第43話 投票用紙の真実
それから日付を跨ぐまで、3人はお菓子を囲んで語り合った。カンナとコヂカの馴れ初め話、マリの幼稚園時代の初恋、そしてコヂカの弟、カナタの話。思春期のコヂカたちにとって、いつまでも話題は尽きなかった。
「なんか暴露大会みたいになってきたね」
布団の上にうつ伏せに寝たコヂカが言った。カンナが小学時代に男子にしたイタズラ話から、これまで隠してきた秘密を残りの二人に打ち明ける流れになっていたのだ。コヂカは一瞬、シーグラスとヲネのことが頭に浮かんだが、すんでのところで思いとどまった。いくらカンナとマリでもこの秘密だけは話すわけにはいかない。するとカンナが、
「じゃあ順番に話していこうか、次はコヂカね」
と提案した。彼女は体育座りして膝の上に顎を乗せ、足を布団につけたり離したりしている。
「え、どうしよ」
コヂカはいきなり話を振られて戸惑った。その場をつなげるだけの面白い暴露話なんてない。カンナやマリの人生が波乱万丈すぎて、コヂカの17年間が霞んでしまう。2人に隠していたことと言えば、カヅキへの想いくらいしかない。コヂカが生徒会長に立候補したのは、カヅキとの時間を作りたかったからだ。もちろん、生徒会でやりたいことはあったが、カヅキが候補者にいかなったら、コヂカは生徒会長にはならなかった。そんな経緯を話すと、なぜかマリが暗い顔をした。
「そうだったんだ」
「マリ、どうかしたの?」
コヂカが尋ねると、カンナとマリは目を見合わせた。
「ごめん、うちらコヂカに謝らなければいけないことがあるの」
カンナがそう言った。楽しい暴露大会に少しだけ緊張が走る。
「え? なに?」
「あの時の生徒会選挙。うちらは須坂さんに投票したんだ」
マリは真剣な面持ちで告白した。しかし、それはコヂカが既に知っていることだった。ヲネに言われて、投票用紙の残り香を嗅いで、コヂカがショックを受けた、残酷なだけの真実だった。もう忘れかけていた真実の告白に、コヂカの心に再び疑問が沸き上がる。そしてその答えを、カンナはすぐに話しはじめた。
「ごめんね。ほんとは親友のコヂカに入れるべきだったんだけど、うちが悪いの。うちがマリ『たち』にコヂカには投票しないでって言っちゃったから」
「カンナのせいじゃないよ、『うちら』も賛成してたし」
「なんで……?」
コヂカは失望に似た声を漏らした。すかさずカンナが言った。
「コヂカともっと一緒にいたかったから」
「え?」
「コヂカが生徒会長になれなければ、うちらが部活を引退したあと、もっと一緒に遊べる。そう思ったの。生徒会の任期って秋までだから、引退してもすぐ受験期に入っちゃうし……」
「うん。でもこれはうちらのわがままで、コヂカの気持ちを何一つ考えていなかった。本当にごめんね」
カンナとマリは小さく瞼を瞑って申し訳なさそうな顔をした。そうだったんだ。コヂカは投票用紙の真実を初めて知り、心のもやが綺麗に晴れていくのが分かった。すべてはカンナのコヂカと一緒に居たい気持ちからはじまり、それがコヂカの勝手な解釈によって誤解へと発展しただけだった。二人はコヂカのことを疎ましくなんて思っていなかったんだ。
「許すか許さないかで言ったら、許さない。生徒の一票ってすごく大事なんだから、私よりも、そんな理由で投票された須坂さんの気持ちを考えて、二人には反省してほしい」
「ごめん……」
カンナとマリは小さく肩を落とす。
「でも私に関してはもういいの。二人の気持ちはもう十分に伝わったから。私の方こそ、時間とれなくてごめんね」
コヂカはそう言って笑顔を見せると、カンナは泣きそうな顔をした。
「コヂカが謝ることじゃないよ」
「うん、そうだよ。バカなうちらでごめんね」
マリは額に手を当てて言った。彼女の目元は隠れてしまって伺えない。カンナは涙を落とさないように天井をみた。
「やっとコヂカに言えた。ずっと悪い事をしちゃったなってもやもやしてたの」
「カンナさん一生の不覚だよね」
「もう、マリうるさい……」
涙を拭うカンナ。それを茶化すマリ。コヂカはそんな2人の様子をみて、なぜだか安心した。心の壁がゆっくりと無くなっていく
「卒業してもまた『4人で』集まりたいな」
コヂカが何気なく呟いたその一言に、マリもカンナも同意する。
「もちろん。うちら『4人の』友情は不滅だよね」
「マリの言い方、なんか昭和っぽい」
「ええっ、そうかな?!」
「うん、そうかも」
「もう、コヂカまでそんなこと言わないで!」
そうして『4人は』小さく笑い合った。下の階のマリの両親に迷惑が掛からないように小声で。それからマリがスマホを取り出してインカメをコヂカたちにむけた。
「いえーい、おとまりーっ」
マリがシャッターを切って、楽しかった夜がiPhoneのアルバムに刻まれる。コヂカ、カンナ、マリ。いつまでも『この4人』で、思い出を作っていきたい。
4人? いつから4人になったんだ? コヂカと、カンナと、マリ。あと一人って、誰だっけ? コヂカはマリがAirDropで写真を共有している間、記憶の片隅からある女の子の名前を引っ張り出していた。
4人目。美人で、釣り目で、ダンス部で、リョウの彼女。コヂカがいなくなってしまえばいいいと思っていた相手。でも本当は、少しクールなだけでコヂカの大切な友達――。
「シオン!!」
コヂカは立ち上がってその名を叫んでいた。その瞬間、何もかも思い出した。シオンへの不信感も、カナタと引き換えにシオンを消してしまったことも。驚くカンナとマリをよそに、コヂカは全身に鳥肌が駆け巡っていくのを感じた。シオンに会いたい。そしてコヂカは、自分がすべて間違っていたと強く後悔した。
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