第53話 据え膳ヒロイン
「な、なによ。この絵……」
「何って決まってるだろ。お宅が3人以上の男と関係を持ってるって証拠だよ、証拠」
「一体、何が望みだっていうの……!?」
「ブロンシュネージュ公爵家に従え! 影ながらセリーナ様をお守りするのだ」
「いったい、なんですの……その魔法装置は!」
「こいつはICレコーダーって言いましてね、声を再現する魔法機械なんですよ。いやぁ、いい声で鳴いてますねぇ。いったい何て動物の鳴き声なんでしょうね、寮長さん」
「やめてください! なんでも言うこと聞くから、その声を止めてくださいまし!」
「ならばブロンシュネージュ公爵家に忠誠を誓え! 当然、セリーナ様にもな」
「ど、どうしてその書類がお前の手に!」
「いやあ、学園理事長……まさか貴方が業者から不正な献金を受け取っていたとは思いませんでしたよ」
「ま、待ってくれ。そいつを王国に知られたら私はおしまいだ!」
「ご安心ください。この書類、ブロンシュネージュ公爵家で大切に大切に保管しておきますから。セリーナ様のことをよろしくお願いしますよ?」
あれから3日。
生徒や教師、寮長、理事長などの弱みを握って脅迫。学園の支配を着々と進めている。
さらにセリーナ嬢の家の名前を使うことで、自然と彼女に対する待遇も改善されていった。
セリーナ嬢自身が優しくなった貴族たちの真相を知ることはないだろうけど。
相手の人間性を書き換えてしまうような魔法やチート能力を使うより、こうやって誰かの秘密を握り潰した方が自然な状態を保ったまま状況を変革できる。
俺がいなくなった後もブロンシュネージュ公爵家は残っているわけだし、いざ俺のことがバレたとしてもブロンシュネージュ公爵家は痛くない腹を探られて知らぬ存ぜぬを通せる。相互関係は本当にないわけだしな。
セリーナ嬢の護衛はというと潜入工作を済ませたイツナとシアンヌに任せている。
イツナを生徒として編入、シアンヌを女教師として赴任させた。
俺が使ったのと同じ幻惑魔法をかけてあるので怪しまれることなく溶け込んでいる。
もっともイツナも特定のクラスに所属しているわけじゃないし、シアンヌにだって担任や担当科目もない。
それとなくセリーナ嬢を守るように動いてくれている。
「へへへ、たまんねぇなー」
暇になった俺は代行分体に
さすがに王国貴族学園。上玉の女が揃っている。
脅迫して肉体関係をリアルで強要するのは趣味じゃないのでやってないが、連中の不純異性交遊を横から眺めて痛む胸も持ち合わせちゃいない。
「む、これは……まさか!」
ふと
湯煙の向こう側に見覚えのあるシルエットが映った。
息を荒くしつつ盗聴器のボリュームを全開にして音を拾う。
「いやー、思った以上に楽しいわね! 悪役令嬢学園!」
「そ、その言い方やめてくださいませ……」
キター!
キマシタワー!
バスタオルっぽい布で肝心な部分は映っていないが、彩奈ちゃんとセリーナ嬢だ!
というか、彩奈ちゃんは着やせするタイプだったのか。思った以上にスタイルがいい。
出るところは出て、引っ込むところはちゃんと引っ込んでいる。
さすがは先代魔王様……次代魔王として、ありがたく拝ませていただきやす。
そしてセリーナ嬢に至っては、もはや芸術という域に達している。
厳しい節制生活の中で構築されたと思しきボディラインは、そこらの女貴族など目ではない。
アレ王子のやつ、この肢体を手放すとか正気の沙汰じゃないだろ。
「あはは、ごめんー。いやぁ、学校自体が本当に久しぶりだから、はしゃいじゃって」
「うふふ、彩奈さんったら」
ふたりともキャッキャとはしゃぎながら、お互いの体を湯で洗い流し始めた。
うひょー、タオルもなくなって眼福でありんすな!
