第二章 男と女、あからさまな女>男 3

 ジャマリエールの命で城のきゆうしやから数頭の馬が引き出され、手早く馬具が取りつけられていく。騎士団は弱くても馬の質はいいようで、これなら三○キロくらいの距離はあっという間だろう。

「陛下、本当に行かれるのですか?」

「どうかおやめくだされ」

 緊急事態を聞いたのか、ユリエンネ卿とクロシュばあさんがそろって出てきて、ジャマリエールを引き留めようとしている。

「陛下のことです、どうせ戦場に行ったところで、面倒だ何だとおっしゃって、ご自身で戦うようなことはなされますまい? ならば行くだけ無駄というもの、ばばとともに城で報告を待てばよいではございませぬか」

 ジャマリエールに語りかけるクロシュの姿は、まるでわがままな娘をなだめる祖母のようだった。

「──ほれ、ばばが甘いアメ玉をあげますゆえ……」

「いつもいつもわらわがアメでつられると思うなよ、クロシュ?」

 クロシュががいとうのポケットから取り出したアメの袋をひったくると、ジャマリエールは地上から五○センチほど浮かび上がり、

「これでもわらわはおぬしら小娘どもよりはるかに人生経験が豊富なのじゃぞ? ……だいたい、いざとなればわらわは空を飛んで逃げられるのじゃ。もし我が身が危うくなれば、すぐさま帰ってくるゆえ安心せよ」

「だとしても、ですじゃ。──よいか、小僧!」

 馬具にゆるみがないかどうか自分の目で確認していたハルドールに、クロシュのぜつぽうが差し向けられる。

「──おぬし、何があろうと陛下をお守りするのじゃぞ? もし陛下に何かあれば、この世界におぬしの居場所などないと心得よ!」

「もちろん、命に代えてもお守りするさ」

「おい、わたしたちの馬はどれだい?」

 ハルドールがジャマリエールといっしょに馬の背にまたがろうとしていると、クロとシロが階段を下りてきた。

「おや、お嬢さんがた。遠乗りにでも行くのかな?」

「しらじらしいこといわないで、ハルくん……。あなたと距離が離れると、またあの雷が落ちてくるんでしょ? あれ、すんごく痛いの……だったらあなたといっしょに行くしかないじゃないの……ヒドいわ、そんなこというなんて」

 首輪を撫でつつ、シロがうらめし気にいう。

「ああ、そういえばそうか。……なら、きみたちにも俺の活躍を見てもらおうか。そのほうがあとの話し合いもスムーズにいくかもしれないしね」

 ハルドールとジャマリエールを乗せた馬を先頭に、一行は城の正門から飛び出した。早朝、まだひとの少ない大通りを、三組の人馬が南へ向かって駆けていく。

「──この五○○年間、魔王同士の直接的な戦いが禁じられていたということは、各地の魔王が率いる軍も、実戦経験はさほどないと考えていいのかな?」

「ま、ウチの騎士団を見れば察せられるじゃろうが、おおむねはそうじゃな。……しかし、各地を渡り歩く傭兵団はそうではないぞ? ふだんから連中は、山賊退治だの隊商や要人の護衛といった荒っぽい仕事に就いておる。時には自分たち自身が山賊に早変わりすることもあるしのう。とにかく、この世界でもっとも実戦に慣れ親しんでおる集団とゆってよかろう」

 自国の軍隊が今ひとつ頼りにならないジャマリエールにとって、乱世の始まりに先んじてそうした傭兵たちを味方に引き込んでおくのは、ある意味、当たり前の戦略といえる。そのためにかなりの金を積んだのだろう。

 だが、その直後に裏切られた。

「しょせん、金で動く連中だってことだろ。だったら金のために裏切りもするさ」

 後ろから冷ややかなクロの声が追いかけてくる。一面の小麦畑をつらぬく街道をひた走りながら、ハルドールは美女たちを振り返った。

「そういうミス・グローシェンカは、なぜきみのダンナとやらに手を貸していたんだ? きみを作ってくれた〝親〟だからか?」

「それはもちろん愛よ、ハルくん」

 恥ずかしげもなく、シロがんだ瞳でそう答える。するとクロは、舌打ちとともに足を伸ばしてシロのすねりを入れた。

「……あんたは黙ってなよ、シロ」

「いたっ! ひ、ひどいわ、クロちゃん! いくら照れ臭いからって……そんな暴力でわたしを黙らせようだなんて、卑劣っていうかあくらつっていうか──」

「いいから黙りなよ! ──わたしはダンナの強さにしたがってただけさ。強いヤツにはすべてを手に入れる権利があるんだから、したがうのは当然だろ」

「素直じゃないのね、クロちゃん……そんなこといったって、クロちゃんがご主人にぞっこんだったのはちゃんと判ってるの。照れ隠しに悪ぶるなんて、小さな子供じゃないんだから……」

