第125話 異世界人狼

「それでは、今回のナロンコンのルールの説明をさせていただきたいと思いまぁ――」

「待て!」


 ひとりの日本人男性が御遣いの言葉を遮った。

 体型は中肉中背。見た感じ部屋着で、手からはコンビニの袋を下げている。

 如何にもアパート暮らしで近くのコンビニ帰りといった風情の若者だ。


「オレはゲームを辞退する! 今すぐに帰してくれ!」


 御遣いにそのように高らかに宣言した後、俺達の方を振り返る。


「わかってるのか、みんな。これは誘拐だ。立派な犯罪なんだぞ!」


 あー、いるいる。こういう常識人枠。

 この後に及んで現実を受け入れられない頭固い人、とも言うが。

 主張そのものには、完全に同意するけども。


「た、確かにそうよね……」

「僕も部屋に帰ってブラソの続きやりたいなぁ」


 だから同調する奴が出てくるのもいつものことだな。


「いいやこれは夢だ……現実じゃないんだ……!」


 そもそも現実と思ってない人がいるのもね。


「ふーん。別にいいですけど、ゲームを辞退するってことは自動的に敗けになっちゃいますよ~。それでいいですかぁ?」

「ああ、かまわない。オレはゲームの結果なんてどうでもいいしな!」


 若者が勝ち誇ったように叫ぶ。

 その瞬間、御遣いの口端が吊り上がるのを俺は見逃さない。

 ガスマスクの三崎が肩を竦め、仮面チビは動向を注視していた。


「それでは真名・樋口万里生さん。ゲーム辞退により敗退でぇ――」

「あ、俺もちょっといいか?」


 挙手して御遣いのセリフを遮る。


「むぅむぅ! ちょっとみなさんさっきからキャピちゃんの話を邪魔し過ぎー!」

「今からルール説明だったんだろ? だったら聞いても問題ないと思うから聞くぜ……俺たちはゲームに敗けたらどうなる?」


 半ば予想しながらも、さも当たり前の疑問のような口調で確認する。


「むー。まぁ、ルールに関して聞かれたら答えなきゃいけませんのでぇ。敗北条件はゲームによって異なりますがぁ、敗者の運命は決まってまぁす」


 若者……樋口の方を見て、御遣いがくすりと嗤った。


「そんなの決まってるじゃないですか。死ですよ死。敗けるような無様な豚さんには死んでいただきまぁす♪」

「っ!?」


 御遣いの残酷な宣告に若者が息を呑む。


「と、いうわけでぇ……ゲームを辞退して敗北を認めた樋口万里生さんには死ん――」

「ま、待った! 取り消す! ゲームには参加するぞ!!」

「えー。でも一度辞退したら取り消しは――」

「もちろん、今回の場合はできるよなぁ? 『公平を司る』天使さんよ」


 御遣いのセリフを遮り、いつもみたく肩を竦めてみせる。


「敗北のペナルティを知らない奴にリタイヤを通すのは、さすがに『不公平』。ゲームのルールは『公平』っでなくっちゃなぁ?」

「うっ!? なんでキャピちゃんのこと、そこまで……!」


 敵のことだからな。

 何ができて、何ができないのか。

 そりゃあもう、お前らのことは徹底的に調べ尽くしてあるんだぜ?

 

「た、確かにぃ……ペナルティについて未確認の場合、ルールでは辞退の取り消しが可能ですけどぉ……」

「だとよ。命拾いしたな、アンタ」

「あ、ああ……」


 この手の流れはテンプレだからな。

 もともとゲームを離脱するであろう奴を一人は意図的に召喚して見せしめにするのが、神の遊戯ゲームじゃセオリーだ。

 歩くルールブックである進行役が不公平且つ不合理なルールをその身に抱えられない以上、説明してないうちに自業自得の生贄で場を盛り上げようとすることも。


「むぅ……まあ、順番が前後しちゃいましたがぁ! ゲームに勝利した場合には、次のゲームに進む権利が与えられまーす。生き残る人数によってゲームは変化しますので何回勝ち残ればいいのかはまだ言えませんがぁ、だいたい3~4回ぐらいやりまーす。最後のゲームに勝ち残った人全員にはどんな願いも一つ叶えてもらえるっていう素敵なご褒美がありますのでぇ……いっぱい頑張って勝ち残ってくださいねぇ!」

