第44話 殺す覚悟(笑)

「それじゃ改めてよろしく」

「よろしくお願いします!」


 南門に集合した俺たちは改めて挨拶を交わし合った。


 暁の絆のパーティメンバーは全部で4人。

 今日初めて見るのはシーフ系少女とプリースト系お姉さん。いずれも美少女である。

 自己紹介されたけど重要人物ってわけでもないので、いつもどおり脳内で適当に呼ばせてもらう。


「ユウ、今回は久々のダンジョンなんでしょ! 罠とかあるかな、楽しみー!」

「うん、僕もワクワクするよ」


 いつも明るく元気なシーフ子ちゃんは 、ダンジョン攻略……とりわけトラップ解除が大好きらしい。肝心の解除能力はそんなに高くなく、よく失敗して罠を発動させてしまうんだとか。

 トラブルメーカーであると同時にムードメーカー。

 パーティには欠かせない存在だろうな。


「も~、また調子に乗って怪我とかしたら~、大変よ~」


 プリ江さんの方は、ほわほわした感じのお姉さん。

 間延びした口調で、いつでも笑顔のプリースト、つまり神官だ。

 また、パーティ随一の巨乳でもある。

 祐也もプリ江さんと一緒のベッドに入ったときには赤ちゃんに戻るに違いない。


 というのもザドーの話によると、祐也は街で購入した自宅にこの3人の美少女を連れ込んで同棲しているらしい。

 男なら誰もが夢見るハーレム生活。さぞかし深夜タッグマッチは盛り上がるんだろうなぁ。

 俺? フッ、今のマイブームはシアンヌだからタイマン興行でいいのさ。


 そんなわけで出発したんだけど、ぶっちゃけ最初の2日間の旅路は順調だった。

 未だにフィリーの視線はきついが、基本的には和やかに進んでいる。


 宿場町で堂々と大部屋を取って4人が同じ部屋に入っていったのは、なかなか驚いたけど。

 しかも壁が薄いから、夜になるといろいろ艶めかしい声が聞こえてきてさ。

 お前らに恥じらいはないのかと小一時間問いつめたい。

 まあ結界で遮音した後は、俺たちも俺たちでお楽しみだったんだけどな。


 しかし、3日目。

 いよいよ森に入っていこうという街道地点で、それは起こった。


「へっへっへ、命が惜しかったら金目のものを置いていってもらおうか」


 そう、野盗の襲撃だ。

 街からある程度離れているし、岩や灌木がまばらに点在してるので隠れ場所には事欠かない。

 たぶん、近くにアジトがあるんだろう。


 俺の行く異世界は総じて街の外の治安が悪く、傭兵崩れや冒険者崩れ、流民などがこうしてしばしば不法行為に及ぶ。

 こういうストレートじゃない誓約でないとまず戦うことのない相手だ。せいぜい偶然見つけたアジトを暇つぶしに壊滅させる程度である。


「お前たち、襲う相手を間違えたな! 僕たち暁の絆が相手だ!」


 もちろんいっぱしの冒険者である祐也たちが臆するはずもなく、戦う構えを見せる。

 シアンヌに目配せして、俺達は手出しせずに彼らの戦いぶりを見守った。


 実に手堅い連携を見せる暁の絆は、野盗どもを圧倒した。

 シーフ子ちゃんが囮をつとめ、プリ江さんが支援魔法で援助し、フィリーが攻撃魔法で一掃する。

 祐也がファイター職として勇壮に剣を振るっている姿もそこそこ様になっている。

 パーティバランスがいいし、問題も見受けられない。


 ただ、祐也はチート能力持ちの異世界トリッパーとしては相当弱い部類だ。

 魔力波動も無意識に使えてはいるが、それがなんなのかを理解していない。

 おそらくヒュラムあたりを相手にしたら、パーティごと瞬殺されるだろうな。


 逆に言うと、今後の成長が期待できるということでもある。

 まあ、今後なんてものがあればだが……。


 とにかく暁の絆は特に苦戦するわけでもなく野盗どもを撃退した。

 ほとんど死んだようだが、生き残りの何人かをシーフ子ちゃんがロープでぐるぐる巻きにして、プリ江さんが治癒魔法で傷を癒している……ってオイ、何してんだよ?


