第83話 終わらない幼年期、そしてメイド喫茶へ……
俺が言い終わるのと同時ぐらいにプリンシパリティ級の楽器が一斉に演奏を始めた。
「う、なにこれ。変な感じ」
「耳障りな……!」
イツナとシアンヌが身を竦める。
プリンシパリティ級の
ハーレムルールのおかげでイツナたちが効果を受けることこそないものの、本能的に抱く嫌悪感は止められない。
「まったく、いつ聴いても頭痛がしやがる」
毒づいている間にも周囲の森に異変が起き始めていた。
「え、なにあれ! 木がヘンになってるよ!?」
イツナの指差す方の木々が、鉄のような色合いに変化していく。
否、実際に鉄になっているのだ。
「ヤツの仕業か!」
シアンヌがプリンシパリティ級を敵と見なし、攻撃態勢に入ろうとした。
「やめろ!」
「何ッ!?」
魔力を込めた強制力のある叫びでシアンヌを静止する。
図らずも先ほどのオーク戦での失敗が早速生きる形となった。
「いいか、ふたりとも。あのデカブツを下手に刺激するなよ。あいつはまともにやり合っていい相手じゃない」
「え、サカハギさん?」
「どういうことだ!?」
俺に言われるまでもなく、イツナもシアンヌも完全に固まっている。
ふたりとも俺が戦いを避けようとしていることに相当驚いている様子だった。
「戦って勝つとか、そういうタイプの相手じゃないんだよ」
「じゃあどうするの!?」
「もちろん、丁重にお帰り頂く!」
イツナに応えつつ、停止していたオークの頭を乱暴に掴んだ。
同時に、その目が再び光を取り戻す。
「む、コイツ!」
「シアンヌ、いいんだ!」
爪を振るおうとするシアンヌを制し、オークに向けてチート能力を発動。
同時にプリンシパリティ級の賛美歌が止まった。
「あ、あれ?」
激しく反応していたイツナの三つ編みアンテナがペタンと元の位置に戻る。
一方俺は用済みとなったオークを打ち捨てて、プリンシパリティ級の艦首の前に次元転移した。
「在るべき場所へ還れ、第七位階の天使よ! ここはお前の来ていい世界じゃない!!」
俺の苛立ち混じりの叫びに、プリンシパリティ級の艦首が何の感情もない瞳で見つめ返してくる。
「嗚呼、使徒よ。新たなる使命に感謝を捧げます。どうかこの世に喜びと平穏のあらんことを」
そして、まるで噛み合ってないセリフを返してきたかと思うと、出てきたときと同じようにポリゴン状になりながら次元の彼方へと消え去っていった。
大きな日陰を落としていた影が跡形もなく消え、太陽の光が再び森に降り注いだ。
完全な退去を見届けた後、イツナたちの下に戻ると早速シアンヌが食ってかかってきた。
「おい、なんだったんだ、いったいアレは!」
「よく見てみろ」
転がっていたオークの頭を思いっきり引っこ抜いて見せる。
血は出ない。それどころかバチッと火花を散らして、血管の代わりにチューブ状の金属部品が露出した。
「え、これって……機械なの、サカハギさん?」
「ああ。こいつらはエンジェルフリートに
機械生命のエンジェルフリートが侵略するのは世界そのものではなく、世界が保有する個性。すなわち世界観である。
アンス=バアル軍情報部のフィールドレポートによると、エンジェルフリートは天使を模した宇宙艦隊であり、全有機生命体の機械教化を目指していると目されている。
最も脅威とされているのが等級の上では最下位であるはずのエンジェル級だ。こいつはエンジェルフリート本星メタトロンから全宇宙に放射されている目に見えない
「いやー、さっきは危なかったぜ。俺が誤魔化したからなんとか帰ったけど。対処法を間違えてたら、この世界は間違いなく破滅してた」
俺の大真面目な発言に、シアンヌが愉快そうに笑った。
「そういえばずいぶんと弱気だったな、サカハギ。お前らしくもない」
「冗談言うな。実に俺らしい適切な対処法だ」
俺がいつも暴力というストレートな手段に打って出るのは、相手に有無を言わせず選択の余地を与えないで済むからだ。
誓約達成は絶対。妥協の文字はない。
だから暴力が効率を下げてしまう場合、俺は迷わず封印する。
「いくら倒してもその倍の数が送り込まれてきて天変地異が巻き起こり賛美歌の輪唱が延々と流れる中でも正気を保って戦い続ける地獄を所望するって言うなら……殴らせてやっても良かったけど?」
「そ、それは……」
さすがのシアンヌも閉口した。
そうだろうとも。あの拷問誰得ループが心から楽しいなんて言えるのはメガミクランに行ってしまった戦闘狂のサリファぐらいだ。
あ、いや……他にも何人か心当たりが浮かんだけど考えないでおこう。
ともあれ
抵抗する無意味さを知らしめるために天候操作兵器で雷や雹を降らせたり津波を起こして大陸を沈めることはあるが、あくまで示威行為であり破壊による淘汰をプログラムされているわけではない。
特にプリンシパリティ級は
賛美歌の効果は人間やモンスターだけではなく動物や植物にまで及び、魂を調律された生命もエンジェルフリートに同期された
多くの世界がエンジェル級によって生まれた
そうなればファンタジー風だった異世界は消えて、天使をたたえる
そして
完璧な音程で、狂いなく調律されたラッパの伴奏に合わせながら……。
死も、病気も、種族による差別も、貧富の差もなく、皆が皆同じ価値観を抱き、同じ教えを守り、それを最善と規定する世界。