「つまり、他の連中はライバルってわけか」


 御遣いのルール説明を聞いて樋口が吐き捨てるように言った。


「チーム戦もありますから、いつもそうとは限りませんがぁ。基本的には利用し合う関係だと考えてもらって結構でぇす!」

「ねぇねぇ。前回みたいにゲームの最中に他の連中を皆殺しにしちゃった場合、やっぱり優勝じゃなくって中止になっちゃうの?」


 無邪気な三崎の質問に、他の参加者たちがぎょっとした。


「もちろんでぇす。ゲーム自体を無意味なものにしちゃうようなアクションは極力控えてくださぁい。失格やペナルティを覚悟してもらいますからねぇ、プンプン!」


 はい、わかりましたぁ!

 がんばりまぁす!


「では、早速最初のゲームを始めましょうか! 最初にやるゲームはいつも同じでぇす! その名もぉ……異世界人狼ぉー!」


 どんどんぱふぱふーと自分の声でひとり盛り上がる御遣い。


「人狼? 人狼って、あの村人の中に紛れ込んだ人狼を狩り出すっていう、あの人狼ゲームのことか?」

「はぁい、概ねその人狼でぇす!」


 怪訝そうな樋口の質問に御遣いがハイテンションで答える。

 人狼……確か人狼っぽい奴を多数決で吊るし上げていくゲームだっけ?

 確かイツナが施設のみんなとやったことあるって言ってたっけなぁ。


「人狼ならアプリでやってたよ! 百戦錬磨なんだ!」


 ヲタクが嬉しそうに小躍りする。

 彼のようにいわゆるゲームセオリーを知ってる人間が召喚されるのは、ゲームの効率化のためなんかではない。

 参加者に意図的な勘違いを起こさせるためだ。

 勘違いから発生した理不尽な展開を「だって聞かれなかったから」で済ませるのである。


「良かったですね☆ ただしぃ、皆さんが知ってる人狼とはかなり違いますから一緒にしてると死にますよぉ?」


 御遣いが挑発的に笑いながら、嬉々としてゲームのルールを説明し始めた。


「まず皆さんにはこれから『村人サイド』と『人狼サイド』に分かれていただきまーす。『村人は9人』で『人狼は4人』でーす。『村人サイドはどんな手を使ってもいいですから人狼を全滅』させてくださーい。『人狼サイドは村人サイドのフリをして、自分たちの生き残り人数以下にまで村人を殺して減らす』ようにしてくださーい。人狼同士は他の誰が人狼かわかりますがぁ、村人からは誰が村人で誰が人狼なのかは区別できませーん」


