第127話 異世界の縮図


「…………アンタ、人狼だったのか」


 俺の告発に、樋口はかろうじてそれだけを呟く。


「そのセリフ、そっくりそのまま返すぜ?」


 既に盤面が見えている俺は、ひどく冷めた気分で肩を竦めてみせた。


「みんな! どうやら彼は占い師を騙った人狼だったみたいだ! 彼を吊ろう!」


 俺とは対照的に熱い語り口の樋口が村人全員に呼びかける。


「でも……どっちが本当のことを言ってるのか、わかんないし」

「そうだよなぁ。両方怪しいよ」


 女子高生とヲタクが頷き合った。

 なんか距離が近くなったというか仲良くなってないか、こいつら。

 仮面チビを含め他の連中も似たような反応だったが、渋谷系カップルだけは俺のことを睨んできている。

 わかりやすいなー。


「俺が村人か人狼かを証明するのは難しいが、樋口の黒要素だったら挙げられるぜ? 樋口は昨日、そこのふたりを庇った。村人確定の三崎が吊りにあげたカップルをな」

「な、なんだと!」

「言わせておけば、アンタねぇ……!」


 俺の軽めの煽りに顔真っ赤の渋谷系カップル。


「三崎が間違っていた可能性だってある! 彼らが人狼とは限らない段階で吊るわけにはいかなかった!」

「そうか? 昨日のこいつらの動きから考えて、悪くないギャンブルだったと思うけどな」


 樋口と俺の言い合いは平行線だ。

 まあ、こうなるのはわかっていたけど。


「そもそも俺はこのゲームに参加させられるのは初めてなんだぞ。お前だって俺が霊媒師だっていうのは見ただろう!」

「ああ、確かに見たぜ。霊媒をしてるフリならな」


 三崎と違って初参加の樋口が霊媒師の能力を知るには実際に霊媒師になるか、人狼になって役職能力を把握していたかしかない。

 村長の検死をしたとき、樋口はなんのスキルも発動させていないように俺にはえた。最初はひょっとしたら役職騙りでもしてんのかと思ったが、三崎の言ってた情報を聞いて人狼の可能性が濃くなって。最黒候補だったカップルを庇ったことで決定的になった。

 まあ、それ以前の問題でこいつらが人狼だっていうのはわかっていたわけだが……。


「どっちが人狼かわからなくて不安なら、樋口を吊ってから俺を吊ればいい。まあ、狩人は連続で俺を守ることはできないらしいし、もしそこのバカップルが人狼だったら占われる前に俺を襲うだろうけどな。とりあえず村視点で人狼が確実に吊れるわけだ。ちなみに俺視点で樋口は人狼が確定してて、残りの2匹はそこのバカップルだと思ってる。以上だ」