「とどめを刺さないのか?」


 シアンヌも指摘しながら眉をひそめる。

 まったくもって同感だ。どうするかはともかく、わざわざ治療までしてやることはない。

 しかし祐也はきっぱりと断言した。


「ええ、殺しません」

「まあ、それはいいけど。そのまま野垂れ死にさせるか、せめてしかるべき機関に引き渡したほうがいいんじゃないか?」


 一応、シアンヌをフォローする形で意見を具申してみると。


「いえ、この人たちは説得して解放します」

「……は?」

 

 自信満々の祐也の宣言に、さすがの俺も耳を疑った。


「無罪放免するのか? こいつらを?」

「ええ。彼らにもやり直しの機会を与えるべきだと思うんです」


 晴れやかな笑顔でそんな戯れ言を言い放つと、祐也は身動きできずに怯える野盗どもに演説した。


「みなさん、僕はあなたたちを殺しません。これを機会に心を入れ替えて今度こそまっとうな生き方をしてくださいね」


 いや、こいつら「ありがてえ」とか表向き感謝しつつも、心の中で「へへへ……馬鹿なやつだ」とか笑ってるからな?

 

 この手の奴らが改心とか、まずない。

 こちらの言葉を聞く姿勢があるとしても、上辺だけだ。

 今さえ凌げば生きていくために同じことを繰り返す。


 いや、俺は別にいいけど、まっとうな異世界人にとっては迷惑以外の何物でもないし。

 ここで暮らす異世界トリッパーとして、それはどうなのよ。


 俺が脳内でツッコミを入れている間にも、祐也は野盗どもにニッコリと笑いかけながらご高説を垂れ続けている。

 ちなみにニコポチートの対象になるのは異性だけだ。祐也の場合、男には通じない。


「馬鹿馬鹿しい。敵を生かして逃がすなど」 


 シアンヌが不平を隠しもせず反発すると、祐也のハーレムメンバーたちが一斉に非難しだした。


「ユーヤの慈悲の心がわからないの?」

「そうだよ! ユウはボクの盗みもああやって見逃してくれたんだ。それで僕も心を改めたんだよ」

「ユウヤ様こそ神の遣わした使徒なのです~」


 もちろん洗脳済みの女たちの言い分なんて、シアンヌは聞く耳持たない。

 祐也と野盗たちの方へ悠然と歩いていく。


 あ、こいつ。

 いや……まあいいか、別に。

 俺もその意見には賛成だ。


「いやあ、ユウヤさんは命の恩人だ! これからの俺達は足を洗ってまっとうに生きるぜ!」

「いえいえ、そんなことは……では武器も捨てていただきましたし、約束通り解放しますね」


 祐也がニッコリと微笑みを湛えたまま、野盗のひとりのロープを解こうと姿勢を低くする。


 次の瞬間。

 野盗の男の首から唐突に血が吹き出した。


「……え?」


 血しぶきを浴びながら、祐也がぽかんとしている。

 ハーレムメンバーたちも目の前で何が行われたのか、頭が追いついていない様子だった。


「フン、屑どもが」


 腕を振り抜いた姿勢のまま、シアンヌが冷酷に言い捨てる。

 鉤爪で男の首を切り裂いたのだろう。

 とはいえ、今しがた絶命して祐也に寄りかかった男は爪の間合いにいなかったはずだが。

 鑑定眼で見てみよう。


「う、うわあっ! いったい何が!」


 ようやく状況を認識したのか、祐也が野盗の死体をはねのける。


「貴様等の三文芝居は見ていて薄ら寒くなる」


 そのままシアンヌが二度三度と腕を振るった。

 そのたび野盗どもが次々に切り裂かれ、命乞いの悲鳴をあげながら血の海に沈んでいく。

 一方的な処刑が行われている間、祐也はもちろんハーレムの女たちも呆然と見ていることしかできなかった。


 ひょっとして……これは剣星流の魔閃か?

