第六章 遊猟区域

88.ケランダットのくせに生意気だぞ

 ガガラの復興の手伝いを終えたベルトリウスは、理想の国を完成させた少女達を地上に残し、他の作業員ごくとと共に領地へ撤収した。


 荒野に到着すると、まずは女王の元に報告に向かう。

 ランカガに一瞬で撃ち殺されたベルトリウスが次に目を覚ました時には、全てが終わっていた。まさかエイレンが彼を仕留めるとは誰も予想だにしていなかった。

 彼女は自らの意志で能力を覚醒させたのだ。これはとてつもなく恐ろしい出来事だ。もしエイレンが、飲み込んだ術師達の魔術を扱えるようになったとしたら……もしそれを全ての人形に反映できたとしたならば、彼女はたった独りで地上の大国と競り合うことが可能なのだ。


 まだ自我が定まっていないうちに、イヴリーチが味方に引き込んでおいてくれて良かった。この世の生命体の数だけ魔術師を量産できる敵など、相手をしてもしきれない。


 ベルトリウスとエカノダは今回の一戦について、そう評した。

 報告があらかた終了すると、次は放置していたあの男についての話題に移った。



「それで、強化成功しました? まぁ、あいつが出てこないってことは失敗してんでしょうけど」

「そうね……正直、失敗続きよ。あの男の肩を持つわけではないけれど、やはり人間と魔物では性質が違うのよ。慣れる慣れないの問題ではないわ。他の手を考えた方が賢明よ」

「へぇ……そうなのか、オイパーゴス?」


 ベルトリウスは玉座に腰掛けるエカノダの隣に控えていたオイパーゴスへと、視線をずらした。

 元より甘さを捨て切れないエカノダの返しには期待していない。こういった心ない案件に関しては、情を切り離して考えられるオイパーゴスが適任だった。


「ワシもずぅっと観察しとったんやけどなァ、失敗の原因てズバリ、あの子の気の弱さやない? 元々思考が不安定な子やったんやろ? ンナラ、もっと強固な意思を確立させれば、混沌こんとん坩堝るつぼにも耐えられるようになるンやないの?」

「あいつ薬の後遺症で頭がおかしくなってっから、意思が簡単に折れちまうんだよ。何とかならねぇか?」

「ウ〜ン……クスリねぇ……そんなら、地獄のモンを食べればええんやない? ”毒をモッて毒を制ス”や。地獄っちゅーんは魂の行き着く先……言い換えれば生命力、活力の溜まり場やからな。そこに生きる魔物や草花、流れる水の一滴一滴にも生気が宿っとる……と、ワシは考えとる。やから、あの子に魔物の肉なり群生する木の実なりを与えて毒素を上書きしちゃえばイイと思うのよね。食事リョーホーっちゅーヤツ?」

「上書きねぇ……魔物の肉って人間が食っていいものなのか?」


 こうしてベルトリウスとオイパーゴスが自分の意見を無視して話を進めていくので、エカノダは両者の会話を遮るように刺々とげとげしく言葉を投げ掛けた。


「あの男、お前とは会いたくないって言ってたけどね」

「はぁ? この俺がせっかく正気に戻してやろうと尽力してるってのに、あいつ文句言ってやがるんですか?」


 ベルトリウスはまわしそうに言って首を傾げた。己の都合で仲間の人格をねじ曲げている男が、あたかも相手に非があるかのように振る舞う様子にエカノダは呆れてかぶりを振った。


「結局一度も成功しなかったから、合わせる顔がないそうよ。オイパーゴスが追い込みすぎたせいで私にさえ心を閉ざしてしまったし……せっかく薬を断たせて使える手駒になったというのに、お前達のせいだからね。責任持って解決しなさいよ」

「だから、今解決しようとしてるじゃないですか」

「なぁに? なにか言った? 声が小さくて聞こえなかったわ?」

「……はぁ……へいへい、俺らのせいですよ。何とかしますとも……俺はちょっくら様子を見てきますんで、これで……」

「また変に脅すのはやめなさいね。わ・た・し・が! 面倒をこうむるのだから」

「分かりましたって……」

「キョキョッ。ンな怒らんでやエカノダちゅわ〜ん。ワシらやって、よかれと思ってやってたダケや〜ん?」


 すっかりへそを曲げてしまった女王に、二匹の獄徒はそれぞれ逃げの姿勢に転じたのであった。




 後始末をオイパーゴスに任せて玉座の間を出たベルトリウスは、ケランダットに割り当てられた個室へと向かった。

 別行動を取る前のケランダットは比較的に安定していた。エカノダの腕を落とした例の一件以来、ベルトリウスの機嫌を過度に気に掛けるようにはなったものの、目立った激昂はなかった。

