第150話   事情聴取

 夜のとばりが近づく中、コルネリアがマリエンヌを連行する形で屋敷の外に出た。

 一緒に館を出た江莉香は驚く。そこには多数の男たちが待ち構えていたからだ。


 「うわっ。いつの間に」

 「私が手配した」


 誇るでもなくコルネリアは門に歩み寄る。

 門の外には長い警棒を手にした邏卒たちが、館を取り囲むようにたむろし、二頭引きの大きな馬車が用意されている。

 マリエンヌを護送するためのものだろう。

 近寄る江莉香に向かって、男たちが一斉に厳しい表情を向けた。

 自分ではなく、マリエンヌを睨んでいると分かっていても怖い。


 「私は彼女を十人委員会に引き渡してきます。エリカは館で待っていなさい」

 「う、うん」


 騒然とする雰囲気に吞まれ、上手く返事が出来なかった。


 「約束ですよ。戻り次第、詳しい説明をする」

 

 コルネリアは門前に止められた護送用の馬車にマリエンヌを押し込むと、北に向かって出発した。     

 馬車の前後を邏卒たちが固める。江莉香はその後姿を見送る事しかできず、蚊帳の外に置かれた気分になる。

 その後、散らかった部屋を片付けながら、コルネリアの帰りを待つのだが、夜中になっても戻ってこない。

 

 「遅いわね。何かあったのかな」

 「落ち着いてください。エリカ様。ラナさん。いえ、マリエンヌ様の事はコルネリア様にお任せするのが一番です」


 薄暗いランプの明かりの下、室内を行ったり来たりする江莉香にユリアが声を掛けた。


 「分かっているけど、でも、気になるのよ」


 ついさっきまで楽しくおしゃべりしていた人が、突如として罪人認定され、縄に縛られて連行されていったのよ。こんな状況で落ち着いていられるほど肝は太くない。

 江莉香は檻に入れられた熊の様に、落ち着きなく歩き回るのだった。

 結局コルネリアが戻ってきたのは、日付が変わった時刻であったろうか。早寝早起きが身についてしまった江莉香は眠い目をこする。


 「待たせました」


 疲れ果てた様子のコルネリアが席に着いた。


 「お疲れ様。マリエンヌはどうなるの」


 江莉香は最大の懸念事項を口にした。


 「さて、正確な事は私には分かりかねる。後は十人委員会の仕事でしょう」

 「その、基本的な事を聞いてもいい」

 「いいですよ」

 「十人委員会って何。なんの委員会なの」

 「ああ、彼らは枢密院から選ばれた十人の行政官です。王都の治安の維持や、税の徴収などが主な仕事だ」

 

 なるほど、警察と税務所を合体させたものかな。


 「マリエンヌが捕まった理由は? 実際に何かしたの」

 「・・・その事ですが、すまない。詳しく聞き出そうとしたのだが、仔細は分からない」

 「えっ、その十人委員会の人に聞けばいいんじゃないの」

 「委員たちには会えなかった。その下で働いている者たちに尋ねはしたが、明確な返答は無かった」

 「どうして。教えてくれない理由でもあるの」

 「彼らには何も知らされていないのだろう。私もそうでしたから」

 「理由も知らされていないのに、人を捕まえるの? 」

 「珍しい事ではないのだろう。色々と聞いて回ったが、気にしている者はいなかった」

 

 日本の警察とは全然違うのね。

 ドラマで見る限りでは、日本の警察なら捕まえる前に逮捕状とか示して、捕まえる理由を言うんだけどな。

 こっちじゃ、謀反の容疑ってだけで捕まえるには十分なのかも。


 「団長にも尋ねたが、あの人はそもそも、この様な些事に興味がない。副団長は何か知っていそうだが、あの男は口が堅い。聞き出すことが出来ませんでした」

 「うーん。弱ったわね」


 これは想像より厄介だ。

 まさか、基礎情報すら得られないとは。

 両頬を押さえながら考え込む江莉香に向かって、コルネリアが提案をした。


 「私が知り得たことは少ない。これから話すことには憶測が混じるが、構わないだろうか」

 「はい。お願いします」

 