ああ、でも今度は湯気が邪魔だ!
「セリーナも素でしゃべったら? 今貸し切りだし」
「いえ、長年このしゃべり方をしていたもので……この世界の言語でどのように喋れば前世の話し方になるのか、よくわからないのです」
その辺は翻訳チートを持ってるか持っていないかの差だな。
セリーナ嬢の場合は普通に生まれて、この世界の言葉を学んだんだろうし。
「ふーん、そういうもんなんだ? でも別に日本語でもいいよ?」
「ええと。では、失礼して……」
セリーナ嬢がコホン、と咳払いをした。
「どない? おかしない?」
「あ、セリーナって関西圏の人だったの?」
「せやで。おん、思い出したばっかりやのにめっちゃ懐かしいわー」
超美人の悪役令嬢が関西弁喋っとる。
これは、これで……アリだ!
「入るぞ」
「お邪魔しまーす」
む、護衛役のイツナとシアンヌまで入ってきたか。
オウフ、そういや何気にイツナの裸って初めて見た。
うん、幼児体型だけど健康的な感じでいいんじゃない。案の定、まったくエロい気分にならんわ。
シアンヌのは見慣れてるけど、入浴ともなるとまた違う感じでそそられますなぁ。
ひととおり拉致の謝罪とかは済ませているらしく、4人は親し気に会話し始める。
なんだか仲良くしてるところをこれ以上覗くのは申し訳ない気がしてきたのでノートパソコンをそっと閉じた。
でも、惜しい気もするので録画だけ続けて秘蔵ファイルに保管しておこうっと。
「ん? こいつは……」
代行分体が用務員室に近づいてくる人影に気づいた。
貴族学園の生徒たちとは明らかに違う制服と雰囲気。
胸ヤケのヒロイン、白海蓮実だ。
少し胸躍るような足取りでこちらの離れへ向かってきている。
もちろん、この女のことは今までもマークしていた。
とはいえ、今のところ会話などに怪しい点はなく……アレ王子と密会をしていることもなければ、セリーナ嬢の暗殺を企てているような黒要素も見当たらなかった。
だけど、これまでと明確に違う点がある。
いつも侍らせていた取り巻きの男どもの姿がない。
単独行動している蓮実を見るのは、これが初めてだ。
「飛んで火にいる夏の虫か、はたまた仏様の落とした女郎蜘蛛の糸か」
この異世界が例外でなければ、蓮実もプレイヤーのはず。
もし彩奈ちゃんの予想どおりDLC隠しキャラが狙いだとしたら……婚約破棄ルートを通った場合にセリーナ嬢が死ぬことも知っていた可能性が高い。
知った上でアレ王子の婚約破棄を保留させるのは、セリーナ嬢を明確な殺意を持って殺すことと同義だ。
ただ単にゲーム世界の悪役が死ぬ程度にしか考えてなくて、罪の意識がないだけかもしれないが……。
「まあいい。虎穴に入らずんば虎児を得ず――」
ここに来る目的が何だか知らないが。
「――もし親の虎がいるなら
見極めさせてもらうぜ、白海蓮実。
お前という女の本性を……。
用務員室の扉がノックされた。
不自然じゃない程度の間を置いて応対に出る。
「こんにちは!」
出会いがしらの明るい笑顔に思わず面食らってしまった。
「へーえ、本当に用務員だったんだ!」
俺の恰好を見た蓮実が好奇心に目を輝かせる。
「何の用だ?」
イツナみたいな上目遣いに男の本能がくすぐられるのを感じながら、ぶっきらぼうに問いかけた。
「キミのことがちょっと気になって。あ、逆萩くんって呼んでもいい?」
「ああ……」
太陽のように笑う蓮実にかすかな戸惑いを覚える。
さらに蓮実は何かを要求するようにジッと見つめてきた。
「……立ち話もなんだし、上がってくか?」
一応、社交辞令で聞いてみる。
普通の女子なら用務員スタイルの薄汚い男と部屋でふたりっきりになるのを避けるはずだが……。
