第24話 弟の魂
しばらくして、雨が降り出した。スポンジのように光を吸い込む暗闇の中をバスは進んでいた。窓に着いた水滴は光を染みこませ、宝石のように輝いている。コヂカはそれを見ながら、これも『雫』だよなと考えた。今日は遅い時間のバスだけあって乗客はほとんどいない。ひじ掛けに頬杖をついて、コヂカはヲネに微かな声で言った。
「命の輪廻ってやっぱりあるんだ」
「うん。人間には見えないだろうけど、ヲネたちエコウにはその流れがよく見えるの」
ヲネは隣に座っているが、傍からは見えない。コヂカはヲネを視界にいれず、独り言のように呟く。
「さっきクリヲネちゃんが言ってた、役目を終えた魂と、普通の魂って、何か違いはあるの?」
「あるよ。役目を終えた魂は消えかけていて、弱々しいの。ヲネたちが食べなくても自然に消えちゃうくらいね」
コヂカは薄雲の中に月明りが滲んでいくのを見た。それはまるで行燈のように優しい光だった。コヂカはヲネに、生まれてこなかった弟の話を切り出した。夏の霞んだ空は魂の所為だと教えられたことや、コヂカの夢の中でいつも安らかに眠る弟がいたこと。さらに、コヂカが周りの高校生とうまく関われないのは、幼い時の弟との死別体験が原因だと思っていることも、すべて彼女に打ち明けた。ヲネはいつものお転婆な調子とは違って、まるで眠るような静かな息遣いでコヂカの話に耳を傾けていた。
「私の弟は、役目を終えてしまったのかな」
ヲネは大きく横に首を2回ほど振った。
「ううん、不幸な偶然の重なりで、その時は生まれなかっただけで、弟くんの魂は今も生まれるのを待ってる。きっと何かの拍子に、別の姿になってこの世界に現れると思う」
「じゃあ待ってれば、弟は私の元に来てくれる?」
「残念だけど、それはないでしょうね。次に生を受けるのが人間だとは限らないし、仮に人間だとしても、同じ時代の同じ地域に生まれる確率なんて天文学的数字になるもの」
「……そうなんだ」
コヂカは肩を落とした。車窓はもはや海なのか空なのか見わけがつかない。一面に真っ黒な世界が広がっていた。
「じゃあ、もしだよ。もしトレードの魔法で弟を蘇らせることができたら……その魂はどうなるの?」
「生まれなかった運命を入れ替えるのだから、弟くんの体にはもちろん弟くんの魂が入るわ。トレードの魔法は生贄が必要な分、まやかしではない『本物の魔法』なのよ」
コヂカが口を閉ざすと、街灯の明かりが何度も彼女の顔を照らした。こんな千載一遇のチャンス、もう二度と訪れないに決まっている。でも、生贄なんて。
「ごめんクリヲネちゃん、やっぱり、私」
そう言いかけたコヂカの話を、ヲネが食い気味に話を遮った。
「コヂカちゃんの言いたいことはわかった。でも今度はヲネの、お話聞いてもらえる?」
唐突なヲネの切り口に、バスのエンジン音だけが鳴り続けていた。
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