第四章 選抜・熱湯昂死宴!

65.開会宣言

 酷ぇよな。皆して俺を犬猫みてぇに捨てやがる。それなりに尽くしてやったってのに恩知らずな奴らだぜ。でもまぁ、賢明な判断だな。俺なんてそばに置いといても、ろくな目に遭わないからな。


―― 後悔してるか? ――


 後悔? 何にだよ? 後悔すんのはそっちの方だろ。あんたも俺に関わらなきゃ、死なずに済んだかもしれねぇのに。


―― ……お前は俺とよく似てる。悪党としての伸びしろで言えばお前の方が上かもな。きっと今以上にろくでもねぇ大人に成長して、他人の人生を滅茶苦茶に引っ掻き回すんだろうぜ ――


 ははっ、そんなことも言ってたっけ。使えるもんは使っとけってあんたが教えてくれたんだろ? 俺なんかにいいように使われたそいつらが悪いのさ。あぁ、ちなみにあんたも含まれてるぜ、その間抜け共の中にさぁ。


―― なぁ……長生きしろよ、ベルトリウス ――


 ハッ! そのアホくせぇ台詞を二度も聞くことになるとはな!

 ……今更なんだってんだ。悪もんが長生きできるわけねぇだろ。

 俺はあんたみてぇに甘くねぇし、あんたみたいに誰かを気に掛けたりしない。俺は俺だけのために生きていくんだ。あんただってそうしてりゃよかったのに、強者がわざわざ仲間なんて弱みを持つなんて、どうかしてるぜ。



 ……んだよ、人が喋ってる最中に死んじまいやがって。

 ってかあんた、あの時もそんな死に顔だったわけ? くくっ、すっげぇアホ面! いつも”自分は無敵です”みたいな顔してたくせに、あっけねぇ終わり方だなぁ? 超笑えんだけど!

 俺はあんたの死に顔をずっと楽しみにしてたからさぁ、最後の最後で看取れなくて残念だったんだ。そりゃ、あんたみたいなクズ野郎が安らかに眠れるわけがねぇもんなぁ? ははっ、やっとこれからって時に死にやがって! あんたも残された奴らも、全員まとめてざまぁみやがれってんだ! あはっ、あははははっ!




 本当……どいつもこいつも勝手なんだよ。だから俺も勝手にするよ。
















 カサカサと耳元で不快な音がする。虫が地や壁をあちこち移動する時のものだ。

 煩わしさにまぶたを開くと、目の前には本当に”虫”がいた。


「ァ"リリリリリリッ」

「ヴォエッッ!! っんだ、テメェッ!?」


 懐かしい死人との語らいから目覚めたベルトリウスは、頭上から己を覗いていた図体の大きな二足歩行の羽虫から距離を取った。

 ギョロリと大きな目玉を複数個頭部につけたそいつは、首を左右へせわしなく傾げながらベルトリウスを見下ろし、大顎をカパカパと開閉させて独特な鳴き声を発している。


 ふと周囲を見渡せば、辺りには形態こそ違えど羽虫と同じような体の大きい虫で溢れていた。恐らくは彼らも魔物であろう。互いに触角を揺らしたり、変則的な呼吸リズムで威嚇し合ったりしながら落ち着きなくたむろっている。


 ベルトリウスは急いで立ち上がると、首を傾げて見守る羽虫を無視して現状の確認と整理のために周辺を歩き出した。

 エカノダに攻撃された後、クリーパーに飲み込まれたまでは覚えている。ここは枯れ木しかない見慣れた荒野とは違い、空は遥か彼方……高い絶壁に囲まれた地階、谷の底だ。存在しているだけで汗が噴き出す、熱気立ち込める謎の場所……。

 雰囲気で分かる。ここはエカノダの領地外。全く見知らぬ土地へと飛ばされてしまったようだった。


 ベルトリウスは主人に貫かれた腹を撫でながら、今いる中心部より端の方へ向かった。いつの間にか空いていたはずの腹の穴は塞がっていた。自然治癒力が高まっているとはいえ、あれほどの傷が綺麗サッパリ元通りになるにはある程度の時間を要するというのに、これはどういうことだろうかと末端地点の途切れた地面の下を覗き込んだ時だった。


