第38話 チートアルデンテ

「努力家」の効果で一気にレベルを上げた勇者たちは快進撃を続けた。

 謎の侵略軍に対し一騎当千の活躍を見せているという。


 というか、謎の侵略軍ってなんなんだろうな。

 魔王軍じゃないなら、突然変異したモンスターとかだろうか? それとも並行世界からの干渉?


 いや、もしかして別の異世界からの侵略の線かな?

 それならパッと思いつく勢力はアンス=バアル軍にエンジェルフリート、メガミクランあたりだけど。

 勇者達が苦戦してるって話を聞かないし、界喰かいはみや星の使徒ってことはないだろう。

 アンス=バアル軍とエンジェルフリートなら俺自らが遊んでやっても構わないし、レベルを上げた勇者の敵でもない。


 厄介なのはメガミクランだ。


 もし俺がこの異世界にいるのが連中にバレた場合、いろいろと気まずいことになる。

 出てくる相手によっては誓約達成が面倒になるだろうし、絶対に避けたいところ。


 ならリスクを踏むよりも俺自身は動かず勇者たちを成長させて、この世界を救うべきだろう。

 誓約が「勇者に世界を救ってもらう」とかなら、その中に俺は含まれないんだし。

 このままコンソールチートを使って勇者達をプロデュースするぜ。


 そういうわけで、ぼちぼち誓約達成に向けて本格的に動いていこうか。


 まずコンソールを使って最前線の兵士を全員レベル150に。

 ああいうモブは基本IDが同じに設定されてるから、一括でレベル変更できるから楽だ。


 ちなみにレベル上限99のキャップが世界レベルでかけられてたけど問答無用で撤去した。

 たぶんこの異世界の神が秩序を維持するためにやったんだろうけど、世界が侵略されてるのにバランスも何もないっての。

 どうせ後で戻せばいいんだし。


 さらに「不死設定=有効」にして死んだ場合に気絶するようにしてしまえば、まず負けることもあるまいて。

 復帰時にHPが全快するように「復活特性100」の特殊能力も付与してやるか。大サービスだぜ?


 イツナを含め勇者たちは既に不死設定にしてあるので、少なくともこの異世界にいる限り老衰以外で死ぬことがない。

 ここにいなくても3人のIDは完全に把握してるし、城にいながらにして彼らのステータスをいじることも可能だ。

 誓約達成した瞬間、イツナを手元に呼び寄せることもできる。


 俺もかつてはこうやって、コンソールコマンドを悪用して自己のレベルを上昇させたりしたものだ。

 だけどレベルで得た強さはガチランクのチート能力者ホルダーを相手にしたときにはさっぱり役に立たん。

 魔力波動を鍛える方がいろいろ安定するし、よっぽど理に適っている。


 ちなみにコンソールでレベル指定した場合、他の世界に行くと強さは元に戻ってしまう。

 だけど自力で経験点を得て成長した場合、他の異世界にも強さが持ち越せる。

 勇者たちだけ「努力家」で補正をかけて成長させている理由のひとつだ。

 万が一、チー坊やJKちゃんが他の異世界に召喚されたときに強くてニューゲームできるしね。


 ちなみに増産したアイテムもアイテムボックスに入れておけば持ち越せるのだ、ククク。

 だから、もうフェアチキに困ることはない。

 でも、フェアチキの再現研究は永遠にやめないよ。

 ライフワークだから!


