第109話 英国紳士の異世界推理

 俺たちが最初に取り組んだのは、殺害現場の捜査だった。

 捜査権も何もないが、ティーネの許可は取れたので問題ないだろう。


「やっぱりアンタ達も残るんだな」

「まあ、ね」

「あ、あたしも自分が犯人じゃないって証明したいので!」


 英国ダンディとアンナちゃんも捜査に加わるらしい。

 このあたりは意外でもなんでもなかったのだが。


「でも、なんでキミも?」

「えへへ。あたしはただの興味本位かな!」


 そんな不謹慎なセリフを笑顔でのたまうのはゴスロリ幼女である。こんな姿でも賢者の屋敷に来るぐらいなのだから候補者、つまりは魔術師なのだろう。

 関係者の中で唯一、この現場に目を輝かせているので……ある意味一番ヤバイ子かもしれない。


「しかし、こう血だらけでは足の踏み場もないな」

「そういうことであれば、任せよ!」


 英国ダンディの発言を受けてロリババアが何やら詠唱すると……全員に浮揚の魔法がかかり、体が宙に浮き上がった。

 チート能力も魔法も使えなくなってるので、ありがたくいただくことにする。

 こうして捜査が始まったわけだが……。


「うっ。改めて見ると、本当にグロいですね」

「あはは、すごーい」

「ううむ、魔術的な痕跡はあるが……部屋の外には続いていない。犯人に直接つながるようなモノはなさそうだな」


 ロリババア含め、女性陣はあんまり頼りにならなそう。

 となると、やはり本命は……。


「ふぅむ。これは面白い」


 英国ダンディが頷いている。こりゃ旦那もアレに気づいたかな。

 一通り部屋を見回り、死体……というより実際には肉片の集まりといった感じではあるが、調べ終えた後……俺たちは部屋を出た。


「さて。いくつか明確な疑問点がある、な」


 若干ワクワクしつつ、英国ダンディのセリフに耳をそばだてる。


「部屋が密室だったことですか?」


 アンナちゃんが小首を傾げた。


「それもなくはない、が。ひとまず置いておいてくれたまえ」


 英国ダンディがパイプを取り出し、マッチで火を付ける。

 一息吸ってから、ゆっくり紫煙を吐き出した。


「まずは、犯行時に犯人がどこにいたのか、だ」

「そんなもの、部屋の中にいたに決まっているではないか!」


 何を当たり前のことをとばかりにロリババアが叫ぶが、英国ダンディは首を横に振る。


「ミズ・ディエド。犯人が人間だった場合にはそれは当たり前のこととして。私が言いたいのは犯人が部屋のどの位置に立っていたのか、だよ。現に我々は血のせいで足の踏み場にも困るほどだった。あれほど部屋中に血液が飛び散っていたのなら犯人が返り血を浴びないはずはないのだが」

「ああ、そのことですね。それはきっと力場壁の魔術を使ったんじゃないでしょうか? 壁を張れば、降りかかる血液を防ぐことはできるはずです!」


 アンナちゃんがドヤ顔で解説を始めた。

 確かに力場魔法を使えば、俺にも同じことができるだろう。だけど……。


「ミス・アンナ。この問題において犯人が返り血を浴びたか、それを実際に防いだか否かは関係ないのだよ」

「えっ、それはどういうことですか?」

「このようなオカルトの蔓延る世界なのだ。返り血を防いだり、浴びたとしても元通りにしてしまう魔術があったとしても私は疑問に思わない。だが……犯人が部屋の中にいたと考えたとき、あきらかに不自然な点がある」