 とにかく、今日は樋口を吊る。

 そして3時間後に俺は襲われることだろう。

 もちろん、バカップルの素人2人が人狼化したところで俺に敵うはずもない。

 全員返り討ちにして、ジ・エンドだ……などと俺が浅ーい計画を立てていると。


「み、み、みんな……聞いて……!」


 肺の中から空気を絞り出すような、かすれ声だったが……それは、はっきりと村中に響いた。

 顔色真っ青のサラリーマンが、必死の形相でカップルの女の方を指差して。


「僕は占い師だったんだ。そこの女は……人狼だー!」


 次の瞬間、なけなしの勇気を振り絞ったサラリーマンの頭部は消えてなくなっていた。


「こんなゲームで死ぬなんて、冗談じゃねえ! お前ら全員、あのガスマスク野郎みたいに殺してやる!!」


 自棄を起こしたカップル男が人狼化して、瞬時にサラリーマンの首を捥ぎ取ったのだ。

 血しぶきをあげてサラリーマンだった体が倒れる。


「マ、マーくん……そうよね! 吊りとかされる前に、一気にこいつらを殺しちゃえば――」

「これ以上、させると思うか?」


 続いて人狼化しようとしたカップル女の全身をアイテムボックスから取り出した銀の剣で瞬時にバラバラにしてから、懸命に勇気を振り絞ったサラリーマンの亡骸に頭を下げる。


「成り行き任せのまま見捨てちまって悪かったな、おっさん……だが、これで現行犯だ。仇は取ってやる」 


 恋人に起こった事態を飲み込めずに呆けていたカップル男……人狼の足を地面に縫い留めるように銀の剣を放り投げる。


「ギャッ!!?」

「ほれ、お前ら何ボーっとしてんだ。吊りだ吊り」


 俺の呼びかけで生き残りの村人たち……樋口以外の全員が一斉に動けなくなった人狼を指差す。

 前日のような縄が現れて、人狼を吊り上げた。

 銀の剣は地面に刺さったままだったので、浮き上がったときに切り裂かれた脚部に痛々しい裂傷が走ったが……それ以上に首を締められるのが苦しいのか、人狼は必死にもがいている。


 どちらにせよ運命は変わらない。


 吊りが完了すると、人狼化の解けたカップル男の死体が地面に打ち付けられるように放り出される。

 この一連の出来事を眺めていた樋口が、わなわなと肩を震わせて叫んだ。


「人狼を倒せるのか。君は!」

「ついでに、こんなこともできるぜ」


 樋口のガスマスク――実は生首――の時間を殺される直前まで巻き戻す。

 すると、元通りの三崎の肉体が再生された。


「ぷっはー! あ、あれ。僕ひょっとしてさっきまで死んでた? 本当に実感ないやー!」


 その様子を樋口のみならず、村人全員があっけに取られて眺めていた。


「まったく、初日から目立ちまくって無茶しやがって」

「いやー、リョウジは村人だろうって思ってたし、勝てばどっちみち復活はできるから大丈夫だと思ってたけどねー」


 要するに三崎は囮を買って出たのだ。

 自分が死んだらカップルがほぼ人狼で見られるし、利があると見たのだろう。

 村人サイドを勝たせるための自己犠牲……と言えば聞こえはいいが、そんな役をノリノリでやるコイツも相当に頭がヤバいな。


「えーと、それでどういう状況?」

「昨日のカップルが人狼カミングアウトして、片方は俺が始末、もう片方は吊り。占い師の俺が樋口に人狼判定を出した」

「おっけー、把握。人狼が3人減ってるから間違えて村人を吊っても絶対に終わらないし、ヒグチさん吊りで問題ないかな?」


 村人共通の視点で生き残りの7人の中に人狼は1人だと確定している。

 仮に樋口が人狼じゃなくて先に俺が吊られても、1人が襲われても5人の中に人狼は1人。

 終わらなければ、樋口も吊られる。

 つまり、村人サイドの勝ち確ってわけだ。


「オレの吊りは……覆らないな、これは」


 樋口は人狼化することなく、人狼サイドの敗北を受け入れた。

 その表情は悲壮感に満ちている。


「ヒグチさん……残念だったね。でもこのゲームはよっぽどのことがない限り、村人が勝つようにできてるんだ」


 ゲームの敗けを認めて打ちひしがれている樋口に、三崎が傷口に塩を塗るようなことを言い出した。

 しかし、その口調は静かで……なんというか、まるで同情しているみたいだった。

 樋口が怪訝そうに眉を潜める。


「それは……どういう意味だ?」

「一見すると、異世界人狼は人狼優位に思えるかもしれない。人狼には、なんだかんだで僕も殺されちゃうぐらいのパワーはあるわけだしね。だけど、実際はキャピエルが言ってたみたいに村人の方こそが『なんでもあり』なんだよ。昨日、僕が人狼に対抗できるのを見たでしょ? 人狼になって全能感を得た奴らが、それ以上の超人になぶり殺しにされる……それが異世界人狼のいつもの流れなんだ」


