第一章 「辻堂さんちのあずかり処」②
「お疲れ、
さつきは門の横に自転車を停めると、カゴからクーラーボックスとトートバッグを取り出し、肩にかける。
「うちのエアコン壊れちゃってさ。直るまで航夜んち居座ろうと思って」
悪びれず答えた幼馴染に、航夜は露骨に顔をしかめた。
「エアコンがないなら扇風機があるだろ」
「そんなマリーアントワネットみたいなこと言っちゃう? せっかく美味しいお土産持ってきてあげたのに」
さつきがこれみよがしにクーラーボックスの蓋を開ける。
中にはタッパーに入った手づくりの浅漬けや惣菜、牛乳寒天が隙無く詰め込まれていた。
いずれもさつきの祖母お手製の、航夜の好物たちだ。
返す言葉に詰まる航夜をすり抜けて、さつきは鼻歌交じりに玄関へと向かう。勝手知ったる足取りで庭をぐるりと囲む廊下を進み、台所へ向かった。
「そういえば、今回は何を預かったの?」
持参した料理やデザートを冷蔵庫に入れながらさつきが尋ねると、航夜は渋い顔をしたまま答える。
「暗いところで目が光って、髪が伸びて、何度捨てても家に戻って来る市松人形」
「うわー、またベタなの来たねえ」
クーラーボックスが空になると、グラスを二つ用意して麦茶を注ぐ。
そのうち片方を航夜に手渡してから、さつきは冷えた麦茶をひと息に飲み干した。
「ずっと気になってたんだけどさ。なんで人形って、捨てても戻って来るパターン多いの?」
「人形だって汚いゴミ捨て場よりは、ずっと家の中にいたいんだろ」
航夜は投げやりに答えると麦茶を一口飲み、ため息をついた。
「引きこもりの現役が言うと、説得力が違うねえ」
茶化すように言う幼馴染の少女を、涼やかに切れ上がった目でじろりと睨む。
「悪かったな、現役の引きこもりで」
麦茶の入ったグラスを片手に、二人は居間に向かった。
冷房の利いた和室に入るなり、さつきは座布団を畳に四枚敷いて、その上にごろりと仰向けに寝転がる。
「ふー涼しい。極楽、極楽。やっぱ夏はエアコンがなくちゃ」
文明の利器を満喫する幼馴染を横目に、航夜は読みかけの文庫本を開いた。
「何読んでるの?」
何気なく尋ねるさつきに、文庫本の表紙を向ける。
いまいち読み方が分からない漢字が並ぶタイトルと著者名に、さつきはなんだか難しそうな本だとぼんやり思った。
「……面白い?」
「別に。お前らでいう参考書みたいなもんだし」
「やっぱり頭いいよね、航夜って」
そこまで言って、さつきは不意に口をつぐむ。
「なんだよ」
「夏休みの宿題、後で教えて」
航夜は少し伸びた前髪からのぞく猫のような吊り目をさらに吊り上げた。
「自分でやれ」
「ケチ」
ふん、と鼻を鳴らし、再び文庫に視線を落とす。
「そんなんだから赤点ばっかりとるんだ。先に言っとくけど、今年は手伝わないからな」
スマホでSNSをチェックし始めたさつきに、航夜は本から顔を上げず、去年の夏休みの初日と全く同じ忠告をした。
しばらくすると、玄関の戸別受信機から正午のサイレンが鳴り響く。座布団を枕に寝転がり、スマホをいじっていたさつきがむくりと起き上がった。
「あ、そうだ忘れてた。来週、叔母さんが従弟と一緒にこっちに来るだ。その時、叔母さんが航夜に預かってほしいものがあるらしいんだけど、いい?」
「物にもよるけど、何を預かるんだ」
航夜が文庫本から顔を上げる。さつきはスマホを膝の上に置くと、幼馴染みに向き直った。
「絵本を一冊、預かってほしいんだって」
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