 ちょうど下から突風が舞い、顔面に強い熱風が当たり顔をしかめていると、後方で虫達が一斉にざわめき出した。


「ンディーー、ンディーーーー、ミ”ィ”ーーーーッィ”ヒヒッ。ミ”ィ”ィ”ィ”ーーッ」


 高域の耳障りな音が崖にぶつかって反響し、拡張器でも使ったみたいに大音量となって谷一帯に響き渡る。

 耳を塞ぎながら音の出所である上空を見上げると、そこには双角の生えた人骨のような仮面を被った、一匹の虫型の魔物が滞空していた。


「ギミ”ィ”ッ、フーーーーーーーーッリリリリリリッ! キョキョキョッ!」


 ずんぐりむっくりのその魔物が独特の鳴き声を上げると、ベルトリウスと同じ地に立つ魔物達はまたも一斉に鳴き声を上げた。


「シャーーーーーーーーーーーーッッ!!!!」

「プゥキッ!! ンギィーーーーーーーーッッ!!!!」

「キャーーーーッ!!!! キャーーーーーーーーーッッ!!!! 」

「うわっ……なんだこいつらっ……」


 抗議するように声を張って鳴き出す魔物達に、彼らの言語を理解していないベルトリウスは引き気味に見つめるしかなかった。

 魔物達は空飛ぶ一体がまだ何か唱えているにもかかわらずキーキーと騒ぎ続けた。すると、遠くの方で”ギャーーーーッ!!”という、複数体の叫び声が加わった。さらに崖が崩れるような轟音も続くと、一連の大音の正体は頭上へと現れたのだった。


 それは何十メートルもありそうな大きなムカデだった。捕食に秀でた顎肢がくしには”かえし”となる鋭い針が付いており、貫かれた虫達はどれだけ藻掻こうとも逃れられはしなかい。大ムカデは体を器用にくねらせると、顎肢に突き刺した魔物達を無数の棘が生えた長い舌で絡め抜き取り、隠れていた口を開けると中に放り投げて咀嚼した。

 向こうからすればな食料をすぐに飲み込むと、大ムカデはまたゾリゾリと無数の足を動かして崖を這った。そして仮面の魔物の背後に控えるように、視界の先で巨体を止めた。


 先程の魔物達は本能的に声を上げるのを止めた。

 言葉の通じないベルトリウスでも分かる。あの大ムカデは”大人しく話を聞け”と行動で示しているのだ。


 強力な助っ人の登場により静まり返った有象無象を前に、仮面の魔物は涼しい顔でまた何かを鳴き出した。

 彼の最後の一鳴きを聞くと、魔物達は周辺の個体と顔を見合わせ、困惑したように小さく鳴き始めた。

 その様子は中に人間が入っているのではないかと思うくらいに仕草から感情が読み取られ、何とも異様で滑稽こっけいな光景であった。



 しかし、ベルトリウスは焦っていた。これから起こるであろう良くない出来事を、理解できていないのは自分だけだからだ。

 なので、ここは一か八か仮面の魔物に説明を求めてみることにした。


「おーーーーいっ!! 何言ってんのかサッパリ分かんねぇんだよーーーーっ!! 俺にも分かるよう人間様の言葉で説明しやがれ虫ケラがぁっ!!」


 ベルトリウスの怒鳴り声に大ムカデはピクッと触角を揺らした。周囲の魔物達は巻き込まれまいとサッと唯一の人型の魔物から距離を取り、ベルトリウスの周りにだけポッカリと穴が空いた。

 大ムカデの気に障ると大変に困る賭けではあったが、先に動いたのは願ってもない仮面の魔物の方だった。


「……ア、アァーーーー……ンン〜〜、ニンゲンっちゃあ、こんな感じやったかいな? ……アー、これでダイジョーブ? 伝わっとる? 返事をくださいなー」

「……マジで喋れんのかよ」


 なまってはいるが、人間の言葉を流暢りゅうちょうに語る仮面の魔物は、遠くからでは見えなかった薄い羽をばたつかせながらベルトリウスの元まで下降してきた。

 仮面の奥に覗く、黄色に発光する二つの目が強弱に点滅を繰り返してベルトリウスを捉える。白濁はくだくの骨面の下からは黒地に青の斑点模様が付いた何本もの太い触手が生えており、モジャモジャと髭のように首部分まで垂れ下がってはそれぞれうねり踊っている。

 だらしない中年男性のビール腹にも見える節の膨らんだ腹からは、重そうな上体を支えるための筋が張り詰まった太く屈折した歩脚が一対伸びており、尻部分には面の下にある触手と同様のものが数多く揺れ動いている。

 それらを外套を纏うかの如く畳んだ羽で覆い隠すと、仮面の魔物は一歩ずつベルトリウスへと近付いてきた。


「ワシ、オイパーゴス言うモンですわ。この辺で管理者やっとります。キミのね、ヒッドイ怪我治したんはワシ。この子らも同じように倒れとったところを拾ってきて治療してやったわけや。でもこれ、慈善事業でやっとるんわけじゃあないんやね。見返りにちょっとした余興を要求しとるのよ。この盆の上で最後の一人になるまで殺し合ってもらおうっちゅーね。やっすいオネガイやろ?」


