第370話

 結界を破れなかった者達を嘲笑しつつ、覇鬼は目の前で表情を歪めている焔鬼を見下す。覇鬼の妖力にはまだ余力があるように見えるが、既に焔鬼は限界に達しているのだろう。

 

 「既に虫の息とは、貴様の状態を言うのだろうな。どれ、世が楽にしてやろう」

 「そんなモン……お断りだっ」

 「ほぉ」


 焔鬼へ伸ばされた手を弾き、覇鬼との距離を取った焔鬼。しかし、距離を取った瞬間に焔鬼の身体がグラリと崩れる。血反吐を吐き、視界が霞む程に衝撃が全身に走る。


 「くっ……(このまま奴と戦う?ははは、これはもう負けだろ)」

 「諦めろ。今の貴様では、世を倒す事も傷一つ付ける事すら不可能だろう。そしてそれは、貴様自身が良く知っているのではないか?」

 「っ……悔しいが、どうやらその通りみてぇだ。もう立ってるだけで限界だ」


 そう言いながら焔鬼は肩を竦める。だが距離を取ったままで、覇鬼は近寄ろうとはしなかった。いや、するべきではないと理解していたのだろう。何故なら、覇鬼は警戒しているのだ。

 纏いの叛転と同様、もしくはそれ以上の切り札を持っているかもしれない。瀕死という状態であっても、焔鬼は自分を倒す為に手段を選ばない傾向にある。それを理解しているからか、その可能性を否定出来ない限りで無作為に行動しないのである。 

 だがしかし、それが逆に仇になっている事は覇鬼は知らなかった。


 「(どうして攻めて来ない。まぁ攻めて来ないのなら来ないで、オレは回復に専念する事が出来る。後は、これが許す限り続けば良いんだが)」

 「来ないのならば、こちらから行くとしよう」

 「まぁ、そう上手くはいかねぇよな」


 距離を詰め始めた覇鬼に対して、焔鬼は既に限界に達している体で刀を構える。これが最後の対峙、最期の戦いになるだろうと焔鬼が悟った瞬間だった。


 「――ほーくんっっ!!!」

 「「っ!?」」


 覇鬼と焔鬼の間に割り込むように、姿を現した茜に対して焔鬼と覇鬼は驚いたようだ。しかし、両者の驚いた意味が違う。焔鬼は茜が介入してきた事に対して、そして覇鬼は自身の妖力で展開した結界が破られた事に対してだ。

 

 「(世の結界を破るとは……やはりあの時、こやつは殺しておくべきだった)」

 「っ、下がれ茜!お前じゃ覇鬼の相手は無理だ!!」


 一気に距離を詰め、攻撃を仕掛けた覇鬼の動きを察知した焔鬼。そんな焔鬼は行く方向に茜が居る事を理解した瞬間、そう声を上げていた。だがしかし、その言葉に対して茜は笑みを浮かべて告げたのである。


 「大丈夫だよ、ほーくん。……私は負けない」


 その言葉と同時に茜は、覇鬼の攻撃を受け流して鬼化したのだった。

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