第60話

 手を伸ばす龍鬼を抱き支え、笑みを浮かべる様子に頭に手を乗せる村正。見えていないのか、村正を剛鬼と勘違いしているのだろう。もしくは、消えく様子を見つめながら村正は龍鬼の最期の言葉に耳を傾ける。


 「――いつか……貴方と一緒に、ボクも、戦って、共に……死にたかった、です」

 「……」


 頭に乗せていた手で撫でていたが、伸ばされた手は何かを探していた。空中を彷徨っている手を握り、遠退いている意識を見送る。それが今の自分の役目であると目を細め、光の粒子となっていく龍鬼の手を握り続ける。

 強く、ただ強く握る。遠退く意識の中、村正の握った手が握り返された。焦点の合っていない目を見つめ、握り返した龍鬼は口角を上げて口を開いた。


 「剛鬼さん、ボク……――?」

 「っ……」

 

 そんな問い掛けを聞いた瞬間、村正は消え逝く龍鬼の事を抱えてその場から駆け出した。向かった先は鬼組の妖怪が並び、周囲を警戒しながら真ん中に居る人物を慎重に運んでいる。

 その姿を見つけた村正は、運ぶのを中断するように前へ着地した。戸惑った様子を見せた妖怪達だったが、顔を伏せている村正の空気を感じて言葉を発す事は無かった。

 意識を失っている剛鬼を寝かせ、妖怪達は少し距離を取る。その様子に村正は笑みを浮かべたが、その笑みには何処か憂いを帯びているように感じたのだろう。だがしかし、何かを発してはならない。

 そんな暗黙の了解に包まれている中、寝かせられた剛鬼の横に龍鬼を寝かせる村正。


 「……むらまさ、どの」

 「剛鬼殿、この少年の言葉を聞くでござる。それが貴殿のー―最期の役目でござるよ」

 「……」


 ボロボロとなっている剛鬼は、朦朧とした意識の中で隣に寝かされている龍鬼の姿を見る。少しだけ寝返りを打てば、消え逝く龍鬼の姿を見つける。だがその姿を見た瞬間、剛鬼はゆっくりと起き上がり龍鬼を抱き締めた。

 その瞬間、光の粒子が彼等を包み覆い尽くし始めた。その様子に一瞬戸惑い、警戒した妖怪達だが、村正はそれを制して首を横に振る。


 「剛鬼さん、ボクは……強くなれましたか?」

 「あぁ、貴殿は強かった」

 「はは、良かったです。そう言って貰えたら、ボクはもう、思い残す事は、ありません」

 「……龍鬼よ、貴殿は……――我のほこりだ」


 そう告げた途端、光の粒子は輝きを増した。剛鬼と龍鬼を包み込み、彼等の間を邪魔する事は誰もしなかった。いや、する事は侮辱へと繋がる事が理解しているからだろう。

 彼等は騎士だ。それを感じていた村正は、頭を下げて目を閉じた。妖怪達もそれに乗じ、彼等を囲むように頭を下げて見送った。


 「っ……嬉しい、です」


 誇りと告げられた龍鬼も、誇りと告げた剛鬼も、その姿を光の粒子に包まれていた。いや、自らが発している事に気付いていないだろう。だが、誰も逝く彼等を止める者は居ない。

 それ程、彼等の姿を美しいと感じたのだろう。何故なら涙を流す龍鬼は、曇りの無い笑みを浮かべて逝くのだから――。


 「大きな気配が二つ、消えた」

 「兄様?」


 彼等の気配を感じたのか、空を見つめる焔鬼はそう呟いた。やがて目を細め、焔鬼は口角を上げて言った。


 「長い間、御苦労だった。――次は来世で会おう、気高き者達せんしよ」

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