第76話 神様ぶった友人をひきずりおろす

ピトンと雫が落ちる冷たい感覚で目が覚めた。


頭が妙にすっきりしていたが、胸中は心臓を無理やり手でまさぐられているようなざわざわした感じでいっぱいだった。


―そうだ。俺はあの日、あのまま炎の中で死んだ。多分、天音と一緒に。


クソ、神様め。何も願いを叶えてくれてないじゃないか。


天音が心から笑えてる?ふざけるな。

天音が心から笑えるのは俺と仲間と一緒にいる時だけだ。断言できる。


それと同時に、天音が何故、過去のことを隠していたのかも理解できた。

アイツはきっと俺が罪悪感に飲み込まれないように黙っててくれていたのだ。

天音だけが、あの日の記憶を背負っていたのだ。


俺は天音に、何か返せただろうか。

あの日、最期まで一緒にいてくれた天音にお礼ができただろうか。


何も返せていない。


俺は再び天音を笑わせてやらなければならない。


そして、できることなら傲慢なことに、その笑顔を俺に見せてほしい。

俺の隣で笑ってほしい。


そのためには、あんなクソ高い場所で神様ぶってる天音を、俺達の立っている地上まで引きずり降ろさなければならない。


とりあえず、今の状況をなんとかしよう。

そこで、俺は自分が縛られていることに気づく。

手首、足首、首、と首のつくところ全てに金属の拘束具がつけられ張り付けのような状態になっていた。


しかし、こんなものサイズを小さくすれば抜けられる。

そう思って下を見た時、そこは底が見えない程深い水が溜まっていた。

俺が縄抜けをするため縮んでも、落下したらゴーレムの重さでは大きくなる暇もなく水底に沈んでしまう。

水中では一切動けないというこの身体の唯一の弱点である。


周りを見渡す。他の人間の気配は無い。俺はこのまま一生ここで閉じ込められるのだろうか。


そんなわけにはいかない。なんとか脱出する方法を考えなくては……


「おや、目覚めたのですか」


その時。風鈴のような涼やかな声がして、背筋を冷たい指でなぞられたような寒気が走った。人の気配なんて無かったはずなのに。


拘束されて首が動かせないため、瞳のみを動かして声の主を探す。


「久しぶりですね。ゴースケ」


小さな体躯に対して異様に長い白い髪、人間離れした美しい容姿、氷のような瞳


俺の前に立っていたのは、あの日倒した魔王だった。


思わず身体を強張らせる。拘束している金属具がガチャガチャと嫌な音を立てた。


なぜ魔王がここに?倒されたのではなかったのか?捕獲されたのでは?疑問と焦りで頭が混乱する。


「ふふ、困惑していますね。」


魔王は教科書を読み上げるように淡泊に話しながら、俺に一歩一歩近づく。


どうする?縮んで動きをとれるようにするべきか?洗脳されて再び仲間を攻撃する怪物になるよりは溺れた方がマシだ。


「あぁ、安心してください。私はもう洗脳が使えません」


信じられるものか。俺はこの天使のような姿をした悪魔によって、天音やアランを傷つけたんだ。今度こそ傷つけないと決めたんだ。

そんな焦りで頭がいっぱいになった時


数メートル先にいたはずの魔王が、俺の首の後ろに手を回していた。


平たく言うと。抱き着かれていた。


敵であることは頭ではわかっているのに、女性に慣れていない俺は、顔がぶわっと熱くなる。

抱き着かれているのに魔王が触れているところだけ冷えていくような不思議な感覚だった。


「ドキドキしているのですか?ゴースケ。心臓の音が早くなっていますよ」


そんな魔王の言葉により一層鼓動がはねる。


ただ、その柔らかな身体と微かに聞こえる鼓動でこの少女も、俺達と変わらない魔法がたくさん使えるだけな人間だということを確信してしまった。あの日、「いかないで」とか弱い声で俺達に懇願した少女と同一人物だということも。


そんな俺に追い打ちをかけるように、魔王は俺の頬に自分の頬をくっつく程顔を寄せた。氷でできていそうな身体は存外やわらかく生々しい感覚がする。


そして魔王は、耳元に口を近づけて、息を吹きかけるように言った。


「私と一緒にあのクソみたいな神を引きずり下ろしませんか?」

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