第133話 エンカウント

「そういえばさ、さっきの人が殺された5分後って、僕らそんなに遠くにいたわけじゃなかったのに銃声しなかったよね」

消音器サプレッサーでも使ってるんじゃないか? まあ、それほど不思議ってわけでもないだろ」


 俺と三崎は再びダンジョン内を散策し始めた。

 ただし、今度は明確な目的を持って。


「それで、さっきと位置は変わらないの?」

「ああ。こっちに3人いる」


 今使っているのは生命感知魔法だ。

 このダンジョン内にいる生命体の位置をリアルタイムで把握できる。


「むー。そんな便利な魔法があるなら、なんでさっき使わなかったのさー」

「自分の有能さを示すって前を歩き始めたのは、どこの誰だよ」


 案の定、仮面チビだけは感知に引っかからない。

 感知阻害の手段があったとしても、今回はアイテムじゃなくて俺の魔法だから問答無用で貫通する。

 アイツが今も『5分後』にいるとしても、このダンジョンのどこかにいるはずなのに、それでも反応がないっていうのはどういうことなんだ?

 ただ単に未来視対策をしているってわけじゃないのは間違いないんだが……。


「いた。あいつらだ」


 だだっ広い部屋だった。

 環状列石ってやつだったか? 柱のような岩々が立ち並んでいる、大空洞といった感じの空間だった。

 真ん中あたりに地下水脈があって、その辺でサラリーマンとモブ2人が何やら話し合っている。

 どうやら脱出の謎解きをしてる最中みたいだな。

 ちなみに俺たちは気配を消しているので、あの3人には気づかれていない。


「それにしても3人で組んでくれてるなんてツイてるね。全滅させれば勝ち確だし」

「ま、そうだな」


 生命感知魔法で同じ地点に3人いるのがわかったときは、正直脱力してしまった。

 必要な死人は4人だから、生贄はあと3人で足りる。

 無理に仮面チビと戦う必要はなくなったのだ。


「全員殺っちゃう? それとも誰か残す?」


 三崎が暗に仮面チビをどうするのか確認してくる。

 そもそも、ゲームを終わらせるだけなら仮面チビではなく、この3人の真名を再確認して死神手帖に書けばよかっただけの話だ。

 そうしなかったから、三崎は俺が仮面チビと戦いたいと思っているのかもしれない。

 あのときは仮面チビのことしか頭になくて、そこまで考えてなかったってだけだけどな。


「まあ、別にこのダンジョンで決着をつけなきゃいけないワケでもないしな……」


 どうせこのまま遊戯ゲームが進めば仮面チビとも戦うことになる。

 御遣いの前に集められて奴が姿を見せたら、御遣いと同じように時間を停めて仕留めてもいい。

 対応される可能性はもちろんあるわけだが、そんときゃそんときだ。


「俺は手を出さない。お前の好きにしていいぞ」

「さっすがリョウジ! 話がわかる!」


 こいつ、殺しができるからってなんていい笑顔をしやがるんだ……。


「やあやあ皆さん、おそろいで!」


 気配を消して奇襲する手もあっただろうに、三崎は敢えて姿をさらけ出した。

 3人がぎょっとする。


「あ、あいつは……例の頭のヤバい奴じゃないか!?」

「ひぃっ!?」

「逃げよう!!」


 三崎が現れた反対方向に向かって脱兎のごとく駆け出していく3人。

 素人にしては素早い判断だ。


「ふふふー、どこへ行こうというのかねっ!」


 嬉々として追いかけ始める三崎。

 どうやら少しずつ追い詰めて愉しもうという腹づもりのようだ。


「まったく、悪趣味な女だぜ……」


 別に何の恨みもない連中なのだ。

 せめて、ひと思いに楽にしてやればいいものを。


 それにしても3人パーティか。

 既に2人脱出しているから、成立するにはギリギリの人数だな。

 でもまあ、俺や三崎みたいな連中がいるのはわかっているんだし、なんのチートもない彼らが生き残るには手を組むしかないってのも理解できる話だ。

 気の毒なのは、俺や仮面チビが生命感知魔法を持っていたことだろう。

 3人全員が揃っているなんて、絶好のカモでしか――


「…………いや、待て。なんであいつら生きてるんだ?」


 そうだ、仮面チビの仮面には索敵機能が備え付けられているんだぞ。

 時間を無駄にしていた俺や三崎と違って、仮面チビは最初から生命感知魔法で参加者を探していたはずだ。

 俺や三崎みたいに感知対策を施してない他の4人はあっさりと発見できたはず。

 実際、あの犠牲者もそうやって発見され、殺されたのだろうし。

 

 単純に感知魔法の射程外だったのか?

