第66話 レフトーバー襲来! ミドガルダ最後の日

「気にすることはないでしょう」


 夢から醒めた俺を出迎えたのは気遣いに満ちたエヴァの微笑みだった。

 どうやら膝枕されていたらしい。


「この世界の人類は恵まれていますね。心優しい人間の子供が星の意思に転生していたおかげで、様々な恩恵を受けて生きてきたのでしょう。ですが、甘やかされた結果がこの有様では」


 先ほど見た夢の出来事はエヴァにも共有されている。

 紫色の瞳は俺よりもよほど客観的に今回の真相を見つめていた。


 まず、あの少女が星の意思に転生したことがすべての始まり。

 あの子はもともと人間だったので、当然のように自分に住まう人間たちを贔屓する。

 もちろん本人は無意識だっただろうし、他の動植物を排斥したわけではないだろう。


 それでも力をつけた人間たちは、どんどん増長していく。

 自分たちが『運命』に愛される存在であることを、疑わなくなる。


 彩奈ちゃんにも話した『主人公補正』の話を覚えているだろうか。

 あのチートの劣化版が『全人類』に適用されている、と考えればわかりやすいと思う。

 まさに世界の祝福だ。


 しかし運命の補正には相応のコストが必要である。

 そのコストというのがまさしく星が内包する魂のエネルギー。

 つまり、星の意思の命だ。


 それだけならまだしも、ここの異世界人どもは異世界トリッパーの力を借りて魔導炉なんてものを開発した。

 星本体から魂のエネルギーを汲み上げ始めやがったのだ。


「あの子は馬鹿だ! こんなになるまで無茶すれば、結局は人間を滅ぼすことになるんだぞ!」


 起き上がりながら想いを吐露すると、エヴァがため息をつきながら俺に同意の頷きを返した。


「本人は良かれと思ってのことでしょうが」

「畜生……全部わかった、全部わかったけど……こんな話があるかよ!」


 どう考えても星にとっての癌細胞は人類だ。切除せねば星が滅びてしまう。

 そういうときのために害悪を滅ぼして星を存続させる役目を持つ『星の使徒』という超存在がいるのだが、あの子が人類の滅亡など望むはずもない。

 だから『星の使徒』の一種……本来であれば人間がどう逆立ちしても太刀打ちできないはずの『界魚』が、あんなに弱体化していたのだ。

 本来当たり前のようにあるはずの星の意思からの『補正』を受けることなく、自分の力だけで行動しなければならなかったから。


 星の使徒の『界魚』が暴走した姿、それが残 飯レフトーバーと呼ばれる魚の骨たちの正体。

 そして星の少女には暴走し始めた『界魚』を止める力すら残っていない。


 もちろん『界魚』は『界喰み』なんかじゃない。

 それどころか、星を延命するための魂のエネルギーを回収してくる役割を担っている星の守護者なのだ。

 あんな無残な姿になってまで人間たちの文明を破壊しているのも、すべては星を守るため。

 骨の姿をしていたのも、不足したエネルギー分を少しでも節約するためだろう。本来ならここまで致命的になる前に完全な状態で人類を滅ぼすはずだからな……。


 とはいえ、もう何をしたところで無意味だ。

 何度でも言うが、この星は手遅れである。

 今更『界魚』たちが必死に魂のエネルギーをかき集めたとしても、何にもならない。

 だからこの世界で起きている戦いが俺にはどうにも茶番にしか見えないのだ。

 

「それで、どうするのですか?」

「どうする? どうするって……そんなのわかるかよ!」


 エヴァがしているのは誓約の話だろう。

 異世界の事情がどうであろうと、俺の行動原理は結局誓約に集約する。


 この世界を見捨てても、あの子の願いを叶えても次へ行ける。

 俺にとっては、どっちでもいい。

 だけど、このどっちでもいいというのが実に曲者だ。


「わたくしは、この異世界を滅ぼす一択だと思うのですが。マスターの考えは違うようですね」


 批難するでもなく、指図するでもなく。

 エヴァの声はただ、優しさに満ちていた。


「マスターの願いはなんなのですか?」


 そして、俺の瞳をじっと覗き込んでくる。


「貴方はどうしたいのです?」

「俺の、願い……か」


 この異世界を見捨てる?

 この異世界を救う?