 江莉香は姿勢を正す。

 憶測でもなんでも、情報が欲しい。


 「初めに、ラナを名乗った女だが、本名はマリエンヌ・ヘシオドス・クールラント。王国でも有数の貴族の一門に連なる女です」


 よかった。本名を教えてくれたんだ。


 「育ちが良さそうだったからね。マリエンヌはセシリアと同じお嬢様って訳ね」

 「セシリアと同じ・・・こう言っては何ですが、クールラント一門はセンプローズよりも格上の家柄といわれています」

 「そうなんだ」


 家柄とか言われてもよく分からない。

 私から見たらどちらも雲の上の人たちだけど、貴族同士でも色々あるんだろうな。


 「私もこういった事柄に詳しいわけではないが、どうやらヘシオドス家はガエダ家の分家のようですね」


 分家か。

 分家と言えば、うちも窪塚家の分家かな。お父さんは次男坊だし。

 ただ、平民の分家と貴族様の分家を同列に語るのも変か。


 「ガエダ辺境伯の分家ってことは、ガエダ家もクールラント一門なのね」

 「そうです。ガエダ家が一門の中では筆頭の家格のようですね。ただ、ヘシオドス家の本領のトレバンは繫栄していると聞きます。実際の力関係は微妙だったでしょう」

 「ふーん」


 本家より裕福になった分家か。

 ややこしい。

 センプローズ一門にもあるのかな。そういうの。


 「その、ヘシオドス家がガエダ辺境伯に何かしでかして、それが裏切者とされたのね」

 「恐らく。推測するにガエダ家の三男の陰謀に、ヘシオドス伯が加担していたのだろう」


 分家が本家の争いに首を突っ込んで、何か得なことがあるのかな。変なの。


 「その結果。北方民たちが大挙してドルン河を越えようとしたのだ。一歩間違えれば、北部国境地帯は地獄絵図だったでしょう」

 「確かに」

 「センプローズ一門の軍団が、河沿いで踏みとどまり、アマヌの一族の来援もあったので、大事には至りませんでしたが、王家でも冬の戦役については、重く受け止めているでしょう」

 「ですよね」


 みんなの頑張りのお陰で、奇跡的になんとかなっただけで、将軍の軍団が崩壊していたり、ジュリエットの協力が無かったらどうなっていたことやら。


 「あれ? でも、それだと、おかしくないかな」


 新たな疑問が沸き上がる。


 「なにがです」

 「ガエダ家の三男だけど、自分の領地がボロボロになるかもなのに、どうしてそんな真似をしたの? 陰謀が上手くいって家督が継げたとしても、領地がボロボロだと意味が無いわよ。ドルン河の辺りって辺境伯領だったわよね」


 ガエダ家の三男の、行動原理が理解できない。


 「これも推測になるが、ランドリッツェの砦から南に向かえば、すぐに穀倉地帯のレキテーヌです。国境を突破した北方民たちを南に誘導し、損害の一部を他領に押し付けるつもりだったのやもしれぬ」

 「そこまでするか」


 流石に呆れる。


 「一部の貴族は、その様な考えの者もいます。領主のみながアスティー家のように防衛に熱心という訳ではない。あの家は別格です」

 「はぁー。身内同士、貴族同士の足の引っ張り合いか。良い家に生まれるのも考え物ね」


 江莉香は忍び寄る眠気を払うために、大きく伸びをした。


 「何を呑気な。その足の引っ張り合いに巻き込まれかけたのですよ」

 「そうだけど。でも、お話を聞く限り陰謀は、父親のヘシオドス伯が企んだ事でしょ。マリエンヌは関係ないわよね。これじゃ、ただの巻き添えじゃない」

 「そうですね」


 淡々と答えるコルネリアに苛立ちを覚えた。


 「そうですねじゃないと思うんだけど・・・仮に罪が確定したらどうなるの」

 「陰謀に加担したとされれば、死罪は免れぬ・・・哀れではあるが」

 「死罪って・・・親父が勝手なことして死罪になるのは自業自得だけど、それで娘まで巻き添えなんて、あんまりよ」


 江莉香は胸の中の憤りをコルネリアにぶつけた。


 「私に言わないでほしい」

 「そうね。ごめんなさい」


 コルネリアに文句を言っても仕方ない。ここは、こういう世界なんだから。


 「マリエンヌを助ける方法はある? 」


 情状酌量とか、執行猶予とか、尼寺に入るとか何かないの。


 「ありません。少なくともエリカに出来ることは何もない」


 即答されてしまった。

 江莉香の言葉を予想していたのか、コルネリアは冷静であった。


 「エリカ。酷な事を言いますが、彼女の事は忘れなさい」 

 「そんなの無理」

 「無理にでも忘れるのです。下手に庇い立てすると、貴方にも累が及ぶやもしれぬ。ニースのエリック卿も、それは望まぬであろう」

 