「えへへ、じゃあお邪魔しちゃおうかな」
あろうことか蓮実は何の迷いもなく上がり込んで来た。
まるで自分の安全を確信しているかのような行動に思わず鼻白む。
俺の反応をどうとったか、してやったりとばかりに蓮実はチョロっと舌を出した。
「……渋茶しかないが」
「いえいえ、おかまいなくー」
そう言う蓮実に緊張の色はない。
本当に余裕だ。
雰囲気ゼロの部屋にはさすがにちょっと引いている様子だったけど。
まあ、用務員室に人をもてなせるようなスペースはない。
俺と前任が使っている椅子に座らせて茶を渡した後、俺の方は壁に寄りかかった。
「どうしてあのとき卒業パーティにいたの?」
うへ。何も考えてなかったぞ。
えーっと……。
「道に迷って……」
「ふーん」
いらずらっぽく笑う蓮実が俺の顔を探るように眺めてくる。
うーん、さすがに嘘と見抜かれたかも。
「逆萩くんも日本人? この世界に迷い込んじゃった?」
あ、一応その答えは考えてあったぞ。
「ああ。ブロンシュネージュ公爵家に拾われて、ここで働かせてもらってるんだ」
「へえ、そうなんだ。ふーん……そういう設定なのね」
蓮実が小声でつぶやく。
見抜かれてるのか?
どうしてだ、ボロは出してないはずなのに。
「じゃあセリーナ様ともお知り合い?」
「一応。話すことはほとんどないけど」
セリーナ嬢の名前を出しても平然としている。
何か反応ぐらいあるかと思ったんだけど。
ええい、埒があかん。直接聞いてみるか。
「なんで俺にかまう?」
「逆萩くんに興味があって」
用意してあったかのような即答っぷり。
思わず鼻で笑ってしまった。
「俺みたいな薄汚い輩に? アンタ、男に不自由してないだろ」
「うわ、そんな風に見られてたんだ……」
たははー、と笑って見せた後、蓮実はちょっと寂しそうな声で呟いた。
「あたし、あの人たちの誰とも付き合ってないよ」
それが嘘でないことを俺は知っている。
取り巻き男どもはもちろん、蓮実はアレ王子にキスすら許していない。
だから蓮実の本当の狙いが隠しキャラだという説にも現実味が出てくるのだ。
だけど、俺とこうして無駄話をすることに何の意味があるのか。
そのあたりがまったく見えてこない。
確かに俺は嫁から言われるように無神経でトーヘンボクだが、鈍感ではない。
というか女性の好意に鈍感な男なんてフィクションにしか登場しないと思うんだが、どうだろう。
むしろ「こいつ、ひょっとしたら俺の事好きなんじゃね?」と勘違いするのが男という生き物だ。
物語で鈍感男が主人公なのは、その方がハーレム物を書くのに何かと好都合だから……つまり作り手側のロジックによるところが大きい。
そういうわけで
イツナが恋心を純粋に信じていることも、シアンヌから向けられる愛情が憎悪の裏返しであることも知っている。
彩奈ちゃんが俺のことを男としてではなく、友人、あるいは恩人として感謝してくれていることだってキチンと理解しているのだ。
だからわかる。
この女、俺に対する好意なんて微塵も抱いてない。
確かに恥じらうような口調には俺を誘う艶がある。
だけど赤らむ頬が、恋に輝く瞳が、鼓動の変動が。
意識している異性のところにわざわざ押しかけてふたりっきりになったら自然と起きるはずの生理現象が、一切見られない。
見た目通りの人懐っこい女の子などではないということだ。
むしろ、蓮実の目は俺が最も嫌うアイツによく似ている。
自分以外の存在を玩具か何かとしか思っていない、アイツの目に……。
まあ、だからといって年増魔界貴族の時と違って嫌な気はしない。