 違う、違う。

 そのどちらだけでもない。

 俺の願いは……。


「跳ねのけようと思えば、星の意思からの強制力……貴方を迷わせていた力に抵抗することなど造作もなかったはず。ましてや星の意思は死にかけなのですからね。それでも貴方は夢見の中で心が無防備だったとはいえ、あの子の『願い』に圧倒されました」


 確かにそうだ。

 あんなにもまっすぐな願いをぶつけてくる少女に、俺は何も言い返せなかった。


「召喚を除いて何者も貴方に『強制』をすることはできません。誓約ですら代理を立てられるのですから。ですが、同時に貴方はその特性上『願い』には弱いのです」


 エヴァの言う通り。

 おそらく俺の変調の原因は星の意思、つまりあの子の干渉だ。

 「人々を救ってほしい」というがんをかけられ続けていた。

 行動がどうにも中途半端になったのは、そのせいだろう。


「けれど貴方はその願いを叶えてあげたいと思っていない。自分の中の願いは別にある。だから、そんなに迷うのです」


 間違いない。

 そんな風に思えていたなら、俺はとっくに界 魚レフトーバーを全滅させて異世界人を避難させ、人類のヒーローになっていただろう。


「いいですか、マスター。貴方はこの宇宙でどんな存在の指図も受けずに行動する権利を有しています。他の誰でもない、『わたくし』が許しているのです」


 そのセリフはこれまでも何度も何度も聞かされてきた。

 俺がこうして迷いを抱えたとき、いつも指針を与えて導いてくれるのがエヴァ。


 そして、異世界にとって最も破滅的な道を推薦してくるのも、常にエヴァだった。


「お忘れなく。逆萩亮二という男を愛しているのは神でも悪魔でも、世界でも宇宙でも、運命でも因果律でもなく、宇宙構成源理オリジンルールそのものなのだということを」


 そんな告白とともに。

 エヴァの両手に銀河の錫杖と源理の書がおさまった。

 青い炎を噴き出すバベルの塔を背景に、源理の魔女がうすら笑う。


 次の瞬間、無数の魔法陣がミドガルダ上空に展開された。

 そこから次々と這い出てくるのは、魚の骨の群れ。

 世界を守護する星の使徒、界魚。その成れの果てレフトーバー


「おうおう、随分と派手にやったな」

「ええ。この異世界に顕現している界魚をすべて召喚しました」


 諸悪の根源である魔導炉へと殺到していく界魚。

 奪われたエネルギーを少しでも回収しようと、牙をむく。


 しかし人類もさるもの。強力な結界で魔導炉を囲んだ。

 それも当然、あの塔が破壊されればミドガルダの破滅は確定的となる。

 しかし、これほどの数に襲撃されることは想定していまい。

 せいぜい、クリスタルゲインが到着するまでの時間稼ぎができるといったところか。


「イツナさんたちのことはわたくしに任せてください」


 俺が無言で腰を上げると、エヴァが自分のアイテムボックスから封印珠を取り出しながら微笑んだ。


「マスター、この世界にピリオドを打ちましょう」




 エヴァの行為は破滅の時計を早めただけ。

 だからとやかく言うつもりはないけど、実のところまだ迷っている。


 救うか、救わざるか。


 気が付くと、俺は魔導炉を囲う外壁の門でクリスタルゲインを待ち構えていた。


「オニキス! 何故、こんなところで……」


 赤井が立ちはだかった俺を非難するような目で睨んでくる。

 