 いや、そんな手抜かりがあり得るか? 俺と同じように……いや、雑な俺なんかよりよっぽど慎重に動くベテランチートホルダーなんだぞ?

 射程にいなきゃいないで、ダンジョンのギミックなんて無視して索敵と移動に専念していたはずだろう。


 もし、仮面チビがあの3人を発見しても仕留めることなく敢えて野放しにしているとしたら?

 何のためになんて考えるまでもない。


 ――一連の思考は刹那。


 俺の肌感覚がほんのわずかな空気を切り裂く気配を感じ取った。

 音や振動が俺たちの耳に届く前に、何かが三崎の眉間へと奔る。


 時間停止……いや、対策をしてないと考えるのは楽観的過ぎる!


(三崎、伏せろ!)


 間に合うかどうかギリギリのタイミングだった。

 一定の強制力のある念話で三崎の体を無理やりに従わせる。


 チュンッ! と、三崎の背後の地面に火花が散った。


「狙撃っ!?」


 自分の身に起きたことを瞬時に判断したのか、三崎は列石の方に転がって素早く遮蔽を取る。

 俺は俺で思わず叫んでいた。


「野郎、もう未来ここにいたか!」

「あの3人は囮か……そうだよね、確かに僕がマント君でもそうするや」


 前の遊戯ゲームで決着のつかなかったチートホルダー、三崎洸。

 参加者を全滅させて遊戯ゲームそのものを台無しにした享楽的な殺人鬼。

 そんな奴が食いつく餌といえば、何か。


 この部屋にはネギを背負ったカモが3羽いた。

 つまり仮面チビはいつでもこのゲームを終わらせることができた。

 にもかかわらず、三崎を嵌めるための餌として3人を利用したのだ。


 そりゃそうだよな。

 プロなら勝てるときに勝つ。

 いつでも勝てると考える俺はつい忘れがちだけど、罠を張って確殺できる環境を整えられるんだったら先送りはリスクが増えるだけだ。


「リョウジ、どう!?」

「駄目だ、やっぱり5分後にもいねぇ!!」


 発射地点はわかる。

 三崎の傍ではなく、部屋の反対側に並ぶ列石の上あたりだった。

 だが、未来そこには誰もいない。

 未来視と鑑定眼を同時に使っても、それは変わらなかった。


 そうなると初弾を外した仮面チビが、どう判断しているかだ。

 撤退を選ぶのであれば、最初の奇襲が失敗した時点で次元転移しているはずだが。


 しかし分身チートで分裂した三崎の片割れは岩から飛び出した瞬間、過たず頭部を撃ち抜かれていた。

 分身が風船のようにパァンと割れる。


「どうやらマント君、まだ退く気はないみたい」

「上等だ、逃がさねぇぞ。自己領域展開!」


 部屋に監獄結界を展開した。

 これで、次元移動を含む脱出手段は阻害される。


「あいてっ! なんだここ、見えない壁がある!」

「そんなぁー!」

「出して、出してくれー!」


 もちろん、あの3人も例外ではなかった。

 気の毒だけど、いざというときには死んでもらわないといけないからな。


「さて、と」


 敢えて俺は堂々と姿を晒して発射地点の列石へと近づいていく。


「やっぱり、俺の姿も視えてないか。いるのにいない。いないのにいる。お互い様にってわけだな」


 仮面チビは5分先の未来から過去視を使って三崎を視認している。

 しかし、俺は過去視への対抗手段を発動しているため奴の目には映らない。

 逆に俺のチート能力は相手の対抗手段より必ず優先されるため、奴が同様の手段で対策していようとも姿は隠せない……はずなのである。

 だから俺の未来視に仮面チビの姿を捉えられないのは、単純に「そこじゃない」ってことなんだろう。

 「ただの5分後」じゃ、ない。


「うーん……僕って遠距離は得意じゃないんだよね」


 三崎は近接戦主体のチートホルダーだ。

 しかし次元転移や縮地などがないため、敵に接近したりするには普通に走る必要がある。

 リピーターである仮面チビもその弱点を知っている。

 だから広大なフィールドでの狙撃なんだろうが……。


 俺でも発見に難儀するような未来ところに隠れているにもかかわらず、決して己の能力に慢心することなく距離を取り、三崎の射程に入ってこない。

 三崎に『5分後』を攻撃される可能性をしっかりと想定しているのだ。


 そんな奴に俺は意図的に無視されているのか、あるいは単純に発見されていないのか。

 今回ばかりは俺も両方を想定して、作戦を実行させてもらうとしよう。


「三崎、俺にいい考えがある」

「……なんか、めっちゃ嫌な予感するんだけど?」

「囮になれ。死ぬまで撃たれろ」

「やっぱりかー!」

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