というか、男漁りをする女なら、これぐらいギラついてた方が俺としても喰い甲斐がある。
恋愛ゲームのプレイヤーなんて狩人みたいなもんなんだから、攻略キャラにフラグを立てようとするならこのぐらい……。
………………待てよ。
まさかとは思うが。
いや、確かめよう。
「……っていうことは、俺にもチャンスがあるってこと?」
「え?」
いきなり艶を帯びた俺の声音に蓮実の肩がびくんと跳ねる。
「はは、うん、どうかなー。まあ、今後次第……ってところ? うん、逆萩くんって磨けば光りそうだし、ワイルドな魅力っていうの? そういうの、あると思うよ」
誤魔化すように笑いながらお茶を一気飲みし、ゲホゲホと咳き込む蓮実。
「ふぅん」
「あ、邪魔しちゃってごめんね! あたしそろそろ」
俺の気配に不穏なものを察知したのか、席を立って退室を試みる蓮実。
させるか。
「ひゃうっ」
出口に向かおうとする蓮実の進路に手を割り込ませ、そのまま壁際に追い詰めた。
「か、壁ドン!? はう……」
急展開に先ほどまでの余裕を失い、目を泳がせる蓮実の耳元に顔を近づけ囁く。
「こんな汚いところにわざわざ来てさ。誘ってんの?」
「ち、違うよ。あたしはただ、逆萩くんと仲良くしようと――」
問答無用。
「むぐっ!?」
言い訳を紡ぐ唇を、強引に塞ぐ。
舌は入れず、だけども長い長いキス。
「んーっ! ぷは……」
きっかり10秒で解放すると、蓮実は俺から身を守るように両手で唇を覆った。
「え、ちょっと嘘、なんでまだキスフラグは……!!」
テンパった蓮実が口を滑らせる。
「俺をその気にさせちゃったね、蓮実さん」
ああ、やっぱりだ。確信した。
この女、俺を『攻略』しようとしていたんだ。
『DLC隠しキャラである逆萩亮二』を。
現世では最後まで謎に包まれていた隠し攻略キャラ。
婚約破棄ルートを通った途端、突如として出現した日本人。
だからこそ勘違いした。
俺がDLC隠しキャラだと思い込んだんだ。
そう考えれば、白海蓮実に対するすべての疑問が氷解する。
卒業パーティで突然俺に話しかけてきたことも。
本心では気がない癖に男を勘違いさせるような態度を取ってきたことも。
そして、俺に対する無防備とも取れる一連の行動も。
おそらく乙女ゲーにおける男というのは紳士的なのだ。
女性に合わせてキチンと順序を守れる男であることが最低限求められる。
アレ王子のような俺様系のキャラクターであっても、きっと例外ではないのだろう。
ああ、それなら白海蓮実よ。
本当に、大変申し訳なく思うのだが。
キミが攻略しようとしていた逆萩亮二という男はね。
乙女ゲーの攻略キャラクターじゃないんだ。
どっちかというとエロゲーの、しかも純愛じゃない方の主人公なんだよ。
さあ、覚悟はできてるかい?
もちろんできてないだろうね。
でも、そんなの知らない。
地雷を踏んだのはキミなんだ。
だから自分を恨んでくれ。
俺はね、自分に対して好意らしきものを向けてくる女は、そいつがどんなクズビッチであろうと……むしろクズビッチだからこそ構わず喰っちまう男なんだよ。
勇者を手玉に取って殺した姫さんはもちろんのこと。
男どもにお預け喰らわせて操り、目的のためなら人を死なせることにも躊躇しないキミのようなクズビッチは大歓迎だ。
俺という獣が後腐れなく、気遣うことなく、優しくすることなく、心を痛めることなく。
一切容赦することなく蹂躙できるから。
そういうわけで、乙女ゲー主人公の白海蓮実さん。
今、この場で。
貴女のこと、いただきます♪
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