それぞれの幸せ ②

 ハルが慌てて逃れようとしても、ヨウスケは強い力でハルの肩を抱き寄せる。


「やだ……!離して!!」


 ハルは身をよじって必死で抵抗した。


「いいじゃん……キス、しようよ」


 ヨウスケが強引にハルにキスしようと、さらに顔を近付けた時。


「ハル!!」


 少し涙ぐんだハルの目に、向こうの方から走って来る影が見えた。


(……とーちゃん……?)


 リュウがヨウスケの肩を強い力で掴んだ。


「……ハルに手ぇ出すな」


 低く呟いたリュウの殺気に恐れおののいたヨウスケは、急いでハルから手を離し、慌てて走り去って行った。

 リュウはハルを思いきり抱きしめて、小さく呟く。


「心配させやがって……」


 ハルはリュウの胸に抱かれながら、ポロポロと涙をこぼした。


「なんで……?いいとこだったのに……なんで邪魔するの?」

「嘘つけ……。泣いて嫌がってたくせに」

「早く彼氏作れって、とーちゃんが言ったんでしょ?!ハルの事なんか、迷惑なんでしょ?!」


 泣きながらそう言うハルの髪を、リュウは愛しそうに撫でる。


「迷惑とは言ってねぇだろ……。たしかに、彼氏作れとは言ったけどな……。好きでもねぇ男と付き合えとは言ってねぇ」

「だって……やっぱり好きなんだもん……。そうでもしないと、あきらめられないんだもん……。ハルが好きだと……困るんでしょ……?」


 リュウはハルの涙を指で拭って、もう一度ハルを抱き寄せた。


「困んねぇよ、バカ……。それより余計な心配させんな。ホラ、帰るぞ。姉貴も心配してる」


 リュウはハルの頭をポンポンとやって、ハルの手を引いてベンチから立ち上がらせた。

 公園からの帰り道、二人はそのまま手を繋いで歩いた。

 ハルの手を握りながら、リュウはゆっくりとハルの歩幅に合わせて歩く。


「昔、よくこうしてハルと手ぇ繋いで歩いたな……。姉貴に、しょっちゅうハルのお迎えに行かされてな。その度に、だっこしろとかギューッてしろとか……ちゅーしろとか……わがままばっか言ってたんだぞ」

「ママから聞いた……」


 リュウは懐かしそうに笑って、あの頃とは違うハルの華奢な手を握り直した。


「ハルの手、あの頃はちっちゃかったのに……こんなに大きくなったんだな」

「だってもう高校生だよ」

「そうだな……」

「ハルがちっちゃかった時は、ちゅーしてくれたの?」

「しねぇよ、そんな恥ずかしい事……」

「今もしてくれないけどね……」

「ハルがおっきくなったらしてくれるかって聞かれたな……。それはそれでまずいだろうって思ったわ」


 リュウがおかしそうに笑うと、ハルが立ち止まった。


「さっき、キスされそうになって……すごく怖くていやだった……。ハル、とーちゃんじゃない人となんて、やっぱりいやだよ……」


 ハルはそう言って、また涙をこぼした。

 リュウは小さくため息をついて、ハルの頭を撫でた。


「無理して急いで大人にならなくていいって言っただろ。ゆっくりでいいんだ。好きでもねぇ男と無理して付き合う必要なんてねぇ。ハルはハルでいい。オレはそう思う」


 ハルは手の甲で涙を拭いながら、小さくうなずいた。


「ハル……とーちゃんの事、ずっと好きでいてもいい?」

「そうだな……。わけのわからん男に引っ掛かって泣かされるより、少しはマシか……」



 実家に戻ったリュウとハルは、ルリカの用意した夕食を二人で黙って食べた。

 ルリカはハルに何も聞かず、食事の用意だけすると自分の部屋に戻って行った。

 食事の後、シャワーを浴びて自分の部屋に戻ったリュウがタバコを吸いながらぼんやりしていると、誰かがドアをノックした。

 リュウがドアを開けると、入浴を済ませ部屋着に着替えたハルがそこにいた。


「とーちゃん……」

「……入るか?」


 部屋に入ったハルは、クッションを抱いてちょこんと座った。


「さっきは……心配掛けてごめんね……」

「ああ……。オレはともかく、遅くなる時は姉貴に連絡くらいしろよ。心配してたぞ」

「うん……」


 リュウはまだ長いタバコを灰皿の上でもみ消した。


「あのな、ハル……。オレはハルには幸せになってもらいたいって、昔からずっと思ってる」

「うん……」

「優しくて真面目で、ハルの事だけを想って大事にしてくれる男と幸せになって欲しいって、そう思ってたんだけどな……。それはオレの思うハルの幸せであって、ハルにはハルの思う幸せがあるんだって、ユウに言われたんだ。ハルの思う幸せって……なんだ?」


 リュウが尋ねると、ハルは顔を上げてリュウの目をまっすぐに見た。


「その人がとーちゃんだったら、ハルは幸せだよ。ハルはとーちゃんと一緒にいたい」

「そっか……。ハルは昔からブレねぇなぁ……」


 リュウは少し照れくさそうに苦笑いを浮かべた。


「でもな……ハルはまだ15だろ?」

「冬には16になるよ」

「まぁ……そうなんだけどさ。どっちにしても、まだ高校生だしな。オレは30過ぎた大人だし……ハルが大人になる頃には40手前のオッサンだ」

「とーちゃんはオッサンじゃないよ」

「あー……昔も言われたな、それ」


 リュウはおかしそうに笑って、ハルの頭を撫でた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る