第302話
「記憶が、ない?それは本当なの……?」
酔鬼の言葉を聞いた魅夜は、疑心暗鬼に包まれた視線を焔と瓜二つの彼へ向ける。そんな視線を向けられている彼について、思うところがあったのだろう狂鬼は目を細めて隣に並ぶ彼を見る。
「(この人が本当にあの人なら、記憶が無いのも納得が行くかもしれねぇ。けど、どうして記憶が無ぇ事が本当だったとして、何で酔鬼がそれを知ってるんだ?)」
そんな思考を働かせる狂鬼だったが、すぐにその思考は遮られる事になる。酔鬼の言葉を聞いた彼は、口角を上げて酔鬼へ視線を返した。
「オレの記憶が無いのはお前の言う通り事実だ。しかし、お前の言う事を素直に信じられる程、オレはお前の事を信用出来ないのはどうするつもりだ?」
「敵か味方かと問われれば、俺はあんたの味方だ。そこに居る狂鬼も、ついでにこの猫も、だ。それでも信用が出来ないってんなら、仕方ねぇ……」
そう言いながら酔鬼は彼へ一歩近付き、親指で自身の首元を指して告げるのだった。
「あんたがそれで、俺の首を落とせば良い。俺は俺の命を賭けて、あんたの記憶を戻してやる。失敗すれば、その時は煮るなり焼くなり好きにしてくれ」
「……」
酔鬼は肩を竦めてそう言い放った。自身の命を賭けるという言葉は、かなりのリスクを背負う事になる。それでも尚、自身の命を賭けると告げた酔鬼に対して、彼は微かに警戒のレベルを下げたのだろう。
刀へ添えた手を離し、少しばかり背の高い酔鬼を見上げて告げたのである。
「その言葉、忘れるなよ?」
「あぁ、俺はあんたに嘘は吐かねぇって昔から決めてんだぁ。そう易々と違えるもんかよ」
「なら好きにしろ」
「んじゃぁ、動くなよ……」
カチャリという金属音が聞こえた時、魅夜と狂鬼が目を見開く。何故なら酔鬼は、躊躇する事なく、まるで当たり前のように自然体で銃口を彼へ向けたからだ。
そんな酔鬼の行動に対して、彼は焦る様子もなく口角を上げて目を閉じた。それと同時に呟かれた言葉を酔鬼は鼻で笑って見せた。
「――懐かしい感覚だな。前も何処かで、こんな風に銃口を突き付けられた気がするよ。それがお前だったら、面白いかもしれないな」
「っ……そうだなぁ。今回は自分の為じゃねぇ。誰かの為に引き鉄を引くさ」
そう告げた酔鬼はゆっくりと、彼の額に当てた銃の引き鉄を引いた。その瞬間、彼の意識は暗い水の底へと落ちて行ったのである。
灰色の絵が何枚も、何枚も、何枚も巡る。暗い底へ落ちる度、沈んでいく度に何かが埋められていく感覚に包まれていく。まるでビデオテープの巻き戻しと早送りを繰り返し、やがて彼はゆっくりと目を開けた。
数回の瞬きの後、彼は顔を覗き込む三つの顔を見て口角を上げて言った。
「久し振りだな……お前等」
「ほ、焔なの?」
「あぁ……心配掛けたみてぇだな、魅夜」
「っ、んっ……焔っ!!」
感極まった魅夜は、涙を浮かべて彼――焔鬼に抱き着いた。今までの空白を埋めるように……。
「酔鬼、約束を果たしたようだな。礼を言うぞ」
「何を今更。ただの恩返し、ただの気まぐれだぁ」
「相変わらずだな、お前は。狂鬼も、随分と久し振りな感じだな」
「……お、おう」
抱き着く魅夜の頭を撫でながら、酔鬼と狂鬼と言葉を交わす焔鬼。だがすぐに気を取り直した焔鬼は、酔鬼に状況の説明を要求した。現状の鬼組も含めて、焔鬼は状況の把握に取り掛かったのである。
「――大体は分かった。まずは戦力の補充だな。魅夜、お前は狂鬼と一緒に鬼組に戻って負傷者の治療に専念してくれ。動ける奴は少しでも欲しいと伝えてくれ。酔鬼はオレと一緒に移動だ」
「ん、分かった」「オレも屋敷に戻るのかよ」「あいよ」
「魅夜、もう一つ伝えてくれ」
屋敷へ向かおうとする魅夜を呼び止めた焔鬼。そんな焔鬼に首を傾げ、「どうしたの?」と問い掛けるような目を向ける。その問い応えるようにして、焔鬼は伝言の言葉に付け足した。
「苦労を掛けたな、そう伝えてくれ」
「ん……嫌だ♪」
笑みを浮かべて断った魅夜は、有無を言わさずに地面を蹴った。それを追う狂鬼を見届けた焔鬼は、隣で肩を竦める酔鬼に問い掛ける。
「頭を下げれば許してくれると思うか?」
「自分で考えるんだなぁ、俺には関係ないんでね」
「これから会う奴も魅夜と同じって考えると、骨が折れそうだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます