第112話 破壊者の異世界推理

「本当に事件の謎が全部解けたんですか!?」

「ああ、多分な」


 メイドのティーネに頼んで生き残り全員を談話室に集めた。

 といっても、ロリババア以外で揃ったのは地下の捜査をしていた英国ダンディ、ゴスロリ幼女、アンナちゃん、そしてメイドのティーネだけだ。


「ミスター・スイングは部屋にいなかったのだね?」

「はい。ご不在でした」


 英国ダンディの確認に眉一つ動かさずに答えるティーネ。


「あ、あのおっきい人が犯人だったんでしょうか?」

「ここに来ないってことは、大方どこかで死んでるんでしょー」


 落ち着かない様子のアンナちゃんにケロリとした顔で笑い返したのはゴスロリ幼女だ。相変わらずこの状況を楽しんでいるようにしか見えない。


「そ、それなら犯人はこの中の誰かってことに!」


 アンナちゃんが怯えるように全員から距離を取るが、咎める者は誰もいない。


「ふむ」


 英国ダンディがマッチでパイプに火をつける。


「トーリス君。犯人がわかったのだね?」

「犯人……そうだな、そう言っていいと思うぜ」

「なんだなんだ、歯切れが悪いぞ。すべての謎がわかったなどと言ってたではないか!」


 ロリババアが不満そうに見上げてくる。


「まあ、聞けって。まずは順番に事件をおさらいしようぜ。最初の事件……バラバラ密室殺人から。えーっと、部屋には鍵がかかってた。そうだよな?」

「は、はい。間違いありません」


 アンナちゃんがコクコクと頷く。


「ところが、別の部屋に行こうとすると部屋の鍵が開いた」

「そ、そうなんですよ! 自分で言ってて胡散臭いことこの上ない話なんですが、本当のことなんです!」

「別に疑っちゃいないさ。とにかく扉を開けたら細切れになったデブの死体があったってわけだ。部屋は直前まで密室だったのも本当のことだろう。第二の事件……というか残りの事件も犯行に魔術が絡んでるって事以外、何もわかってないも同然なわけだが、この際置いておく。ぶっちゃけ、被害者達が何故死んだかは重要じゃない。注目すべきは、どうして俺達だけがまだ生きていられるのかさ」

「ふーん? それはどういうこと?」


 ゴスロリ幼女が挑発的な笑みを浮かべてくる。


「初歩的なことさ。なあ、ディテクティブ?」


 俺がそうやって肩をすくめてみせると、英国ダンディが少し驚いたように眉を上げていた。


「俺達がまだ殺されていない理由。そいつはズバリ、殺人事件を捜査していたからさ」

「まるで意味がわからんのだが!」

「わ、わたしもです。ちゃんと説明してください!」


 ロリババアとアンナちゃんを手で制し、首を横に振る。


「この結論に至った経緯を話すには、最初の事件で何が起きたかを知ってもらわないといけない。とりあえず、あのデブの行動をなぞってみるとしようか。まず、第一の被害者はこの談話室でロリババアと喧嘩した後、遺産を見つけるべく即座に行動を開始した。それは何故か?」


『候補者のすべてに告げる。賢者の遺産ほしくば、我が森へ来たるべし。汝が最も忌み嫌う者の工房から、それは見つかる』


「もちろん案内状に記されていた場所をロリババアの部屋だと思い込んだからだ。ロビーに貼ってある部屋割りからロリババアの部屋を探し出したデブはおそらく従者を置いてひとりで部屋に向かい、部屋の主に先を越されないよう急いで遺産の捜索をしようとした。ここまではいいか?」


 現場である部屋の前まで移動し、引き連れてきた全員を振り返った。

 質問や異議はないと見て、推理の続きを披露する。


「デブが念のために内側から鍵をかけて捜索を開始した直後、部屋の中央に真空波の魔法が炸裂して、何が起きたのかわからないままデブは即死した。だから部屋はたまたま密室だった……以上だ。何か質問は?」