 俺が英国ダンディの推理を胸を踊らせながら聞いていると、あろうことか旦那はこちらに視線を向けてきた。


「トーリス君。先程から黙って聞いているが、それが何なのかわかるかね」

「えっ? 俺が言っちゃっていいの?」

「ああ、構わないとも。その様子だと気づいているようだから、ね」


 ロリババアとアンナちゃん、そしてゴスロリ幼女も俺に注目している。

 よし、そういうことなら披露しようじゃないの。


「簡単なことさ。犯人が物理的に部屋の中に存在したのなら……なくちゃいけないものが、あの部屋にはないんだ」

「それは一体、何かね?」


 生徒の答えを求める教師のように英国ダンディが俺を促す。

 優等生として、その期待に応えた。


「『血がついてない壁と床』だよ」


 英国ダンディの口端がわずかに吊り上がる。正解を引き当てたようだ。


「血がついてる……じゃなくて。ついてない方、ですか?」


 アンナちゃんが再びちょこんと小首を傾げる。

 よくわかっていないようだ。なんか仕草がイツナに似てる。


「ああ、そうさ。血液は部屋中に、ほとんど隙間なく飛散してる。風の魔法だから肉体を切り裂くのと同時に風で血液が吹き付けられて壁とかに付着する。あのイケメン魔術師も言ってたことだな。だけど、犯人が部屋にいたなら返り血を浴びることになる。それを防ぐ手段があったのだとしても、犯人の背後の壁と、立っていた床には血がかからないはずなんだ」

「あっ!」

「確かにそのとおりだ!」


 アンナちゃんとロリババアが天啓を得たとばかりに反応する。

 そう、こればかりは例えオカルトありの異世界であっても不自然な痕跡。痕跡がないことが痕跡なのである。 

 天狗になった俺は胸を張って推理を締めくくる。


「だから犯人はルアフォイスを殺すときには部屋にいなかった。こう考えるのが自然だな」

「まあ、粗はあるが及第点といったところか、ね」


 少しばかり含みのある言い方だが、英国紳士は頷いた。


「幽霊になれる魔術でもあって血がかからなかったというなら可能性のひとつに数えなくてはならないが、ね。それとこれは魔術師の皆に対し私からの質問ともなるのだが……何故、部屋には傷ひとつなかったのだね? 床、壁はもちろんのことだが、調度品の類にも傷はなかった。真空の刃を飛ばす魔術とやらは、人間だけをああも切り裂くことができるのかね?」


 ん、俺は逆にその点は気になってなかったな。てっきり、そういう仕様だと。

 この異世界ではどうなんだろ?


「あくまで魔術の常識的な観点からの回答にはなるが……もし犯人がルアフォイスに真空刃の魔術を用いたのであれば……周囲の物品にも傷がつくのが自然だ。もちろん、対象除外で部屋を傷つけることなく魔術を行使することもできなくはないが……」

「非効率的、ですよね。術者は自動的に対象から外れるんですし、わざわざそんなことに魔力リソースを割く理由が思いつきません!」


 ロリババアとアンナちゃんが否定したってことは、これもあるべき痕跡がないってことになるのか。

 こればっかりは現地人にしか判断できない情報だよな。


「キミ、何か意見はあるかね?」


 ここで英国ダンディが先程から無言でなりゆきをニコニコと見守っていたゴスロリ幼女に声をかけた。


「んーん。あたしからは何も。あ、でもそうだねー。ヒントをあげようかなー」


 ヒント?

