伝説のおねえさんたちが、勇者のいうことを聞いてくれないのですが
嬉野秋彦/ファミ通文庫
序章 白と黒、遅れてきた勇者
パンダ──。
いにしえより伝わる本草学の
だけど、基本的に人を襲うようなことはなく、むしろその丸っこいフォルムのおかげで愛らしいとさえいわれる珍獣──それがこの世界におけるパンダである。
そんなパンダと美少女の組み合わせと来れば、周りで見ているみんなの心をなごませずにはおかないはずだが、この日、城の中庭に居合わせた人々が感じていたのは、なごみでも
「いい時代になったもんだぜ!」
直立する白黒二色のケダモノは、二メートル以上の高みから少女を見下ろし、口もとに
「──こんなちびっ子を倒せばこの国が手に入るってんだからよ!」
「我が城に単身乗り込んできた
「この時代、強けりゃ当然目指すだろ、頂点をよ!」
そこでばりん! と青竹をひとかじりしたパンダは、自分がかぶっている
「──これがこの
「おぬしの名前なぞ聞いておらぬ。とゆうか聞くだけ無駄じゃ」
ジャマリエール・グリエバルトは
やたらと
「にげろ、へいか! あいつ、いきがくせえ!」
ケチャが
「きゃんきゃん
「──ケチャを
「おっ、
今にもパンダに襲いかかりそうなケチャを
「こ、このパンダはただのパンダではございません! それがしどものこの姿でお判りかと思いますが、とっ、とても凶暴でやたら強く──」
つらつらと語るガラバーニュ卿とその背後に
「さりとてここで陛下のお手をわずらわせては、我らグリエバルト神殿騎士団の名折れともなりましょう! ぜっ、ぜひともここはそれがしどもに今一度のチャンスを──」
「負け犬は引っ込んでろ! ゴチャゴチャ騒いでっと食っちまうぞ!」
ガラバーニュ卿の言葉をポンガ某がさえぎり、太い右腕をひと振りした。
その瞬間、目に見えない力の波が押し寄せ、騎士たちを
「ぎゃあ!?」
「ぐは……っ!」
「まったく……この国は男性人口が少ないのじゃぞ? あんな
ジャマリエールはぼそりともらし、頭に載せたティアラのずれを直した。
「だいたい、〝
「オレを馬鹿にしてんのか、てめえ!?」
「そもそも、天下に名高い我がグリエバルト
「ンなこたァやってみなきゃ判らねえだろうが! てか、てめえみてえな小娘にできることが、オレにできねェはずがねえ!」
「やれやれ……本当に有能なヤツはのう、実際にやらずとも結果をある程度予見できるものじゃ。要するに、やってみなければ判らんなどとほざくおぬしには、先見の明がまったくないとゆうことじゃな」
「ううう、う、うるせえんだよ!」
ポンガ某が
「──この国の
「晴れやかなまでにアタマの悪い
平たい胸の前で腕を組み、ジャマリエールは
「……ま、よかろう。この魔王国を
「へいか! かってなやくそくすんな!」
ガラバーニュ卿もろとも吹っ飛ばされていたケチャが、ぶるぶると首を振ってわめいた。
「もう
くわっと牙を
「──おめえよ、パンダが雑食で肉も食うって知らねえだろ!」
黒白二色の巨大な砲弾と化したポンガ某が、低い姿勢で少女に激突した──ように見えた瞬間。
「おごっ……」
ポンガ某の巨体が不自然に停止した。
「しつけのなってないペットだな。……飼い主は何をしてるんだ?」
「……は?」
ケチャを背負って立ち上がったガラバーニュ卿は、ジャマリエールとポンガ某の間に突如として現れた小さな背中を見つめ、
「ペットをしつけてやらないというのも一種の
そう
「──で、俺を呼んだのはきみかな、お
「お嬢さんと呼ばれるような年ではないがな」
ジャマリエールは満足げにうなずいた。
「いかにも、わらわがおぬしをここへ召喚したのじゃ。……オムニ・ドゥクス・ジャマリエール・グリエバルト、そう見知り置くがよい」
「依頼人がきみのような愛らしいレディだとは意外だよ。……それに、このシチュエーションもね」
少年は小さくウインクし、ジャマリエールを抱いて後方に飛びすさった。
「う、ぐ、ぐぅふ……う」
そのとたん、ポンガ某はみぞおちを押さえて
「俺が呼び出される時は、たいていは半裸の美女が
右の拳をふっと軽く吹き、少年はポンガ某を
「ご、こ、の……ガキ……どこから湧いて出てきやがった──!?」
「湧いて出たって……ゴキブリじゃないんだ、そんないい方はないだろ、クマくん?」
「ふざっ、ざげんなあ! クマじゃねえ、パンダだ!」
のろのろと立ち上がったポンガ某は、口から血の混じったよだれをだらだらと
「へえ、なかなかタフなクマくんじゃないか」
腰に手を当ててこきこきと首を回し、少年は笑った。
「──ああ、いっておくけど、今のは別にあんたをほめたわけじゃない。さっきの一撃で沈んでいれば、もう痛い目を見ずにすんだのになって同情しただけだから」
「でめえええ!」
ふたたび獰猛な
「やれやれ……こんな芸のない弱小魔王にまで
きらきらしい宝石で飾られた髪をいじりながら、ジャマリエールはにひっと笑った。
「──額の石を割れ、我が勇者よ!」
「額? ──ああ、判ったよ。おおせのままに」
自分を
「!」
ぱぁん! と
「お……ぐ」
ポンガ某の丸い頭が半分ほど胴体にめり込んでいる。悲鳴なのか
「……どう? これでよかったかな?」
「とりあえずはな」
ふわっと着地して振り返った少年に、ジャマリエールはサムズアップした。
「へいか!」
ケチャはジャマリエールのドレスの
「──だれだ、あいつ?」
「あれは我が勇者じゃ。おぬしの勇者でもある」
「ゆうしゃ……?」
「うむ。わらわがいにしえの
舌をしまうのも忘れて少年の横顔に見入るケチャの頭を、ジャマリエールはそっと
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