 うっ、ここで、エリックの名前を出されると弱い。

 私一人の事なら強がりも言えるけど、エリックにまで迷惑はかけられない。


 「累が及ばない方法で、何かない」


 ニースのみんなに迷惑はかけたくないけど、巻き添えを食らったマリエンヌを見捨てるもの嫌だ。


 「そのような都合の良い方法などない。後は十人委員会に任せるのです」


 私だってこっちの司法に口出しする気は毛頭ないけど、何かしら方法はあるでしょう。

 マリエンヌの無実を証明するとか、裁判を有利に進めるためにやり手の弁護士を雇うとか。あれ、そう言えば弁護士ってこっちでなんて言うのかな。分かんない。

 ああ、法律の勉強を後回しにしてきたツケが回ってきた。

 ニースで暮らす分にはほとんど必要ないけど、大きな街で活動するつもりなら、法律も一通り齧っておかないといけない。

 日本の法律が通用しない世界なんだから尚更だ。

 でもなぁ。法律を知っている人が身近にいないのよね。

 エリックは簡単な法律は知っていたけど、難しい法律の案件はオルレアーノの采配だって言っていたし。経験豊富なバルテンさんとかに、聞いておけばよかった。


 「マリエンヌは裁判にかけられるのよね」

 「普通は」


 良かった。一応裁判はあるみたいね。

 王様の命令で、裁判なしで死刑とかはないのか。


 「その裁判で、マリエンヌに罪が及ばない様に助ける人っている」

 「何か言いたいのです」

 「その、あれよ。マリエンヌは陰謀に関係ありませんって、マリエンヌの代りに、裁判で主張する法律とかに精通している人よ」


 弁護士の単語が分からないので、役割の説明をする。


 「もしかして、ディクタトーレの事を言っているのですか」


 コルネリアは江莉香の言いたいことを理解した。

 おっ、いい反応。こっちにも弁護士の先生的な人がいるのかな。


 「そうかもしれない。その、ディクタトーレって人は何をしてくれる人なの」

 

 コルネリアから、ディクタトーレの説明を受ける。

 説明を聴いた限りでは、概ね弁護士の先生と言っていい人だった。

 普通の弁護士との違いは、弁護を専門でやっている人は少なく、有力な貴族や学者、教会の偉い人などが、本業の傍ら、依頼された裁判で弁護の論陣を張るらしい。

 勿論、お願いするには、大金と何よりもその人とのコネが必要で、一般庶民とは縁遠い存在だった。 

 庶民の裁判には、この人たちは滅多に出てこないという。

 このディクタトーレに、マリエンヌの弁護をお願いしようと提案した。


 「難しい。仮にお金が工面できても、彼らと面識のないエリカの依頼に応える物好きはいない」

 「私と繋がりはなくても、ヘシオドス家やクールラント一門と繋がりのある人はいるでしょ。その人に頼むのはどうかな」


 いい案に思えたが、コルネリアの見解は違った。


 「話としては分かるが、望みは薄い。この時期に、裏切者のヘシオドス家との繋がりを強調したいディクタトーレが、果たしているかどうか。下手に救解して彼らと同一視させられては、たまったものではない」

 「ああ、そういう考え方もあるのか」

 

 弁護士と違って、身の上の中立性が保障されているわけじゃないのね。

 わざわざ火中の栗を拾いにはいかないか。


 「うーん。他にはない」

 「運が良ければ王陛下から、恩赦が与えられるかもしれぬが、まずあり得ないでしょう」

 「空から降ってきたような幸運には、期待できないわよね」


 想定外の出来事が続き、頭の回路がショート寸前の江莉香であった。

  


                 続く

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