 御遣い曰く、この異世界人狼は最初に必ず催されるゲームなのだという。

 リピーターである三崎はこれまでも異世界人狼に参加しているはずだ。

 きっと今までも村人サイドで勝っているんだろう。

 つまり、俺や三崎……それとずっと存在ステルスしている仮面チビのようなチートホルダーが必ず村人サイドに配置されることを……三崎は見てきたわけだ。


 三崎のネタ晴らしは続く。


「実を言うと……キャピエルの説明の中で、たったひとつだけいつもと違う部分があった。それはね……『人狼が4人』ってところだよ。いつもだったら『人狼は3人』なんだ。キミみたいにリタイヤを表明した奴が殺された後での説明では……ね。メタ推理だったけど、だからキミはきっと人狼なんだろうなぁって最初から思ってたよ。ごめんね?」


 人狼サイドに振り分けられる時点で噛ませ犬確定……ってわけか。

 なるほど……異世界人狼は、まさにクソ神宇宙における異世界の縮図なんだな。


「なんだよ、それ! 選ばれなかった奴には、生きる資格もないっていうのかよ……そんなの、理不尽過ぎるじゃねえか!!」


 樋口の叫びには、凄まじい怒気が込められていた。


 勝利を約束される側に選ばれなかった嘆き。

 必死に生きる意思を冒涜されたことへの呪詛。

 そして、たった今から自分が死ぬという恐怖。


 その、おおよそすべてが含まれる絶叫だった。


 神は祈る者を救うと、人は言う。

 だが神は祈る者しか救わない、のではない。

 神は、自分が救いたい者しか救わないのだ。

 少なくとも、クソ神が管理し……俺が彷徨う多次元宇宙においては、それが真理。


 誰もが口を開くことなく樋口を見守っていた。

 何も言えるわけがない。

 ほとんどの村人は、樋口と同じ立場に立たされてもおかしくなかったのだから。


「ねえ、どうにもなんないのかな!?」


 だけど、そんな中で……滝のような涙を流しながら叫んだのは、あの女子高生だった。


「この人、何も悪くないよ! 助けてあげることってできないの!?」


 なんの打算もなく心の底から湧き上がってきたであろう願いに、俺も一瞬だけ眩暈を起こしそうになった。

 他の連中も顔を背けたり、泣いたりしている。

 天然サイコパス殺人鬼の三崎ですら俺の腕を肘でつんつんと突いてきた。


「ねぇ、リョウジ。彼の時間を巻き戻しても、やっぱり結果は変わらないよね?」

「お前の言う通り、配役が決まってる……ってんなら、な」


 ゲームを進行させなければ、俺は次の異世界に進むことはできない。

 だから……現時点では見捨てるしかなかった。


 全員の様子を見て樋口はしばらくボーっとしていたが……やがて深呼吸をして……命乞いをすることなく、全員に頭を下げた。


「ありがとう。でも、もういい。オレの吊りは呑む。だけど、オレは……誰も殺していない。『人狼なんかじゃない』。これがオレの遺言だ。みんな、頼む……こんなクソみたいなゲームに心まで屈しないでくれ。以上だ」


 すべてを言い終えた樋口がその場に座り込んで、瞑想するように目をつむった。


「わかった。お前は確かに人間だったよ」


 そう呟いて、まっすぐに見つめながら樋口を指差す。

 他の奴らもぽつりぽつりと腕を上げていく。

 全員が目を背けることなく、指を差し終える。

 樋口の最期を、見届けたのだ。


「はーい、おめでとうございますー! 村人サイドの勝利でーす! どんどんぱふぱふー!!」


 すべてが終わった後。

 空気を読まずに現れた御遣いを人狼にされた4人の仇として……4回殺したことは言うまでもない。






「ちなみにここだけの話、俺が占い師っていうのは嘘だ。実際は、ただの村人。どいつが村人サイドで人狼サイドなのかは世界のシステム側が管理してるっぽいから鑑定眼でも視えんかったけど、最初の人狼役が人狼化能力を持たされてるのだけは一発でわかった。だから、同じスキルのオーラを持ってた樋口とカップルが人狼なのは全部わかっちゃってんだよね。てへ☆」

「リョウジ。その真相は絶対に墓場まで持って行った方がいいよ」

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