幼馴染のいる異世界

第123話 幼馴染のフルコース

「頼む。ユリアの支配から俺を解放してくれ!」


 俺を召喚したのは切羽詰まった様子の若い男だった。


「えーっと。女絡みだよな? どういう話?」

「実を言うとユリアは俺の幼馴染なんだけど……あいつは聖剣に選ばれて勇者になったんだ。それからというもの俺に対する態度が酷くって!」


 要約すると、同郷の女が力を手に入れたせいでパワハラに遭っているという話だった。


「よくある男女の痴情のもつれじゃねーか。そんなんで俺を喚んだのか?」

「べ、別にアンタを喚んだつもりなんて……でも、願いが何かって聞かれたらそれしか思い浮かばない!」


 なら、偶発的召喚ってわけか。


「ふーん……で、お前はその女のこと好きなのか?」

「前はそうだったけど、今はどうなんだろう……昔みたいに優しくなってくれれば、あるいはって感じかな……?」

「わかった。じゃあ、その女と話をつけてくる」

「本気か!? 言っておくけど、あいつは人の話を聞くような女じゃないぞ! 勇者になってからは特に!!」

「へーきへーき。暴れる女をなだめるのには慣れてるから」


 俺は早速、冒険の合間を縫って故郷の村までわざわざ男をイビリに来ているという、どう聞いても暇そうな女勇者の家に向かった。


「なに。アンタ誰よ」


 応対に出てきたのは目のキツそうな量産型美少女である。

 自己紹介すらせず、俺は単刀直入に切り出した。


「幼馴染の男を虐めるのをやめてくれないか?」

「はぁ~? なんで他人のアンタにそんなこと言われなきゃならないわけ!?」


 案の定、梨のつぶてだったので。


「いや、まったくだ。俺もそう思う。ところでアンタはあいつが男として好きなのか?」

「そんなの好きに決まって……へっ!? なんでアタシこんなこと口走って!!」


 催眠魔法で質問に嘘を吐けなくしただけなのに、顔を真っ赤にしちゃってかわいい反応する幼馴染。


「ほい、じゃあ両想いってことで」


 思わず寝取りたくなるのを堪えて睡眠魔法で眠らせた後、強奪チートで勇者としての力を根こそぎ奪い取る。

 そんでもって男を呼んだ後、ふたりに媚薬を投与して同じ部屋に押し込んだ。


「へへ、一丁あがりっと」


 しばらくして誓約達成の魔法陣が出現し、俺は次の異世界へ召喚されたわけだが。

 今思えば、これは始まりに過ぎなかったのだ……。





「実は幼馴染のパワハラに困ってて……」


 それが次の異世界。


「幼馴染が冒険者ランクでマウント取ってきて……」


 それが次の次の異世界。


「幼馴染ガー!」


 それが次の次の次の異世界。


「おさな――」

「はいはい幼馴染ね、もうわかったから!!!」


 遂に次の次の次の次の異世界で半ギレになった俺は幼馴染ちゃんを強引に口説き、さらに深夜プロレスを仕掛けて無事に昔の男を忘れさせた。

 しかし次の次の次の次の次の異世界で。


「お――」

「それ以上喋ってみろ、俺はお前をぶっ倒す!」


 なんなんだこれは!

 魔王退治でもここまで露骨じゃねーぞ!


 召喚者はすべて男。今のところ、力を手に入れた女幼馴染に関する相談で共通している。

 これまでの幼馴染は勇者にSランク冒険者に天才魔術師、そんでもって賢者ときて、また勇者だ。

 今回は同じ勇者パーティで肩身の狭い想いをしてるってことだったんで、男に新しい顔と名前を与えて誓約はすぐに達成。

 しかし、次の次の次の次の次の次の異世界でも同じ願いを口されたことで、俺は一つの確信を得た。


「クズラッシュと似てるが……違う。これは同系列異世界の創世ラッシュだ!」


 クズラッシュ。

 無数の並行世界が同時に発生することにより、俺がクズ召喚者に連続で喚ばれる現象をそう呼ぶ。

 主に俺が異世界を滅ぼすことによりいろいろあって発生するのだが、この間の異世界はフェアチキにしただけで滅ぼしてはいない。

 だから原因は俺じゃないはずだ。


 そもそも俺を召喚するのが幼馴染にパワハラされる男で固定されている以上、クズラッシュではない。

 おそらくは神々の間で幼馴染ブームが起きているのだろう。

 嘘みたいな話だが、転移転生もだいたいはそのパターンなので、俺ももう慣れた。

 つまり、たまたま同系列の創世ラッシュの位相に巻き込まれた……そう考えるのが妥当だろう。

 となると、今後もしばらくは幼馴染に困っている男……オサメンどもに召喚されることになるのだろうか?


「クソが! 上等だ……全ての幼馴染を破壊し尽くしてやる!」

「ひ、ひいっ! アイツよりコワイ!」


 殺意の魔力波動に晒されたオサメン7号は腰を抜かして、股間を濡らした。





「へー。それで今は休憩してるの?」

「ああ、そういうこった」


 あれからさらに47人の幼馴染を深夜プロレスで寝取――もとい打倒した俺は、息抜きがてら酒場でイツナと飲んでいた。


「幼馴染かぁ。わたしの場合はみんな優しかったけど、やっぱり人によるのかなぁ?」

「さー、どうだかな。俺は女の幼馴染なんて顔も覚えてないし、どうにもピンと来ないな。ていうか、幼馴染なんて要するに子供の頃に一緒に過ごすことが多かったってだけの相手だろ? 何か特別な意味でもあんのか?」

