第27話 光画の淡紅
コヂカにとってカンナは、本当の自分に嘘をついてまで手に入れた、たった一人のかけがえのない繋がりだった。海が騒がしくなる直前の曇天に高揚することや、痘痕のようにセメントが欠けた観音様の頬への憧れを、コヂカは胸の奥にしまい込み、一度しか来ない青春の輝きをカンナとの時間に注ぎ続けた。それだけでカンナの隣に居られるのだから、コヂカは幸せだった。
ソメイヨシノが満開の頃、コヂカは高校の制服に袖を通した。カンナと同じ制服を着て、同じバスに乗る。これまで近くて遠い関係だった二人が、毎日顔を合わせるようになるのだ。コヂカは跳ねるように浮かれながら、入学式の前に、校庭の端にある桜の下でカンナと自撮りをした時のことを思い出した。
「どう? 盛れた?」
コヂカの問いに、カンナはアルバムを開いて写真を確認する。
「どうよ?」
そう言ってカンナがコヂカに見せてくれた写真は、まるで姉妹か、そうでなければ相当仲の良い間柄のようだった。寄せ合う二人の肩に、桜の花びらが朗らかに乗り、少し流し目のカンナが、気の置けない落ち着いた関係であることを際立たせた。
「うん、いい感じ」
春の風がふわっと鼻腔をついて、コヂカの胸がじんわり満たされる。しばらく二人で画面を眺めて、そのまま風で跳ねる前髪を掻き分けながら、カンナがソメイヨシノを見上げた。
「この街に植えてある桜の木ってね、この一本だけらしいよ」
コヂカとカンナの両脇を風が抜けていった。まだ幼い桜の樹木は、グラウンドを囲む緑色のフェンスよりも背が低い。
「え? そうなの?」
「うん、うちのお兄ちゃんが言ってた」
「なんか、いいね」
小さいながらも満開の淡紅色に染まるこのソメイヨシノが、コヂカには限りなく尊いものに感じられた。
「でしょ。ここで写真撮った一年生、たぶん、まだうちらだけだよ」
しばらくの沈黙があって、他の新入生のたちの騒がしい声が遠くで響いた。その間コヂカたちは、スマホのカメラ越しに桜を愛でて、AirDropでお互いに撮った写真を送り合った。接写、引き、あおり。どんな姿で撮ってもソメイヨシノは美しかったし、絵になった。
でもコヂカが一番気に入ったのは、最後にカンナから送られてきた、さっき桜の下で撮った二人だけの自撮りだった。高校生活はこれまで以上に、素晴らしいものになる。よく晴れた空の下、コヂカはそんな期待に包みこまれていた。
☆☆☆
入学式の後、仲良くなった新しい友達のことを、コヂカはもうほとんど覚えていない。みなカンナを介して知り合った子たちばかりで、コヂカは彼女らの前でも、カンナと同じように本当の自分を隠さなければならなかった。
二学期になって、スマホを買い替えて、LINEの友達リストやインスタのフォロワー数が増えていくたび、コヂカは坂道を転げ落ちていくような不可逆の焦燥に駆られた。カンナに対して保ってきたハリボテの体裁を、他の繋がりの中でも保たなくてはならないからだ。本当の自分を素直に出せない苦しみと、この中の誰かに、コヂカの本質を見抜かれるのではないかという恐怖の中で、コヂカは怯え、震えていた。
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