この話を聞いて吐き気がするなら、それが正常だ。多様性をよしとする有機生命と、画一性を押し付けるエンジェルフリートとでは基本的に相容れない。
そんな命のない天使どもと無限に戦い続けることほど非生産的な活動はない。とにかく虚しいのだ、やってみた俺が保障する。
さて、一見無敵であるエンジェルフリートだが、機械であるがゆえに無機物を操作するチート能力に非常に弱い。
俺がプリンシパティ級に使ったのはハック&クラックチートである。先ほどオーク達を停止させるときにも使ったチート能力だ。
このチート能力でアクセスした電子的な仕組みで動いている機械を自在に操ることができる。停止、破壊、操作。なんでもござれだ。
今回の場合、機械化していたオークの電脳を踏み台にしてプリンシパリティ級をハッキングし、俺の撤退命令を上位端末からの指令だと誤認させたのである。
その気になればハック&クラックチートでプリンシパリティ級に演歌を歌わせたり、連中の部品から自作の決戦兵器をクラフトしたりといくらでも遊びようはあるが、特に用事がないなら平和的に帰ってもらうに限る相手だ。
そんなような話を簡単にまとめて、イツナ達に言い聞かせた。
「とにかく、エンジェルフリートと正面から戦うのは馬鹿のやることだ。もし今後見かけても迂闊に攻撃を仕掛けないように」
「はーい!」
「ああ、わかった……」
ふたりの返事に頷くと、オークどもをアイテムボックスに回収。
ハック&クラックチートで大気中に漂うエンジェル級端末を一つ残らず停止させた後、森を出ることにした。
こうして俺たちは図らずも破滅の危機に遭った世界を救った。
どこか別の場所に
「おかえりなさいませ、ご主人様☆」
日本人トリッパーの経営するメイド喫茶のあるファンタジー世界。その独自性を守ったささやかな報酬を受け取るべく、俺たちは件のメイド喫茶にてサービスを享受している。
この世界でせっかく現金化した通貨を使い切ろうとしただけで、別に店を気に入ったわけではない。別にスタンプカードを集めてメイドさんとお話ししたかったわけでもない。ないったらない。
イツナとシアンヌはメイドを見慣れ過ぎたのか、店に対してまったくの無反応だったのが印象的だった。
「エンジェルフリートって確かやられたら倍の数が来るんだよね? なんか意味とかあるのかな?」
イツナがミルフィーユと思しきお菓子と格闘しながら気軽に言う。
「どうかな」
端末はプログラム通りに動くだけだから、どうしてそうなのかはハック&クラックチートでもわからないし、考えてもしょうがない。
俺のチート能力はどうしたって世界の枠を超えることができないのだし。
「自分たちの信者が傷つけられたらすかさずやってくる……か。まるで神を気取っているかのようだな」
シアンヌが他人事のように呟きながら、イチゴパフェをほうばってご満悦な笑みを浮かべた。
「神ねぇ……」
確かに信者がやられたら許さないというマフィアのような神はいる。
でも、ほとんどの神にとって信者は駒、あるいは資源だ。
少なくともガフの部屋の魂エネルギー循環システムにより宇宙の
もちろん善神もいるにはいるが、信者が殺されるぐらい何とも思わない傲慢な神々の方が圧倒的に多い。
だから大義名分を得るにしても信者がやられるのを待つなんてやり方は、神にしては迂遠に思える。
それに理解の及ばぬ神秘や超常の力を拠り所とする神々と、あらゆる事象の解明を目指す科学とではそもそもの相性が悪い。
現代科学世界ではなく、魔法のあるファンタジー世界が神々に好まれたのも信仰が集めやすいからだし。
むしろ、俺は向かいのテーブルでオーダーを元気よく受けているエルフメイドさんのお尻の形の方がよっぽど科学したい。
無論、視覚転移チートで視点を別の角度に置いているので露見のリスクはない。その気になればスカートの中も覗けるチートなので、マナーに則った紳士的な行為だと断言できる。
「どうしたのサカハギさん、ボーッとしちゃって」
「ん、ああ」
イツナの指摘で尻の造形科学の世界から引き戻された。
視覚転移チートも傍目からは考え事をしてるように見えてしまうのだ。
そういえばエンジェルフリートの事を考えてた気がするけど、まあいいか。
どうせ考えても答えが出ないことはわかってる。何より調律された魂が俺を召喚する願いを抱くことは有り得ないので、エンジェルフリート本星に乗り込むなんて真似も俺にはできないのだし。
それに、あいつらのことを考えると何故かいつも頭に霞がかかるみたいになって、思考が余所に逸れるのだ。一応、誰かの顔が思い浮かぶような気はするのだが……。
「んー? なぁに?」
イツナが顔をのぞき込んでくる。
何の気なしの無邪気な行動になんとなく優しい気持ちになった。
気疲れしていた心が癒えていくの感じながら、ふっと笑う。
「案外、エンジェルフリートを作ったのは人間なのかもって。そう思っただけさ」
アイテムボックスから取り出したフェアチキをかじりながら特に深い意味もなく、俺はそう答えて。
次の瞬間には忘れていた。
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