3.世界
地獄。
地獄は”
地上で死んだ者―― 亡者の魂は霊界へと昇り、地獄と冥界の狭間を漂う。この狭間で浮遊する魂を、魔物や神は自らの世界に引き込むことがある。魔物は無力な魂をいたぶるために、神はそんな魔物から清き魂を救うために。
魔物という生物は知能が低いのが大半だ。そもそも魔物とは亡者の魂が組み変わったもの。詰まるところ、生まれ変わりなのだ。魔物となる条件を解明した者はおらず、また解明しようとする者もいない。
本能に従うだけの
管理者は生まれながらに、ある強い闘争心を持っている。
”この広大な地獄を統べる王となれ”、という体の内から湧き上がる抗えぬ意志だ。
何故管理者が生まれるのか?
何故管理者だけが特別な力を有しているのか?
この二点についても明らかにはなっていない。誰も興味がないのだ。皆、あるがままの競争意識に従い、命を散らしてゆくだけ……。
また、管理者は生まれた地点から一定の範囲を”領地”として所有する。
多くの管理者は主従の契りを交わした”獄徒”と呼ばれる配下を率いて、別の管理者と抗争する。勝利すれば使役していた獄徒ごと相手の領地を自分の物にできるが、敗北すれば前述の事柄が自分の身に返ってくる。
上位者同士の戦いほど相討ちになる確率が高く、双方が命を落とした場合は互いの所有していた領地が空地となり、無に帰する。
こうして地獄では、太古から王座の争奪戦が延々と繰り広げられていたのだ。
「はぁ……頭の上の世界でそんなことが……ってことは、あなた……エカノダ様は”管理者”ってやつで?」
「その通り。私には魔物を強化したり改造したりする力があるの。卵に魂を入れて獄徒を生み出すこともできる。まぁ、資源不足で今のところは全然手数が増えてないけれどね」
エカノダは頬に手を添え、”はぁ”と溜息を吐いた。資源というのは魂のことだろう。つまり、地上の死者が少ないということだ。
ベルトリウスはふと疑問に思ったことを聞いてみる。
「俺は
「いいえ、ただの亡者だった。さっきやったアレが改造……魔物にしかやったことなかったから上手くいくか賭けだったけど。アレが成功し、お前は晴れて魔物の仲間入りをしたのよ」
「失敗してたらどうなってたんですか?」
「魂が破裂して地獄中に散らばるか、逆に濃縮されて無限の苦痛を感じるか……何にしても酷い状態であちこちを彷徨うんじゃない? 分からないわ」
物騒な言葉を並べてエカノダはクスリと笑う。
ベルトリウスは先程の儀式の前に危険性を尋ねておかなくてよかったと心底思った。世の中には知らずに乗り越えた方が良い試練もある。
「それにしても、エカノダ様が管理者なら俺達も他の
「それが悩みの種なの。実は私も最近魔物になったばかりでね。まだよそに喧嘩を売れるほどの力がないから、しばらくは獄徒を増やすことに集中するわ。……というわけで、お前には地上へ赴き生者狩りをしてきてもらう」
突然任務が振られ、ベルトリウスは思わず”えっ”と声を漏らした。
エカノダはそんな反応を無視し、卵にそっと触れて表面を優しくなぞる。
「この卵に入れる魂が足りないの。霊界に昇ってきた魂を
素晴らしい作戦だろうと言わんばかりに胸を張るエカノダに、ベルトリウスはそんなに上手くいくのかと顔をしかめた。
「お言葉ですが、エカノダ様と同じ考えの管理者が先にいるんじゃないですか? 有能な獄徒を地上へ送って暴れさせて、何らかの方法で魂を集めてる奴が……」
「まぁ、いるでしょうね。でも今はこの方法が一番手っ取り早い。お前には頑張ってもらうしかないわ」
「いやいやいや、見てくださいよこの体! 何もやってねーのにボロボロですよ! 話の流れ的に奪い合いする感じですけど、こんなんじゃ戦う前に死んじゃいますって!」
「腐っても魔物、さらにいうと獄徒よ。お前にも特別な力が与えられているわ」
「マジですか! そういうことは先に言ってくださいや!それで、どんな能力なんですか?」
無駄に肉体が劣化したと感じていたベルトリウスはホッと胸を
対するエカノダは考え込むように
「そうね……うーん……」
「分からないなら分からないって言ってください……」
「分からないわ」
「そうですか……」
「ぶっつけ本番よ。大丈夫、保険は掛けてあるから。管理者を信じなさい」
「信じらんねぇ……」
「よし、気合は充分ね! それじゃあ……」
エカノダは何やら一言呟いた。すると、地面が小刻みに揺れ、二人の近くに大きな穴が出現した。
「げっ! こいつって!」
恐怖との
あぁ、まさか……。
「この子はクリーパー。腹の中を色んな空間に繋げることができるの。地上に連れてってくれるわ」
「スミマセンもっと別の方法は……」
「ない。行きなさい」
クリーパーは大口を開けて待っていた。食事中だったのか、チラリと見える歯の隙間に
動かない背中をエカノダが両手でドンッと押すと、ベルトリウスは情けない悲鳴を上げて魔物の中へと落ちていった。
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