 だが、エカノダの口ぶりではまた気分の上がり下がりが激しくなっているのかもしれない。石の扉の前で溜息を一つ吐くと、ベルトリウスは引手に手を掛けて一気に扉を横に開け、ずかずかと部屋の中へ足を進めた。


「うぉーい、元気かぁー?」

「くっ、来るなぁっ!! それ以上近付くなぁっ!!」


 壁に掛けられたカンテラの青い光に照らされ、ベッドの上で膨れ上がった布の塊が叫びを上げた。ベルトリウスは面倒くさそうに顔をしかめ、震える”それ”に近寄った。


「なぁーにが”来るな”だ。いい年した大人がガキみてぇに閉じこもってんじゃねぇぞ」

「ぅぅ……おまえの望む結果を得られなかったっ……!! いまの俺をみたらおまえっ……幻滅しちまうっ……!!」

「幻滅するほどお前に期待してねぇよ……おらっ、いつまでそうやってるつもりだ! いいから出てこい!」


 ベルトリウスは数枚重なった掛布の束を引っ掴み、強引にバサッ! とめくり上げた。現れた男は横向きの状態で背を丸めていて、自前の長髪で隠れる顔面……その隙間から、涙ぐんだ目でこちらを見上げていた。

 身長の割に痩せ型であったケランダットは最近ようやくまともな食生活を送るようになり、体重を増加させていたのだが、しばらぬ見ぬ間にまたやつれてしまったようだ。

 顔の肉が減り、目の窪みやクマも一層濃くなった。心なしか髪も薄くなった相棒の衰弱すいじゃくした姿を見て、ベルトリウスは思わず口から息を噴き出した。


「ぶはっ!!!! おめっ、すんげぇ顔してんなぁっ!? 今にも死にかけって感じ!! ぐぁはははははーーーーっ!!!!」

「お”っ……!? おまえのためにがんばってたのに……っ、なにを笑ってんだぁ―― !?」


 ゲラゲラと己を嘲笑うベルトリウスに、ケランダットは線が切れたようにベッドから跳び出てて掴み掛かった。

 カァッとなった頭が拳を振るわせる。何度も友の頭部を殴打する感触がケランダットの熱を増幅させ、止め時を見失わせた。


「おめぇのっ、ためにっ、やってんだろうがっ!!!! 俺を笑ってんじゃねぇ!!!! 俺を笑ってんじゃねぇぞっ!!!! 俺がどんだけつらい思いをして耐えてっ―― …………………………ああああああああごめんまた殴っちまったぁ!!?? 最近治まってきてたのに!!?? ど、ど、ど、どうすればいいっ!? あやまるっ、あやまるからっ、ごめん悪かったから怒らないでくれぇ!!??」

「ぶははっ!! 泣くか怒鳴るかどっちかにしろよ! 可哀想になぁ、その様子じゃ食事も満足に取ってねぇんだろ? 頬がこんなにこけちまって……って、それは元からか! あはは!」


 最早慣れてしまったベルトリウスは、人が変わったように情けなく眉尻を下げて謝りだしたケランダットを軽くあしらい体を起こした。

 痛覚を失ったベルトリウスは、殴られた程度では反発する感情がこれっぽっちも湧かなくなっていた。人間らしさは減ったものの、本人達にとっては良いことだ。こうして喧嘩が勃発しても、すぐに収拾に向かうのだから……。



「……お……怒ってないかっ……?」

「怒ってないよ。それよりオイパーゴスからいい話を聞いたんだ。魔物の肉を食えばお前は正気に戻れるらしいぞ。今すぐ狩りに行こう。特別に俺が調理してやる」

「そうかっ、よかった、怒ってなく、て………………え? まもの……? まものを食べ……え……?」


 いつもの如く許しを得てひと安心したケランダットは続けて、普段は上げない頓狂とんきょうな声を漏らしてベルトリウスを見つめた。ニコニコと笑いかけてくる相棒の発言をもう一度復唱してみるも、やはり理解はできなかった。

 ”どうして魔物の肉を食べると正気に戻るのか?”、”何故今すぐ狩りに行く流れになったのか?”など、疑問を浮かばせるケランダットに対し有無を言わせぬように、ベルトリウスは骨の出っ張った肩に手を置いて先んじて答えた。


「何も考えるな、お前はただ敵をぶっ殺して出された料理を食えばいいんだよ。分かったな? 分かったら立ち上がって支度をしろ」

「いや……魔物を食ってどうして正気になるんだ……? それに今は……すごく疲れてて……あの卵に入ってから、体調もよくないし……」

「うるせぇなあ!! いいから黙ってついてこい!! 俺の飯が食えねぇってのか!?」

「な、なんだよそれぇ……!?」



 無理矢理腕を取られ立ち上がらせられたケランダットは、そのまま背中を強く押され部屋から叩き出されてしまった。

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