雨と刀
春嵐
雨と刀
意味があって、そうしたわけではなかった。
たまたま近くにいて、たまたま会話する数が多かっただけ。だから告白した。好きだと。
「おまえさ、そういうなんか、踏み込むタイミングっていうの、すげぇよな」
赤塚。クラス替えの影響で、別な組になってしまった。部活もあるので、なかなか一緒に過ごす機会を作れないでいる。今日はテスト前なので、部活がない。一緒に登校できている。
「やっぱ、剣術の影響なのかな。おれもやろうかな剣道とか」
赤塚はサッカー部。私は帰宅部。
「帰宅部のやつが実はめちゃくちゃ強いとか、なんか憧れるじゃんそういうの」
「強くないぞ」
実際、そんなに強くない。素手で赤塚とやりあったら、たぶん勝てないだろう。剣術は、あくまで剣術でしかない。それに、人を殺すことができる技でもあった。現代社会で殺人スキルはまったく役に立たない。
「で、どうだったんだ」
「なにが」
「告白の結果だよ。なんせクラスで一二を争う美人だぞ。白野さんだぞ」
雨。
「振られた」
「は?」
「振られたよ」
「え、あ、そうか、ごめん」
「なんで」
「いや、振られたわけでしょ。かなしくないの」
「特には」
「なんだおまえ」
赤塚に言われてはじめて、振られると悲しい気持ちになると知った。
「坂石、次の問題を」
「マイナス2です」
「読めって言おうと思ったんだけど」
「あっすいません。珍しく予習してきたのでつい」
「おお、テスト前で気合いが入っているのは良いことだ」
しまった。答えを言ってしまった。
クラス内では、目立たないようにしてきた。体育もテストも、とにかく普通。今度のテストも、なんとなく普通に乗り切ろうと思っている。
この前告白して振られた白野は、たしか常に学年一位だったっけか。
もうどうでもいいことか。
「坂石くん」
白野。隣の席。
「すごいね。さっきの数学。一瞬で答えてた」
「予習してきたから」
「嘘」
白野。笑っている。
隣の席だから、ノート取ってないのを見られたかもしれない。
「ほっといてくれ」
たいして仲が良いわけでもないし、告白して振られているし。もう興味もない。
下校も、部活がないから赤塚と一緒に帰れた。
雨。まだ降り続いている。
「へぇ、白野が声を」
「どういう意味だったんだ。教えてくれ赤塚」
「自分で分かるだろ」
「いや、わからん。好きでもない人間に声をかける理由が」
「そうじゃねぇ。好きだってことだよ。告白は失敗したけど、普通に脈があるってことだ」
「脈?」
「そう。脈あり」
「そりゃあ生きてるんだから脈もあるだろうが」
「ああ違え。違えんだよなこれが」
雨。
傘。
「おまえさ、いつもどういう鍛練とかしてるの。サッカー部はひたすら走ってばっかだけど。きつい訓練とかあんの?」
「最近きつかったのは、虎と戦ったやつかな」
「虎?」
「肚のあたりを喰われて、死ぬかと思った」
「嘘つけおまえ」
シャツをめくった。
「うわっおまえ、公衆の面前で脱ぐな」
「雨だし誰も見てねぇよ」
肚。虎に咬まれた傷。
「受け身をとって吹っ飛んだおかげで、喰い千切られなくて済んだ。そのときから獣の気配が」
獣の気配が、読めるようになった。
「どうした?」
「獣の気配がする」
発情期の、凶暴化した獣の気配。
「おい」
走った。
どこだ。
交差点。見回す。
路地か。
縫って走る。
いた。
白野。
数人の男に囲まれている。
突っ込んだ。
傘しか持っていないけど、傘で充分だった。
目を突き、蹴り飛ばし、腹に肘を入れ、腕を極める。
「ふう」
一呼吸いれる前に、全員倒した。
「ほら。たいした傷じゃないぞ。さっさと逃げろ」
ひとりずつ、鳩尾の辺りを蹴っ飛ばして活を入れる。全部で四人いた。気付いてすぐに、散り散りに逃げていく。
「あ、ありがとう、坂石くん」
白野。
背中にくっついてくる。
すぐに振りほどいて、間合いをとる。
「なにがだ」
「助けてくれて」
「助けた気はない」
発情期の凶暴化した獣の、雌の獣の気配。
「おまえに惹かれる理由が分かったよ」
白野。こいつは、殺さないといけない類いの獣だ。今も、どうせ男を美人局か何かの道具に使っていたところだろう。自分を襲わせ、それを使って搾取する。
「おまえは死んだほうがいいな」
傘。まだ壊れていない。内臓を突けば、なんとかなるか。
集中する。狙うのは、腹の脇の急所。
背中。抑えられる。羽交い締めに近い。
予想外だった。
「おい。なにやってる赤塚。離せ」
「やめろ。相手は人だぞ」
「いや。人じゃない」
「白野さんごめん、はやく逃げて」
白野。躊躇せず逃げる。この危険を回避する素早さも、凶暴な雌の特長なのか。
「赤塚」
「やめとけってまじで。ああいうのはたくさんいるんだから。自分が騙されなかっただけ良いと思えよ。な?」
振りほどこうとするのを、やめた。背中。あたたかい。
「赤塚お前、そんなに胸があったか?」
「あ?」
「胸」
「ああ。身長伸びなくなったかわりにだんだん大きくなってるよ。将来有望な乳房だね」
赤塚が、離れる。
「そうか。いや、すまん」
「なにが?」
「おまえを女だと思うことが、そんなになかった」
「だよな。サッカー部だし」
「好きだ」
「は?」
「あんな白野みたいな女よりも、おまえのほうが良いと気付いた。今」
「何を今更」
「どうなんだ」
「ごめん」
「そうだな。すまん。忘れてくれ。おまえの言った通りだ。おまえに振られると、悲しい」
「いやちがくて。そういう、断る意味でのごめんじゃない。ごめん待ってくれ」
待った。
赤塚。
ぼろぼろと、泣き出す。
「一生友達のままなんだと、思ってた。望んでも、それ以上には、なれないって」
雨。
いつの間にか、止んでいる。
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