第13話 安らぎの場所
空はどこまでも澄んでいて、廃墟から流れてくる海風は気持ちよかった。コヂカは静寂が包む授業中の廊下をスキップしながら歩いていた。消えてしまいたい、なんて願っていたら本当に姿が消えてしまった。今のコヂカには、周りからの視線も生徒会としての体裁も気にする必要なんて全くない。重すぎる重圧から解放されてコヂカの心は軽かった。
これは夢だ。神様が一時的に与えてくださった心の休暇だ。コヂカはそう思って真っ先に学校を抜け出し、裏山へと駆け出した。透明になった今なら誰の目も気にせず好きな場所へ行ける。コヂカが目指したのはもちろん、普段は入ることができない廃墟遊園地、『観音ワンダーランド』だった。
しなびたバリケードの隙間から、遊園地へ入園することは容易かった。おそらくコヂカの高校の生徒たちをはじめとして、多くの若者が肝試しにここを訪れているのだろう。入園ゲート付近にはまだ新しいビールやチューハイの空き缶や花火のゴミが散乱している。そこから先はまだ昼間なのに暗く、不気味な雰囲気が漂っていた。ここに来てコヂカははじめて足が止まった。
「なんも出てこないよね?」
透明人間コヂカは自分にそう言い聞かせて、その先に進んだ。幽霊なんて信じてはいないが、夢であったならば、出てくる可能性はある。蔦が生い茂るゲートの先は開けていて、錆びついた遊具たちに雑草が繁茂していた。コーヒーカップも観覧車も、メリーゴーランドもすべてチープで小さいものだったが、廃墟化の装飾をまとったその様子は、コヂカにはたまらなく美しく感じられた。しばらく歩くと明るくなり、観音様が見えた。入り口から観音様まで一直線に道が伸び、並木道のようになっている。間近で見たその姿は寂れてはいたが圧巻で、まさにこの遊園地のシンボルに相応しい佇まいだった。
観音様の足元まで歩きついたコヂカは、時間が経つのも忘れてその柔和な顔を見上げていた。錆やはげ落ちた色たちがコヂカの虹彩にこれでもかと飛び込んでくる。その瞬間に訪れる心の平穏をコヂカは学校では誰にも見せない恍惚とした表情で受け入れた。言葉では言い表せないけど、安らかで温かい。死の温もり。コヂカはすこぶるこの場所が気に入った。
忘れ去られて朽ちていくのと、暇つぶしに使われて壊されてしまうのは違う。コヂカは廃遊園地を探索して、同級生の片岡たち3人の男子が肝試しでここに来た痕跡を見つけた。壊れた観覧車のゴンドラに3人の名前がスプレーか何かで描かれている。インスタのストーリーで見た3人の名前だ。風にあおられて金属がきしむその音が、コヂカには遊園地からの悲鳴に聞こえたような気がした。
☆☆☆
シオンは彼氏に会いに、昼休みの2組に向かっていた。カンナもマリもコヂカのことを気にしすぎていてつまらない。確かに心配ではあるけれど、可能性の話を想像で話したって時間がもったいない。だから今日は二人とは離れて、彼氏と弁当を食べることにした。
「リョウ、外で食べよ」
廊下から彼氏に声をかけると、教室から弁当を持って駆け出してきた。シオンの彼氏、リョウは教室からシオンと二人で出ていった。その様子を片岡たち心霊スポットに行った3人は羨ましそうに見つめていた。
「リョウの彼女めちゃくちゃ可愛くね?」
「1組の佐藤さんでしょ。俺も見た目だけならあの子が一番好み」
「おっぱいでかいし、足綺麗だし、うらやまし」
「はあ……購買いくか」
片岡は気だるそうに友人二人を引き連れて、教室を出た。階段を下りて1階の購買部へ向かう。1階の廊下まで歩いてきたところで足元に何かを見つけた。
「あれ? なんだこれ」
干からびて色が抜け落ちた短冊上の冊子だ。片岡は手にとると、その表紙に驚く。
『紀伊の新名所 観音ワンダーランド ごあんない』
古臭い写真とイラストが描かれたその冊子、それはあの心霊スポットのパンフレットで間違いない。
「おい、2人ともパンフレットなんか持ち帰ったか?」
「いや、持ち帰ってないけど」
「俺も」
3人が顔を見合わせると、階段下の掃除用具入れから大きな音がした。ドン、ドンと何度も鳴り、まるで中から人が助けを求めているようだ。片岡は恐る恐る近づき、用具入れと扉を開けた。
「うわあああっ」
次の瞬間、箒や塵取りが宙に浮いて片岡達に襲い掛かり、3人の男子たちは悲鳴を上げて一目散に逃げだした。廊下に手をつきながら四つん這いで逃げる片岡を、箒が空中に浮いたまま追いかける。片岡はそれを見てさらに恐怖に慄いた。
「ひっ、ごめんなさい! ごめんなさい!」
どう見ても幽霊の仕業としか思えない。片岡たち3人は腰を抜かしながらも、なんとか2階の教室まで戻り、そのあまりの怯えっぷりは学校中で話題になったのだった。
「幽霊だよ! 幽霊!」
片岡が2組のクラスメイトに必死に釈明している姿を見て、コヂカはおかしくてたまらなかった。透明人間の能力を使って、コヂカの好きな場所を穢した輩を成敗できた。すごくいい気分だ。昼休みも終わって静かになったところで、コヂカは普段入れない学校の屋上でお弁当を食べ、そのまま昼寝をした。この気持ちのいい夢はいつになったら覚めるのだろうか。
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