 うーん、こいつの喋り方クソうぜぇなぁ……。

 とりあえず、何でもいいから敵サイドを殺せってことね。かしこま。


「ゲーム中に死んだりしても、勝利サイドに入ることができれば生き返ることができまぁす。敗北サイドの方々は死んだままでーす」

「えっと……つまり、ゲームだけど敗けたら本当に死ぬってこと……?」


 女子高生を始めとして何人かが顔を青ざめさせる。

 さっきも御遣いは同じようなこと言ってたし、俺からすればそんなの当たり前体操って感じだが、普通の人からすればやっぱり信じられんか。


「キャピちゃんから説明することは以上でーす。質問があったら随時受け付けますけどぉ、質問内容は具体的なものにしてくださいねぇー」


 御遣いの最後の締めくくりのセリフからして、おそらくゲームのルールをすべて説明してはいない。

 ゲームが面白くなるように敢えてルール説明を省くのも恒例の流れ。

 村人サイドとか人狼サイドとか言ってるが、これはもちろんチーム戦なんかじゃない。

 隠されたルールを理解して行使できた者が勝者となる。このあたりはいつもどおりのようだ。


「それでは始めまーす! 同時に自分か人狼サイドか村人サイドもわかりまーす!」


 頭の中に文字が浮かんだ。

 ふーん、俺は村人サイドか。


「ち、ちょっと待って! 説明はそれだけなのか! 役職は!?」


 自称人狼百選練磨のヲタクが慌てて確認しだした。


「占い師とか霊媒師のことですかぁ? ありますよぉ。あと質問はもっと具体的にしてくださーい。まあ、やってみればわかるんじゃないですかねぇー?」


 ほれ、きた。

 ルールを把握するところからがゲームってやつだね。

 ちなみに俺の役職は……ふーん、なるほど。


「ではではキャピちゃんは一旦消えますがぁ、さっきも言ったように質問のときだけまた呼んでくださいねぇー!」


 御遣いが消えると同時に、周囲の景色が村へと変わった。


「わあ、リアルー!」

「すごい……」


 女子高生とヲタクが感嘆の声をあげた。

 うららかな日差しに、青い空、白い雲。大自然に囲まれた数軒の小屋が並んでいる。

 見れば畑や鍛冶施設の類もある。 

 俺たちが次元移動したのではなく、どこかの村の量子情報を丸々コピペして召喚したようだ。そりゃリアルだろうよ。


「おい、アレ見ろ! 空の景色がどんどん進んでる!」


 樋口が天を仰いで指差す。

 どうやら、ここでは時間の流れが速いようだ。


「本当になんか始まっちゃってるんだ……」


 女子高生が唖然とつぶやく。


「マーくん、離れないで……」

「も、もちろんだ!」


 渋谷系カップルがイチャコラしている。

 あー、こいつら別サイド同士で殺し合ったりする奴らかな?


「もう駄目だ。おしまいだぁ……!」


 どっかの星の王子みたいな情けないセリフを吐いてるのは、現実逃避まっしぐら中のサラリーマン。


「なるほど、ねぇ……」


 ガテン系の男が何かを確かめるように手を握ったり開いたりしてる。

 あ、こいつ人狼っぽいな。


「一応ここは集会場になってるみたいだな。とはいえ、外で話すのもなんだし……あの大きな家に入りたいな。念の為に危険がないか確認してくる」

「あ、俺も行くぜ」


 樋口の意見に手を挙げると、彼は一瞬だけ驚いてから頷く。

 後に続いて大きな家に入ると。


「うっ。こ、これは……」


 先行していた樋口が家に入った瞬間に立ち込める血臭にたじろぎ、目を見開いた。


「なるほど、人狼に食い殺された村長の家ってわけだな」


 俺もその隣に立って、惨状を眺める。

 部屋は壁一面に血が飛び散り、床の上では恐怖と苦痛に歪んだ男の無残な死体が横たえられていた。


「この部屋は封印しとくか? 誰か入らないように」

「……いいや、何か手がかりがあるかもしれない。調べよう」


 俺の意見に少しだけ間を置いてから、樋口は顔を上げて部屋に踏み込む。


「へぇ。案外こういうのに慣れてるのか、アンタ」

「はは、まさか。必死なだけだよ。それにオレの役職は霊媒師らしいから」


 そう言って、樋口が死体に向けて手をかざした。


「……うん。このご遺体は『人間』だ。『人狼』じゃない」


 がくりと項垂れたあと、樋口が思い切り壁を殴る。


「くそっ、本当にわかっちまった……!」

「そうか」


 何か発動したようには見えなかった。

 まだわからないが、チート能力ではなさそうだな。

 あくまでゲーム専用のちょっとしたスキルの一種ってことなんだろうか。

 あるいは……。


「どうしてこんなことに……」

「運が悪かっただけさ。隕石に当たって死んだとでも思うしかない」


 樋口が顔を上げて何かを言おうとした、そんなときだった。


「ぎゃあああああっ!!!」

「やめ、やめっ……いぎいいいい!!」


 外の方から断末魔の叫びのような悲鳴が聞こえたのは。

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