「いやいやいや! ツッコミどころだらけではないか! 犯人は! 魔術師は! まさか、部屋のどこかに隠れて待ち伏せしていたとでも言うのか!?」


 ロリババアのもっともな物言いに、俺は首を横に振った。


「返り血の問題がなければ、それも有り得なくはなかったけどな。でも、それも術者本人が部屋に入らなかったって言うなら説明がつくんだよ」

「ま、待ってください。ひょっとして……」

「ブービートラップ」


 アンナちゃんのセリフを英国ダンディが引き取った。


「あの部屋には事前に罠が仕掛けられていた、というわけだ。そうだね、トーリス君」


 そう言って目配せをしてくる。

 どういうことかわからんけど、合わせろってか。


「……ええと、さすが本職。俺もそう言いたかったんだ。というか、あんたはとっくの昔に気がついてたんだろ?」

「ミス・アンナの証言に嘘がないなら、その可能性が最も高かった。部屋に事前に魔法を仕込んでおけるというのなら、実際、誰にでも犯行は可能だろうから、ね」

「なるほど、つまりわたしの部屋に罠を……って、違うぞー! わたしではないからな!」

「確かに、わざわざ自分の部屋に罠を仕掛ける間抜けな犯人がいるとも思えんが」


 だからといって可能性を排除しないと言外にアピールしつつ紫煙を吐き出す英国ダンディ。


「とはいえ、ミスター・ルアフォイスを殺害するためにトラップへ誘い込むとしたなら、方法は限られる」

「そういうこった。まあ、答えはもう言ってるんだけどな」

「あっ、わかりました。案内状ですね!」


 アンナちゃんが目を輝かせると、ロリババアが唸った。


「ならば、案内状が犯人によってすり替えられていたとでもいうのか? いや、待て。まさか……」

「そうさ。そもそも本物の案内状がトラップに誘い込むための手段に過ぎないなら、何一つ矛盾はない。そうだろ」


 全員が俺に釣られて、そちらを振り返った。


「なぁ? ティーネさんよ」

「わたくしには、お答えする権限がありません」


 無表情、無感情な音声による回答。

 一定のプログラムに沿った、行動。


「犯人は、このメイドだというのか? しかし、魔術師でもないホムンクルスに魔術トラップを仕掛けることなどできるはずが!」

「そうさ、できるわけない。だから犯人は魔術師のはずだと全員が思い込んだ。けど、まあ、そのとおり。真犯人は魔術師でいいんだけどな」

「まさか、本当に? そういうことなのか?」

「ああ、そういうことさ」


 一呼吸置いてから、全員が至ったであろう結論を口にする。




「真犯人は……賢者本人。凶器はこの屋敷……つまり『賢者の遺産』そのものだ」




 おそらくここにいる全員が、なんとなくそう感じていたはずだ。

 ロリババアですら。ただ単に、信じたくなかっただけで。


「この屋敷は訪問者を歓待するための施設なんかじゃない。賢者の遺産を狙ってやってくる者を罠に嵌めるために用意されたトラップハウスなのさ。だからそこかしこに遺産の捜索を発動キーにした魔術トラップが仕掛けてあるんじゃないか?」

「えっと、じゃああのとき鍵が開いたのは」

「覚えてるか? 鍵のかかっていない部屋なら調べていいって言われたのを。見つけてもらうために遠隔操作で開けたんだろうよ。たぶん、ティーネがな」


 アンナちゃんに恐怖の視線を向けられたホムンクルスは、肯定も否定もしない。


「そもそも魔術師が赤の他人に自分の遺産を譲るなんて話自体がおかしいよな。とはいえ、遺産を狙う者からすれば渡りに船。例えそれが罠だとしても、それすらも踏み越えて遺産を手に入れようとする連中が群がってくる」


 ロリババアが歯噛みし、ゴスロリ幼女が愉しそうに嗤う。


「つまり、事件の捜査をしている間、わたしたちが殺されなかったのは、『遺産の捜索』っていうトラップの発動キーを踏んでなかったってだけで……」


 そう呟き、身を震わせるアンナちゃん。

 案内状の内容がどうあれ、賢者の力をあてにしていた王国の事情を考えれば、どっちみちアンナちゃんも遺産の捜索にシフトすることになっていたはず。

 そういう意味では、賢者が生きているとずっと信じて、自分の無実を証明するために頑張っていたのは運が良かったと言えるかもしれない。


「彼女の案内状だけ賢者が生きていることになっていたのは、何故なのだ?」


 ロリババアが至極もっともな疑問を口にする。


「そこまではわからんけど。ひょっとすると、この森の時間が外とはズレるのかもな。時間指定もないのに同じタイミングで候補者がゾロゾロと現れるっていうのは不自然だし」

「真犯人が賢者ならば、動機は何なのだね?」


 英国ダンディも、既にわかっているだろうに、敢えて俺に聞いてくる。


「さあな。だけど、これだけは言える。賢者は遺産を狙う魔術師を相当憎んでる。森から候補者を生かして返すつもりはない。特に遺産がただの釣り餌だと気付いた者を、決して」


 イケメン魔術師も、魔女も、そしておそらくはここにいない巨漢も森から脱出しようと試みて、死んだ。森に入った時点で候補者たちの運命は決まっている。どのように死んでいくのかが違うだけ。

 この屋敷からは猛烈な悪意を感じる。

 最初から殺しにかかったりはせず、まずは遺産の実在を信じ込ませてぬか喜びをさせた後に所詮お前たちは薄汚い賊だと思い知らせた上で殺してやるという、ドス黒い殺意をだ。

 可能であれば候補者同士で殺し合いをしてもらいたい。殺害方法を魔術に限定しているところから、そんな想いも汲み取れる。


「皆様」


 メイドが。

 ホムンクルスが。

 ティーネが、口を開く。

 いつもどおりの顔で。


「どうか遺産を見つけるまで、どうかゆるりとご滞在ください」


 いつもなら抑揚のない、その声は。

 心なしか、弾んではいなかっただろうか。

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