「僕は……カバンが欲しかったんだけどまだしっくりするものが見つからなくて。もうちょっと探してみるよ、まだ行ってないカバン屋もあるらしいし」
わりと自分ってカバンにこだわりがあったんだなぁ、と新たな発見をしつつ伊織は言った。
そして軽く周囲を見回す。
「そういやヨルシャミは?」
「まだ合流していないな。近辺に居るとは思うが……」
さすがにこれだけ賑わう街中でナレッジメカニクスが手を出してくるとは考えにくいが、万一ということがある。伊織は大通りの方に足を向けながら静夏たちに手を振った。
「カバンを見るついでに向こうのほうも探してみるよ!」
「わかった、私たちはまだこの辺にいるから見つかったら教えてくれ」
人通りは多いが静夏の姿は目立つため遠目でもわかるだろう。
伊織は頷くと次なる店を目指しながらヨルシャミを探して歩き始めた。
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