01◆至高の剣士b

「どうやら、自分の得意分野……近接戦闘に誘い込みたいようだな」

 兄貴はこちらの意図を的確に見抜くと、距離を保ったまま神槍をマントへとしまう。

 代わりに取り出したのは金色こんじきの大槌だった。


「それは……」

 兄貴は細かな光をまとったそれを振り上げる。

 その瞬間、身体中の毛が逆立った。


「こんなところで死ぬんじゃないぞ」

 警告とともに大槌が振りおろされる。


 それが瞬く直前、俺の頭から作戦は消失した。

 火車を手放し、無様に床へと転がり逃げる。


 舞台の端から雷撃が放たれ、さっきまでいた場所を雷が駆け抜けた。

 大気を振るわす轟音が光に遅れて通過すると、背後でからの客席が破壊される。火車など比にならないほどの威力と速度だ。


「どうした、顔が青いぞ」

 恐るべき力を秘めた一撃を放ちながらも、兄貴にはまるで気負いがない。

 このくらいはまだ肩慣らしの範囲なのだろうか。立ちはだかる壁の高さに途方にくれそうだ。


 だが、それでもここで引くわけにはいかない。


「視力が落ちたんじゃないか。ここんとこ書類仕事ばっかり続けてたせいだろ」

「かもしれん。こと書類仕事に関しては愚弟は、まるで手を貸さんからな。

 もっとも視力が落ちても、おまえの顔色くらいは目を閉じたままでも判別できるぞ」


 そう言いながら、俺が手放した火車を舞台から蹴り落とし、こちらの手をひとつ封じる。


「ふたつ言っておこう。俺と戦うために鎧を新調したな。

 見た目以上に軽量なものだ。動きを見ればわかる。

 だが、それを俺に悟られれば、おまえの狙いが近距離での技比べであることは予想できるミエミエだ」

 俺の企みを予測し、そして告げる。


「確かに槍の間合いを潰し、剣同士の技比べに持ち込まれれば、それに特化したおまえに分があるやもしれん。しかし、それが発覚している以上、俺はその誘いにのったりはしない」


 くそっ、こっちの手はお見通しってわけか。

 いくら未知の武器を用意しようとも、俺自身の戦略が読まれているうちは勝機にたどり着けない。


「それともうひとつ。ここ一番の戦いに勝つには、いかなるものを犠牲としてもという強い信念が必要となる。

 おまえの戦いは常に遊びの延長だ。剣術を楽しむが故に技に磨きはかかるが、相手を打ち砕き勝利を得ようという信念が、自らの剣にかかる重みがまるで足らん」


 長きの戦乱の中、国を守り戦い続けた王が宣言する。


「あきらめろ日輪、いまのおまえでは俺には勝てぬ」

「忠告ありがとうよ。だがふたつ目の忠告は余分だぜ。勝ってそれを証明してみせる」


 重さを指摘する兄貴の前で、小ばかにするように軽くステップを踏んでみせる。

 だが忠告された通り、兄貴を自分の都合良く動かそうというのは虫がよすぎたな。

 俺は得意な至近戦に兄貴を誘い込むのを諦める。


 そしてマントの内側から、新たに二本の剣を抜くと、握ったまま構えず、ぶらりと下方にさげた。

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