第98話 最高神の正体

「至高神、だと?」


 俺が突きつけた要求にぽつりと漏らしたのは最高神ではなく、腹の出っ張ったオッサン。

 よく視てないけど、たぶん豊穣神。


「何を言い出すかと思えば。この世界……否、宇宙における最高神はリ・アーズを置いて他には有り得ぬ!」


 豊穣神が気分を高揚させながら、俺の対面の爺さんを持ち上げるように紹介する。


「おいおい、そこからかよ」


 まあ、そういうことにしておいた方がいろいろ好都合だったっていうのはわかるけど。


「なあ、爺さん。アンタの部下に懇切丁寧に基礎から教えてやらなきゃ駄目なのか? 俺からしてみりゃアンタ以外は用無しどころか、百害あって一利無しなんだが」

「なっ……貴様、言わせておけば!」


 豊穣神のオッサンがいきり立って俺に向かって何らかの権能を発動しようとし、


「ぐぬおっ」


 俺がカウンターで滅びを与える寸前。

 豊穣神のオッサンが成り行きを観察していた若者によって地面に組み伏せられた。


「……連れてきたのは、ここでこうするためじゃ」


 最高神の爺さんが皺まみれの指をパチンと鳴らすと、豊穣神のオッサン、そして泣き崩れていたラーヴェと呼ばれた美女が塩となって崩れ去った。


「……なるほどね」


 もともと五大神のうち四柱はすべて最高神の爺さんが生み出したもの。生殺与奪は自在。

 代行分体ごと本体を殺して力を回収しつつ、俺の目の前で処刑することで贄としたか。この分じゃロウエスも封印珠から解放したところで本体が滅んでて即、塩だな。

 まあ、玩具のために命を捨てるほど愚かなら、創世神なんてやっちゃいないってことなんだろう。

 別に消された神々には同情しないが、やり口には吐き気がする。


「で、そいつは?」

「戦神ザイオード。まあ、護衛のようなものだ。安心せよ、他の連中と違って頭は柔軟じゃぞ」


 仲間だった神々の滅びにも眉一つ動かさずに起き上がった若者が、こちらに会釈した。

 なるほど、こいつだけは粛清の対象外というわけか。

 戦神……ともなればボディーガードとしちゃ最低限の力は持ってるってことなんだろう。


「さて、と」


 こっちの思惑を知ってか知らずか、爺さんが片眉を跳ね上げる。


「至高神ナロンと手を切れ、とのことじゃが。断った場合はどうなるのかの?」

「アンタを素体とした別の神を生み出し、そいつにやらせる。そのためにアンタには滅びてもらうことになるが」

「で、あろうな」


 最高神の爺さんが遠い目をして、うんうんと頷く。


「そうじゃろうとも。儂の知っとる逆萩亮二ならば、間違いなくそうする」


 そこで俺は初めて違和感を覚えた。

 俺のこと知っているにしても……。


「アンタ、やけに嬉しそうだな?」


 俺がやってるのは、れっきとした脅迫だ。

 反対派の部下を見せしめに殺してみせるっていうのも、神という存在をある程度知悉している身としちゃ理解の範疇だが……とにかくプライドの高い――というよりプライドを傷つけられると存在として死にかねない――神にしては物分りが良すぎる。


「ほ! そう見えるかのう?」


 俺の直感によると罠ではない。

 しかし、不気味だ。俺には数多の異世界をくぐり抜けた経験値がある。だからこそ得体の知れない気配を漂わせている相手というのはそれだけで警戒に値する。

 たとえそれが、捻り潰すのに大した手間がかからない相手であっても決して油断してはならない。

 