「そこをどいてくれ!」

「やめておけ、無駄死するぞ」


 上空では結界を突破しようと界魚たちが果敢な特攻を仕掛け続けている。

 地上の俺たちには目もくれていない。


 赤井たちは塔を駆けのぼり、界魚の群れと戦う腹積もりだ。

 そうなれば確実に死ぬことになる。

 もしあの子との誓約を守るなら、こんな奴らでも死なせるわけにはいかない……という理由は一応成り立つのだが。

 果たして俺は本当にそんな動機で、ここに立っているのだろうか。


「どうしてお前が俺たちを目の仇するのかはわからない。だけど、聞いてくれ! あの魔導炉がやられてしまえば、ここの人々は死に絶えてしまうんだ!」

「知ってる」

「レフトーバーに対抗できるのは俺たちカレントライザーの力を持つ者だけ。だから、俺たちが命を賭けて守らないといけないんだ!」

「知ってるよ」


 赤井の言葉を聞いても俺の心には案の定、何も湧いてこなかった。


「それで?」


 だから、先を促す。

 他に言い分はないのかと。


「それで……って」

「この世界の人間たちが死ぬ。それで? お前のいた地球の人たちもいっしょに死ぬのか?」


 戸惑う赤井に、俺はさらに詰め寄る。


「だったら他人事だろう、赤井流星。この異世界はどうせ滅びるんだ。そこまで肩入れしてもしょうがないぞ」

「もういい!」


 しかし、俺の言葉を遮ったのは赤井本人ではなく、エメラルドだった。


「邪魔をするっていうなら、ここでお前を倒してやる! ファイナライズ!」

「お、おいエメラルド! 仲間割れしている場合じゃ!」


 仲間?

 お前らを仲間だと思った覚えはない。

 向かってくるというのなら上等だ。


「ライザー・ダイナミック!」


 翠緑の光を放ちながら真正面から振り下ろされる必殺技。

 その特性上、神すら殺せるであろう大斧の一撃。


 それを俺は片手で受け止めた。


 轟音とともに俺の立っているアスファルトの地面が巨大なクレーターと化す。

 その規模が絶大な威力を物語っていた。


「なっ……」

「生身でファイナライズを受け止めただと!?」


 ああ、そういえば忘れていたな。


「クリスタライズ」


 斧の刃を掴んだまま、変身を完了する。


「うわあーっ!」


 軽く押し返してやるとエメラルドは彼方へ吹っ飛んで、ショーウィンドウに突っ込んだ。

 どうやら気絶したらしく、戻ってくる様子はない。


「エメラルド! クッ、助けてもらった恩があると思って黙っていれば!」

「オニキス! お前、本気でこの世界を滅ぼすつもりなのか!」


 ようやくトパーズと赤井も戦闘態勢を取った。


「お前らに言われたくはない」


 俺も構える。

 どちらにせよ、こいつらは無力化をしなければ死地に向かってしまうのだ。

 だったら、一応これも誓約に基づく行為。


 そんなふうに自分を言い聞かせていると。


「やはりな」


 聞き覚えのある声に首を巡らす。


「し、市長! そ、それに……」


 赤井も新たな登場人物達の方を振り返る。

 スモッグの向こうから現れたのは、松田と蓮実だ。


「キミは最初から裏切り者だったというわけだ。彼女から聞いたよ。酷い扱いを受けていたと」

「形勢逆転よ、クソダーリン」


 腕組みしながら酷薄な笑みを浮かべる蓮実。

 ああ、そっち側についたのね。


「否定はせんがな」


 さしずめ蓮実から事情を聞いて俺が敵だと判断したといったところだろう。

 そう思って聞き流していると、松田の話は予想外の方向へ跳んだ。


「そして、キミが来てからというものレフトーバーの活動が活発になった。この世界にレフトーバーを送り込んでいるのはお前だな、オニキス。いいや、こう呼ぶべきか。異世界の破壊者、逆萩亮二」


 どういうことだ?

 半分以上が濡れ衣だが、最後の一言はさすがに看過できない。


「松田……お前、何を知っている?」


 この異世界で俺はオニキスとしか名乗っていない。蓮実から聞いたにしても、何故俺が破壊者と呼ばれていることまで……。


 俺の疑問を嘲笑うかのように松田が口端を歪める。


「聞いていたのだよ。いずれキミがやってくると」

「聞いていた? 誰からだ!」


 俺の追及を無視して、松田と蓮実がライザークリスタルを掲げた。


「クリスタライズ!」

「クリスタライズ★」


 変身完了とともに現れたのは白をベースに七色の輝きを放つ戦士と、同系列だが薄桃色で女性のベースラインを持つ戦士。


「パールライザー、出陣!」

「ピンクパールライザー、見参★」


 赤井たちが驚いているところを見ると、どうやら初お目見えらしいな。


「言っておくが、我々の強さは他のカレントライザーとは比較にならないぞ」

「ようやくこれでアンタに復讐できるってわけね、クソダーリン!」

「そうかそうか」


 ふたりとも、よほどスーツに自信があるらしい。

 そういうことなら、少し稽古をつけてやるか。


「なら、ふたり同時にかかって来い」


 くぐもった笑いを堪えながら、俺は挑発するように手招きした。

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