「……だから黙りなよ」

「あうっ!?」

 今度はたっぷりとしたお尻のあたりにミドルキックを食らい、シロはあやうく落馬しそうになっていた。

 じゃれ合う美女たちを無視することにしたのか、ジャマリエールは前方に見えてきた丘を指さした。

「あそこまで行けば、もうブルームレイクが見えるはずじゃ。今のうちに簡単に説明してやろう」

 ジャマリエールによれば、ブルームレイクは周囲五キロにも満たない小さな町だという。しかし、戦略的には王都ランマドーラのまるともいえる重要拠点であり、がんじような城壁と大型兵器、一○○○人規模のちゆうとんぐんが存在するため守りはかたい。いわば大規模な砦といってもいいだろう。

「あの町には防衛用のそなえが十二分にある。いかに我がグリエバルト魔王国軍が経験不足の兵士ばかりとはゆえ、どこぞから強い魔王がみずから乗り込んでくるようなことでもないかぎり、そうたやすく落ちることはあるまい。まして、わらわたちが援軍に駆けつけるのじゃからな」

 ハルドールにかかえられるようなポジションで馬に乗っていたジャマリエールが、勇者を見上げてにひっと笑った。

「──見よ、あれがブルームレイクじゃ」

 丘の上に到着すると、ジャマリエールはハルドールに望遠鏡を渡した。この高さからなら、ブルームレイクとその南側を流れるブルーム川、それにぞくぐんと友軍の位置が手に取るように見下ろせる。

「どうにか間に合ったらしいな」

 町のすぐ南側に展開した友軍は、川をはさんで賊軍とたいしている。断続的に矢をかけることで、かろうじて賊軍のしているようだった。

「……弱い上に数も少ない、見てられないね」

 くらの上にかたひざを立て、クロはうんざりしたようにつぶやいた。

「いや、よくやってると思うよ。ここまで渡河を許してないんだから」

 ブルームレイクとその周辺の地形を確認したハルドールは、ジャマリエールの髪の乱れを撫でつけながら、

「──ところでじゃじゃさま、おそおおくもきみとの契約をにしたというその傭兵団は、数としてはどのくらいなのかな?」

「……は?」

「だから、敵に回った傭兵たちの数は──」

「その前におぬし、何とゆうた?」

「え? あー……じゃじゃさま?」

「何じゃそれは!」

「あだっ」

 ふんがいする少女魔王の頭突きがハルドールのあごを痛打する。

「な、何って……きみの愛称だよ。あれこれじゃ~、なになにじゃ~、って、きみの口癖だろう? 正直、いちいちジャマリエール陛下と呼ぶのも面倒だしね」

「はぁ!? わらわの名にケチをつけるつもりか、おぬしは!?」

「……今はそのデリケートな議論は置いておこうか。せんあえぐ臣民のためにもさ」

 ひりつく顎を撫で、ハルドールはあぶみを鳴らして馬を再スタートさせた。一気に丘を駆け下ればブルームレイクはもう目の前である。

「俺はこのまま町の正面に回り込む。きみは兵士たちに町の中へ退却するよう命令を出してくれないか?」

「退却じゃと?」

「あのへいで持ちこたえていられるのは、賊軍が馬鹿正直に最短距離で渡河しようとしてくれているからだよ。だけど、敵が最短コースにこだわるのをやめて広く東西に展開し、みんないっせいに渡河を開始したら、あの数の兵士ではもうそれを阻止できない。そうなったら退却もままならないし、城壁を背負って全滅するのは目に見えてる」

「残念じゃが、おぬしの見立ては正しいじゃろうな」

「今ならまだほとんど損害はないようだし、傷が浅いうちに退却させて、城壁の上に布陣し直したほうがいい。防衛用の兵器とかあるんでしょ?」

「うむ」

 ハルドールがまず敵の数を可能なかぎり減らす。その後、討ちもらして城壁に取りついた敵を、城壁の上からの攻撃で確実に始末していく──それがハルドールが提示したプランだった。

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