 キョキョキョッ、と笑うオイパーゴスの鳴き声は、実に魔物らしいおぞましい音をしていた。

 ”管理者”という言葉を聞き、ベルトリウスは思わず溜息がこぼれた。助けた者を改めて殺すとはたちが悪い。しかも、見世物扱いとは。本当に、管理者というのは誰も彼も自由ではた迷惑な奴らだと、無駄に終わるであろう反抗を諦め、代わりに舌打ちをかまして答えた。


「それは……どんな手を使ってもいいのか?」

「ええよ。あとここだけの話、相手を下に突き落とせば楽チンやで。下はメッチャ熱々の血の湯が煮立っとるから、落ちた瞬間肉も骨も溶けてボァッと蒸発や! キミも落っこちんよう気ぃつけぇや。ちゅーことで、最後の一人になれるよう頑張ってなー」

「ありがてぇ助言だが、そんな攻略法を俺に教えてくれていいのか?」


 手を振って再度飛び立とうとする前に尋ねると、オイパーゴスは光る瞳をニッと三日月に歪ませて弾むように言った。


「ワシらいつも仲間内で仲良ぅ下にある温泉に浸かりながら、集めた魔物で生き残りの予想立てて遊んどんねん。で、ワシは毎度キミみたいな貧弱そうなモンに賭けとる。ワシは大穴狙いやからな。ちっこい二足型は基本的に秒で死ぬんやが、だからこそ勝ち残った時のロマンが大きいやろ?」

「あ、そう……ちなみに、あんたはその賭けに負けたらどうなるんだ?」

「ワシ? ワシは負けたら食われるで。この遊びは敵個体の力量を測るっちゅー意味合いも兼ねとるからなぁ。見る目のないモンは生きる価値がないっちゅーことやね。そういうこって、期間中に一回も当てられんかったモンは仲間にむさぼり食われて死ぬんや。ワシはあえて弱そうな競争者を選んで全敗しとるから、今回当たらんだらホンマモンの命の危機や」

「危機って……食われるのか? あんたも? 管理者ってのは上に立つ特別な魔物なんだろ?」

「管理者だろうが特別だろうが、死ぬ時は死ぬやろ。地獄ってそういう所やん」


 あっけらかんと言うオイパーゴスに、ベルトリウスは一瞬の間を置いて吹き出して笑った。地方の酒場で出会ったオヤジと語り合っているような馴染みやすさと緊張感のなさ。上位者であるはずのオイパーゴス自身の命を遊びに使う頭の飛び具合が、妙に笑いのツボを刺激した。

 一方でオイパーゴスも、この状況下で普段の調子を保ち続けるベルトリウスに誘い笑いを受けていた。


「キミって諦めがよくって……変な子やなぁ。別にええけど。ほな、あすこにおるワシの友達がえたら始まりやから。気合いれてな」

「待ってくれ。もし俺が最後の一人になれたら、その時はどうなるんだ?」

「ンモォー、そろそろ行かしてぇーなぁー! ンー……別に決めとらんよ。好きにしてくれたらええ。今までに生き残った優勝者は皆ソッコーこの領地から逃げ失せとるけど、キミもそうすれば?」

「ふーん……なぁ、俺が勝ったら一つ言うことを聞いてくれよ。命を賭けて暇潰しになってやるんだから、それくらいはいいだろう?」


  オイパーゴスは面の奥に潜む黄の目をチカチカと点滅させた。そして粘膜を撒き散らしながら口の触手を”ブルルッ”と震わせて笑うと、ベルトリウスを見据えてゆっくりと頷いた。


「キョキョッ! 本当に変な子やねぇ! まぁ、それでこそワシが賭けた競争者や。ええよ、勝ったら何でもお願い聞いたる。んだから、せいぜい必死こくことやな」

「そうこなくっちゃ」


 ”俄然やる気が湧いたよ”、とベルトリウスが言うと、オイパーゴスはまた目を点滅させて奇妙な笑い声を上げ、今度こそ大ムカデがいる場所まで飛んで戻っていった。


 この場において圧倒的支配者たる大ムカデを率いるオイパーゴスと長いこと対面で会話していたことにより、ベルトリウスは周囲の魔物から訝しげな目を向けられていた。

 突き刺すような殺意が交差する中、”虫ケラ共”の蹴落とし合いの開幕の鐘となる大ムカデの咆哮が谷底に轟いた。

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