 いや、シアンヌは剣ではなく自分の鉤爪に魔力波動を纏わせているんだ。


 自分なりに魔力刃を飛ばせるように魔閃をアレンジしたのか。しかも見よう見まねで。

 あれから魔力波動についてはロクに指導してないのに大したモンだよ。

 イツナといい、俺の年単位の苦労を軽く飛び越していきやがる。

 こればかりは才能の差ってやつだな。


「これで全員か。さあ、そんなところでへたってないで先に進むぞ」


 最後のひとりが倒れると、シアンヌが部屋の片づけが済んだかのような軽い調子で尻餅をついている祐也に声をかけた。


「あ、あなた……なんてことをするんですか!」


 祐也にしてみれば当然の反応なんだろう。

 唾を飛ばしながら食ってかかった。


「あの人たちは心を入れ替えるって約束してくれてたのに!」

「そ、そうだよ! ユウくんの言うとおりだよ!」


 シーフ子ちゃんがここぞとばかりに祐也へ加勢する。


「そんなもの嘘に決まっているだろう」


 シアンヌが呆れたように呟くと、祐也が落ち込んだように肩を落とした。

 

「例えそうだとしても、縛られて武器も持っていない人たちを殺すなんて……」

「そのとおりです~。赦されないことですよ~」


 プリ江さんが慰めるように、その豊満な胸で裕也の頭を包み込む。

 落ち込んでいる祐也を怪訝そうに見下していたシアンヌが首を傾げた。


「お前、ひょっとして無抵抗な者を殺したことがないのか?」

「当たり前じゃないか! そんなのは虐殺だ!」


 そのセリフ、せめてプリ江さんのおっぱいから顔を上げて言えよ……。


「手を汚したくないというのなら、お前の奴隷共にやらせればいいだろう」

「奴隷……誰のことを言ってるの?」


 聞き捨てならないとばかりにフィリーがシアンヌを睨んだ。


「待て」


 ギルドでの一触即発の空気が再燃しそうになったところで、俺がカリスマチートを発動しつつ場を制止する。


「祐也、やってしまったことだ。とやかく言っても仕方ない。それに俺もシアンヌには賛成だ。宝が露見するようなリスクは潰したほうがいいからな」

「えっ!? そ、そんな……」


 祐也の涙声を黙殺し、話を終わりだという意志を込めて先を急ぐ。

 追いついてきたシアンヌが心底理解できないとばかりに唸っていた。


「あいつらは何をそこまで怒っているんだ?」

「さあな」


 敵を殺す。

 そんなのシアンヌの中では当たり前のことだ。

 無論、俺の中でも。

 あれこれ理由を語る気にすらならない。


「待ってください! 僕はまだ納得していません!」


 だというのに、祐也は食い下がってきた。

 俺たちの前に回り込んで、自説を語り始めたのだ。


「人間の命は尊いんですよ! それを奪うことは酷い事なんです!」


 とか。


「彼らだってまだやり直せたかもしれないのに! 僕らの身勝手でチャンスを踏みにじるなんてことは許されません!」


 とか。


「逆萩さんを見損ないました! そんな風に簡単に割り切れるなんて、人の心がないんですか!」


 とか?

 その口から出てくるのは、どこかで聞いたようなフレーズばかり。

 道徳とか倫理とかの教科書にそのまま書いてありそうで、異世界で自分の意見として語れば……それだけで「優しい」「人間ができている」と褒められるであろう言葉の羅列。


 はっきり言って、俺にはまったく響かない。


「ユーヤは優しい」

「さすがユウくん!」

「さすがです~」


 案の定、ハーレムメンバーたちが口々に祐也への同調を示す。

 まるでその在り様は自動的に祐也を褒める機械のよう。


「……で。その説教、いつまで続くんだ?」

「ひっ」


 いい加減ウンザリしてきたので少しばかり殺意を込めて睨むと、祐也が息を呑んであっさり口を閉じた。

 女達も顔を青ざめさせている。


「お前の言葉は軽い。借り物だってのが見え見えだ。せめて自分の言葉に直してからしゃべってくれ」


 ……さて、石動裕也。

 お前がある程度まともなヤツなら、俺と同じ境遇なんだしポリシーを曲げて代理誓約を立てようと思ってたんだけどな。

 今のところ7:3ぐらいで復讐代行寄りだぞ?

 どうすんだお前? どうすんだ?

 

 俺はどっちでもいいんだぞ。

 そう、どっちでもな。

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