「まあ、良いではないか。見ての通り、儂は汝との“商談”には割と乗り気じゃ。そちらには何の損もあるまいて?」

「……そうだけどな」


 なんだか主導権を取られた気がして、胸のすわりが悪い。

 これが先方の狙いってんなら大成功してるな。


「よろしいでしょうか?」


 それまで表情ひとつ変えずに成り行きを見守っていた戦神が挙手した。


「おう、ザイオード。なんじゃな」

「結局。至高神ナロンとは、何者なのでしょうか」


 爺さんがちらりとこちらの顔色を伺ってくる。

 説明の時間をくれということだろう。

 嘆息して頷き返した。


「うむ、実はな。儂はこの世界の最高神ではあっても、全宇宙の最高神ではないということじゃよ。つまるところ、至高神ナロンというのは儂の上位にある神じゃな」

「なんと。そのような存在がいたのですね」

「うむ。儂らの個々の『事業』に口出しをしてくることはないが、違反には何かと厳しい神でな。各々の万神殿パンテオンでは目の上のたんこぶのように思われておる。何よりナロンは元が道化の神だったもんじゃから、何かと悪戯を仕掛けてくるのが好きでのう。ついた仇名が――」

「クソ神だ」


 俺が口を挟むことを予期していたかのように、最高神はニヤリと笑った。


「うむうむ。肥溜めのような精神を持つとして、木っ端の創世神でも聞いたことぐらいはある神じゃな」

「そのクソ神……というのと、リ・アーズ様は手を組んでらっしゃったということでしょうか?」

「まさか。かの至高神の位は儂よりもずっとずっと上じゃよ。といっても上司と部下とかそういうのではなく、そうじゃな……賃貸主と賃借人といったほうが正確かのう。ナロンの管理する宇宙ではな、信仰を集めて成果を上げることによって神性を高められるエネルギーを割り振ってもらうことができるのじゃよ。儂ら創世神はナロンの管理する宇宙で世界を創世し、そこで信仰を競い合っているというわけじゃ……さて、逆萩亮二どの。そちらの話に乗った場合、当然そういった恩恵は受けられなくなるわけじゃが。儂には一体、どのようなメリットがあるのかのう?」

「簡単だ。クソ神の宇宙を抜けて俺の宇宙に来れば、代わりに俺のエネルギーを提供してやる。差し当たっては、そちらが一年で獲得する手取りの平均値の倍のエネルギーをな」


 クソ神の管理する宇宙には死者の魂を自動回収してエネルギーに変換し、神々に再分配するシステムがある。そのエネルギーを使って創世神は世界を創るのだ。

 だが、それでもエネルギーは無限ではない。だからより多くのエネルギーを得るために、神々はさまざまな工夫を凝らす。独自の魔法システムや世界観の構築、加護を与えることによる支援。そんな中でも信仰心ポイント集めに有効なのが……。


「ふむ。となると、他の世界との関わり自体を完全に絶たれるわけじゃな。つまり……地球から何かを召喚したり、転生させたりすることは不可能になると?」

「ああ、そうだ。仮にできたとしても、俺は認めないけどな」


 異世界召喚。異世界転生。

 クソ神の管理する宇宙においてそういった現象が多く見られるのは、決して偶然ではない。信仰心は何も管理世界の中だけで稼ぐものではないからだ。

 宇宙の外。ことわりの枠から外れし者ども。クソ神が観客と呼び、エヴァが『観測者』と呼称する究極の第三者。そいつらが好む物語を管理世界で紡げば紡ぐほど、ガフからのエネルギー供給量は跳ね上がる。

 そしてどういうワケか知らないが異世界召喚と異世界転生は『観測者』に人気らしいのだ。

 だから神々はこぞって地球人を自分の世界へと誘致する。そんなことをすれば地球から人間がいなくなりそうに思えるが、実を言うとまったく問題ない。数多の並行世界が織りなすクソ神の宇宙では地球だって無数に存在するからだ。


「で、どうする? 俺はどっちでもいいんだぜ」


 嫌なことを思い出しかけて憂鬱になりそうな気分を切り替え、傲岸不遜に胸を張ってみせる。


「では、ひとつだけ聞かせてもらいたいのじゃが」


 枯れ枝のような指をピンと立て、最高神が目を細めた。


「汝には儂を殺して替え玉を立てられるのじゃろう。そうせんのは何故じゃ? こんな回りくどい方法で儂らに接触し、わざわざこちらに選択の余地を残しておく理由がわからん。ましてや汝は神が嫌いなはずじゃろう?」