「ともあれ勇者に敗北がありえない以上、誓約達成は時間の問題だ」

「へぇー!」


 城にあてがわれた部屋でイツナをコンソールで呼び出して事情を説明したところ、目をキラキラさせてくれた。


「じゃあわたし、ちゃんと強くなってるんだ!」

「おう」


 俺がドヤ顔をすると、イツナが顎に指をあてながら「うーん」と唸る。


「でもシアンヌさんも強くならないと、不公平じゃない?」

「ん、言われてみれば」


 確かにせっかく縮まったシアンヌとイツナの格差がまた広がるなぁ。

 まあ、シアンヌもいずれ他の模倣型で鍛えてあげるとしよう。

 全人類性格クズみたいな模倣型で無双させればすぐだろうし。

 いや、嘘みたいな話だけどマジでそういう異世界もあるんだよ。


「まあ、気にするな。イツナはイツナで勇者らしく頑張ってくれればいいよ」

「そう? うん、わかった!」


 素直に返事をすると、イツナは前線での話とかをしてくれた。

 チー坊が突出して侵略モンスターに殴られては起きてを繰り返すなんてことがあったのだとか。

 不死設定にしてなかったら死んでたってことだよ、それ。


 意外なことにJKちゃんとは意気投合し、故郷の地球の思い出を語り合ったりしたみたい。


「ちょっと里心ついて帰りたくなっちゃった」


 思わず見る者がホッとしてしまいそうな笑顔を浮かべるイツナ。

 そうか、イツナは自分の世界に帰りたいって気持ちが残ってるんだな。

 フェアチキのためだけに生きてきた俺とは大違いである。


「よし、今度のパーティではうまいもの作って待ってるからな!」

「ほんと? やったぁー!」


 勇者たちが街を凱旋し、空中庭園でのパーティを催すとかジャボーン三世が言ってたはずだ。

 どうせならあのふたりにも、ハンバーガー以外のまともな料理を食わせてやろう。うんうん。 




「よし、必要なものは揃った」


 器具と材料を調理場に並べ終わった。

 ほとんどジャボーン三世に頼んで揃えたこの異世界独自の素材だけど、どうしても調達の難しい調味料だけは自前のアイテムボックスから出した。

 ビゼットを始め料理人たちも自分たちの担当料理を作っているが、時折こちらをチラチラと窺っている。

 俺の作る料理が気になるようだ。


「とはいえ、今回はフェアチキみたいに極秘レシピじゃないからなー」


 なんて言いつつも、みんなを満足させる自信はあったりする。

 調理魔法で作るとどうしても味が落ちるし、やはり俺の手で作らないとな。


 まず、まな板の上に並べる材料はニンニクだ。

 これを包丁……逆鱗捲りを使って細かくみじん切りにする。


「す、すげえ……料理長の手元がブレて見えない!」

「なんて包丁捌きなんだ!」


 ギャラリーの声を聞き流しつつ、次はフライパンにオリーブオイルを引く。

 こいつを弱火でゆっくりと温めながら、左目だけを赤外線視覚に切り替えてフライパンの熱伝導率を直接見ながら調整していく。

 これならまばたきだけで普通の視覚と切り替えられるし、いちいち視界を変更しなくて済む。


「火が強すぎるな……」


 確かに火は料理の命と言ったが、強ければいいというものではない。

 これではせっかくのニンニクが焦げてしまう。

 その時点で今作ろうとしている料理は失敗だ。


 すかさず火炎操作チートを使って弱火に調整する。


「これでよし」


 フライパンの温度がちょうどよくなったのでニンニクを投入した。

 ニンニクのかぐわしい香りが厨房に広がるが、さすがに歴戦の料理人たちが鼻を揺らすことはない。

 ここでふと、玉ねぎを薄切りにしてなかったことを思い出す。


「ニ、ニンニクを温めながら空中で玉ねぎを薄切りにしてる!?」

「ふたり分の作業を同時に……それでいながら雑じゃない!」


 解説ご苦労。

 フライパンの上で瞬時にスライスした玉ねぎを入れつつ、弱火でじっくり調理していく。

 しばらくすると玉ねぎが透明になってきた。

 ついに主役の出番だな。


 海水に浸しておき、事前に洗浄しておいたソレを満を持して入れる。

 フライパンの中でカラカラと音を立てたのは、アサリだ。

 残念ながらこの異世界でアサリに相当する貝はモンスターで大味だったので、こいつは自前。

 その分、味は保証できる。


 そして今度はこの異世界で俺が一番評価した逸品の登場だ。


「料理長……まさかそいつを料理に使うんですか?」

「ええ、そのつもりです」


 ビゼットが心配そうな顔をしている。

 俺が手に持っているのはワインボトル。

 今まさにフライパンに中身を注ごうとしていた。


「ですが、その白ワインは当たり年ですが嵐のせいで数も……」

「後でワインセラーの在庫を見てみてください」


 「はぁ」と気の抜けた返事を返すビゼット。


 こんないい白ワインが少ないなんてもったいないだろ。

 味見したけどコイツは料理酒に最高だ。

 増やしておいたから感謝しろよ。

 ま、自分の分も確保しちゃったけどね♪


 さて、白ワインとアサリを入れたから、1~2分ほど蒸さなきゃな。

 そういうわけで蓋の代わりにフライパンの上に透明の力場障壁を貼る。

 これなら蒸気を逃さず、ガラスと違って曇らずにアサリの経過が見られるからな。


「よし、開いた」


 しばらくすると、立て続けにパカパカパカッとアサリが身をさらけ出した。

 力場障壁を解除すると白ワインとアサリの風味が混じった、あのたまらない香りが俺の鼻孔をくすぐる。


「さて、一旦君たちは待機ね」


 一度皿にアサリたちを避難させ、もうひとりの主人公であるトマトを入れる。

 さすがは王宮、質のいい生トマトがあったので気持ち多めに。

 中火よりの弱火に火力を調整し、再び透明の力場障壁で蓋をする。

 途中経過を見ながら、いよいよ主菜にとりかかった。


「さあ、クイズならそろそろ何を作ってるか解答が出るころだな」


 やや太めの麺を取り出し、事前に大鍋で沸騰させておいた湯に岩塩系の塩を溶かしてから、さらりと回すように入れていく。ここで火は強火から中火に。

 この温度と太さならアルデンテに仕上げるのに、ちょうど8分といったところか。

 ちなみにアルデンテというのは麺が完全に茹で上がった状態ではなく、髪の毛一本ほどの芯を残して歯ごたえがある状態のことをいう。

 俗にいうパスタ最高の茹で上がりだ。


 そう。

 俺が作っている料理は日本人にも親しまれるパスタである。

 これならチー坊たちだって食べてるだろうし、異世界人の口にも問題なく合うはずだ。


 フライパンの方を再度弱火にして、3~4分待つ。

 計算どおりなら、その少しあとにパスタが茹で上がるはずだ。 


「よーし!」


 気合いとともに力場障壁を消すと、むわっと湯気がたった。

 物怖じすることなく、トマトを念動力で丹念に潰していく。

 じゅわっと広がるトマトの汁がフライパンの上でピチピチはねた。


「できた!」


 会心の出来に吠えながら、盛り付け作業に入る。

 大皿に茹で上がったパスタを盛り、その上にフライパンでできたソースをかけていく。

 そこにアサリを均等に配して、異世界では超貴重な黒胡椒をかける。

 彩りにパセリをのせて、スライスしたチーズをまぶした。


「名付けて異世界風ボンゴレロッソだ!」


 ビゼット達が「おお!」と感嘆の声をあげる。

 まあ、材料が異世界のものを使ってるっていうだけで、普通のボンゴレロッソなんだけどね。


 最後にコンソールで200皿に増やしたら、出来上がり!

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