「うーん、友達はみんな幼馴染だったから、よくわかんない」


 あー。まあイツナだと、そんなもんか。


「でもまあ、創世ラッシュってことはエネルギーの回収効率がいいってことなんだろうが……」


 そこまで言いかけて、嫌な予感で背筋がぞくりとした。


「まさかとは思うが……魔王退治ぐらいにメジャーになるってことはないよな?」

「そういうことってあるの?」


 小首をかしげるイツナに、俺は嘆息して答える。


「ないとは言い切れない」


 これまで俺を苦しめた創世ラッシュはいくつかある。

 クラス転移のように一時的なものもあれば、自分で追放したパーティメンバーを今更取り戻したいって願いみたいに、今でもそこそこ多いものもある。


「まあ、攻略法を確立できればだいたい同じように解決するだけさ」


 そうなれば、いつものルーチンワークが増えるだけだ。 

 今のところは昔の男を忘れられない女から力を奪いつつ、新しい男を教え込むことで達成できているわけだし。


「がんばってね、サカハギさん!」


 解決方法を知らないイツナの笑顔がまぶしい。


「おう、まかせろ!」


 力強く応えた俺は無事に、その世界の幼馴染を倒した。

 やり方のコツさえ覚えれば、他の異世界と同じようにパターン化できる。

 俺もだいぶ幼馴染相手に自信がついてきたぜ。





 召喚パターンの亜種が現れたのは、次で記念すべきオサメン100号を数えるかというタイミング。

 その頃になると、ちょくちょく魔王退治も挟まるようになってきて少し余裕も出てきていたのだが。


「アイツが生意気にもパーティ出ていくとか言い出していなくなったの! 立場をわからせてやらないと気が済まないわ!」


 まさかの幼馴染自らの召喚であった。


「ふーん……これはまた、どういうことなのかねぇ」


 どうやら今回のオサメン100号は俺の手を借りることなく自ら独立を果たしたということらしい。

 これが新たなパターンに加わるのかどうかはわからないが、誓約者となった幼馴染に少しばかり興味が湧いた。


「なあ、いくつか聞きたいことがあるんだが――」

「ハァッ!? 何言ってんの! アンタはあたしに召喚された奴隷なんだから、四の五の言わず願いを叶えりゃいいのよ!」

「……ハハハ。オーケーだ、マスター。たった今、俺はアンタをビッチ認定した」


 速攻で代理誓約を立てて、幼馴染を徹底的に調教する。

 ビッチ認定したけど処女だったので、処女ビッチだな。

 ともあれ無事に誓約を達成した。幼馴染が召喚者の場合でもこのパターンでいけそうだ。


「ふぅ……しかしこの分だと、俺の嫁が幼馴染コレクションで埋まっちまう」


 これまで手籠めにした幼馴染たちは何人か俺の嫁になることを承諾して封印珠に入れてある。

 シアンヌに相手をしてもらう必要がないくらい肌はツヤツヤだ。


「まあ、コイツらは他の嫁には紹介できないなぁ……」


 どうせルールを守れずにエヴァにリリースされるであろう女たちだ。

 たいして気にする必要もないだろう。





 と、俺がタカを括っていたからではなかろうが。


「わたし……彼に冷たくしたことを反省しているんです。でも、されたことを忘れることができないって言われて……」


 早速、次の異世界で新手の幼馴染があらわれた。


「……やりづらいな」

「へ? 何がですか?」

「なんでもない。こっちの話だ」


 さすがに既に反省している状態で俺を召喚している幼馴染相手にいつもの手段に訴える気になれず、改めてさっき聞こうと思った疑問をぶつけることにした。


「アンタらにとって、幼馴染って何なんだ?」


 俺に言わせれば異性の幼馴染なんて、たかが幼少期を一緒に過ごしていただけの相手だ。

 いい思い出で彩られていれば特別にもなるだろうが、顔も名前も覚えてないって方が普通なんじゃないかと思う。

 だけど俺を召喚したオサメンも、パワハラしていた幼馴染も、お互いに何らかの形で相手に対して強い感情を抱いていた。


「なんなんでしょうね。あまり深く考えたことはありませんでしたが……」


 俺を召喚した幼馴染は、少し考えてから口を開いた。


「一緒にいるのが当たり前で、空気みたいな感じでした。でも、だから……わたしは甘え過ぎてしまったんだと思います」

「つまり?」

「かけがえのない存在、です。代わりなんていません」


 ……ふーん。

 つまり、家族みたいなものってわけか。

 なるほどね……。


「だいたいわかった。俺がなんとか舞台を整えてやる」

「えっ、でも……」

「また拒絶されるのが怖いか?」


 幼馴染がはっとして顔を上げると、コクリと頷いた。


「そうならないように俺が仲立ちしてやるから、よく話し合え」


 そして、ふたりに何度か交互に話を聞いた後に三者面談を経て、最終的にはふたりきりだけで話し合ってもらって。

 その真っ最中、俺はふたりのいないところで次の異世界に召喚された。

 これまでの中で一番時間がかかったが、俺の胸に後悔の二文字はない。





 それから、俺の攻略パターンは少しだけ変わった。


「幼馴染の相手をするのに疲れたんです」

「つまり、もう二度と会えなくなってもいいんだな?」

「それは……!」

「だったら一度でいい。体裁は整えてやるから話し合ってみろ。お前の中の思い出が既に過去にしかないかどうか確かめてからでも、遅くない」


 もちろん、ほとんどの場合は手遅れで……オサメン達のトラウマを抉り、俺の嫁が増えるだけの結果に終わるのだけど。

 それでもほんのちょっとだけ一手間を加えることで、俺はこのパターンが好きになった。


 そう。

 これは、それだけの話である。

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