「なんか誤解があるみたいだな。別に俺は嫌いな相手がみんな死ねばいいとは思ってねえよ。気に食わないヤツが神なことは多いし、殺すことが多いのも事実だけどな。少なくともアンタには今の所、落ち度がない。少なくとも俺や俺の大切なものを踏みにじったってわけじゃない」


 最高神が俺の目をジッと見る。たとえ上位の神眼でも見通せるものなど何もないはずだが。


「……ザイオード。ここは外せ」

「はっ」


 しばしの間を置いてから発された命令に、戦神は疑義を挟まず従った。

 腹心の神が次元転移で姿を消すと、爺さんがそれまでの上位神然とした雰囲気を霧散させて朗らかに笑う。


「実を言うとの。汝も少々、誤解しておることがあるようなのでな。訂正しておきたいことがある」

「……何?」

「儂はの。汝の供え物の手紙を読んで、ここに来たわけではないのじゃよ。ずっと前から観ておったのだ」


 ずっと、観ていただと?


「この世界に召喚されたタイミングから、俺のことをずっと見張ってたってわけか?」

「いやいやいや。そうではない。もっともっと、ずっと前からじゃ」


 ああ、そうか。

 とどのつまり今回じゃなくて、俺がティナに召喚されたときから監視されてきたというわけか。

 ……ん?


「待て。それはおかしいだろ。俺はここじゃない別の異世界を旅し続けてきたんだぞ?」

「うむ。だから言っておろう。儂の本体は『それを観てきた』のじゃ。まあ、汝の自己領域結界を展開されたときはさすがに無理なんじゃがのう」


 創世神が世界を見通す類の能力を持っていることは、別段不思議じゃない。

 自分の管理世界の過去、現在、未来を見通すのは上位神の仕事のようなものだ。

 でも、いわゆる『全能』の権能でマルチタスク管理ができるのは、自分が管理する宇宙の中だけ。

 その外側、別の神が管理する宇宙の俺を観ようとするなら、一度も目を離さずにいるしかない。それはつまり、自分の仕事の放棄に等しいわけで。


「アンタ……本当にこの世界の神なのか?」

「そうじゃよ? 紛れもなくこの世界は儂が創った。じゃが、実際の仕事のほとんどは他の神々に代行させておったがの」

「どうしてそこまでして……俺を?」


 理解できない。

 目の前の神は俺が今まで見てきたどの神とも違う。

 かつてない未知の事態に、今や俺の直感が全力で警戒のベルを鳴らしていた。

 それと同時に、過去の経験が「けんに回れ」とも告げてくる。

 ティナやイツナの安全は完璧に確保してある……大丈夫のはずだ。


 ……いや、待て。

 シアンヌはどうだ?

 あいつは今、この王都のどこかにいる。

 俺を見てきたというなら、俺達の動向も御遣いに掴ませているはず。

 戦神はフリーだ。さっき、そうなった。


「てめぇ……っ!!」


 俺が仕掛けようと立ち上がりかけたところに、突然。

 四角く平べったい板のようなものが目の前に突き出された。

 色は白。枠は金。添えられた真っ黒な棒のようなものとのコントラストがいやに映える。


 そいつを差し出してきた最高神はきっと、これまで部下の手前、相当な辛抱を強いられていたのだろう。

 そうとひと目でわかるほど、異様な情熱に瞳をギラギラと輝かせていた。

 もはや我慢する理由はない。自分の目の前に焦がれ続けた目的がある。

 この俺をして気圧されるほどのオーラを纏った最高神が、唾を飛ばすほどの勢いで口を開いた。






「汝……いや! 通りすがりの異世界トリッパー、逆萩亮二さん! ずっとずっとファンでした! サインください!!」






「あ、サカハギさんおかえり! どうだった?」

「あ、うん。なんかたぶん大丈夫になったけどすごく不安になった」

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