 どういう意味だ、そりゃ。

 あきらかに何か知ってるってことじゃないか。


 そんな俺の疑問は、ゴスロリ幼女の次のセリフでさらに膨らんだ。


「あの人はね、賢者の遺産を探したから死んじゃったんだよー」


 ヒントなんて思わせぶりな前置きをしておきながら、そんな、当たり前のことを口にしたからだ。


「それはまあ、そうだろう。賢者の遺産を求める他の候補者が邪魔に思って殺害した……と考えるのが当然であろうからな!」


 俺もロリババアと同意見である。賢者の遺産を探したから他に候補者に殺された。何の含みも言葉遊びもない。

 でも、なんとなくだけど……このゴスロリ幼女の言葉は心に深く刻み込んでおいたほうが良さそうな気がする。

 英国ダンディもニコニコ笑うゴスロリ幼女に何か聞きたそうだったが、これ以上口を開くつもりがなさそうだ。


「え、えっと。あの、ずっと気になってたんですが……賢者の遺産ってなんなんですか?」


 挙手をしながら困惑した様子を隠そうともしないアンナちゃんが面白いことを言い出した。


「何を言うんだ。キミも賢者亡き後の称号と遺産を目当て来たんじゃないのか?」


 ロリババアが呆れたように言うが、アンナちゃんはぶんぶんと首を横に振った。


「いいえ! 賢者様はご健在のはずです! あたしは、その……とある王国の遣いでして。賢者様にお知恵をお借りするためにここに来たんですから!」

「なっ!?」


 ロリババアの双眸が驚愕に見開く。


「馬鹿な、賢者は死んだのだ! だからこうして我々を呼び集めたのではないか!」

「そのようなことはありません! 王様が助けを求めるために賢者様に便りを送って返事が来て……ほら、これが証拠です!」


 ロリババアに否定されてムキになったのか、アンナちゃんが開封済みの封書を勢いよく差し出す。

 その中に入っている手紙には、こう書いてあった。 


『知恵を求めるのであれば、我が森にこられたし。汝らに資格があらば授けよう』


 ああ、やっぱり。

 各人に文面が違う案内状が届いているっていう俺の見立ては正しかったんだな。


「わたしがあの死体を発見したのも、賢者様のお部屋を探していた途中だったんです!」


 どうやらアンナちゃんは到着と同時に賢者に会えると思っていたらしく、ティーネの許可が取れた後すぐに行動を開始していたらしい。

 部屋を順番に回ってノックして返事がなければ次へ、返事がなければ次へを繰り返していたという。

 ティーネに賢者の部屋を聞かなかったのは何故かと聞いたところ「あっ」と声をあげていた。思いつかなかったらしい。まあ、せっかちな性格なのは話しててもわかったけど。


「むぅ、賢者が生きている、だと。では、私の元に届いた案内状はなんだったというのだ……」

「ちなみに、これね」


 ほうけてるロリババアの代わりに案内状をアンナちゃんに見せると、その表情がみるみるうちに青くなった。


「これは……何かのいたずら、なわけないですよね。護符があるから、この森に入れたんですし……」

「キミにもうひとつだけ聞きたいことできたのだが、いいかね?」


 話を聞き終えた英国ダンディがアンナちゃんに詰問する。


「え、あ、はい。なんでしょうか?」

「行動の順番についてだ。キミは真っ先に扉を開けようとして、鍵がかかっていたからノックした。そう言っていたね?」


 ん、なんかそれ……さっきの話からすると変だな。


「何故、先にノックをしなかったのだね?」


 英国ダンディが俺のしたい質問をそのまましてくれたので、動向を見守る。


「え、だって……鍵がかかってる部屋は入るなって言われてましたし。先に確認しませんか?」

「先程まではそれで問題はなかったのだが、キミは存命であった賢者に用があったという。で、あれば……先にノックをするのが普通ではないかね? 鍵がかかっているか、かかっていないかに関わらず。後ろ暗いところがないのであれば」

「う、それは……すいません、嘘吐きました! 実を言うと、先にノックをして、その後に鍵がかかっているのを確認したんです。他の部屋もそうしました! だから部屋からの反応もなかったですし、鍵もかかってたから他の部屋に行こうとしたら……扉からカチャリって音がして。部屋の中にいる賢者様が部屋の鍵が開けてくれたんだと思って、わたし何も考えずに扉を……そしたら……」


 アンナちゃんが瞳に涙をたたえて、頭を抱えたまま首をぶんぶんと振った。


「すいませんすいませんすいません! こんな変な証言したら犯人扱いされると思って、あたし咄嗟に……!」


 まあ、前の証言と今の証言も犯人扱いされることには大して変わりはないとは思うが……。

 相当テンパってる様子だし、意味のない嘘を吐いてしまったということか。


「今度こそ……証言に間違いはないのだね?」


 しかし、この証言の変化は英国ダンディにとっては看過できないものだったらしい。

 コクコクと頷くアンナちゃんから表情を厳しくして視線を外し、あらぬ方向を向きながら独り言のように語り始めた。


「トーリス君。鍵を開けたのは誰だと思う?」

「そりゃまあ、犯人だろうな」

「そのとおり。仮にノックに反応してロックを解除する魔術があるとしても、そんな仕掛けをするのは犯人以外にあり得ない。だが、仮に犯人が開けたのだとすると新たな疑問が浮かぶ。わかるかね?」

「あー、まあ普通に考えたら、なんでそんなことをしたのかってことだけど。まあ、まだどの可能性も決めつけるには早いんじゃないかな」

「もちろん。そのとおりだが、ね」


 英国ダンディが自嘲気味に頷く。


 簡単に結論は出さないでもらいたい。

 ロリババアやアンナちゃんには悪いけど……俺としちゃ、今回のイベントは割と楽しめているんだ。


「きっと驚くような真相が待ってるさ」


 だから俺は、極めて無責任にそう言い放つのだった。

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