六話 作戦会議と幻想種の女

 王都東ヨハネ区にある酒場で黒猫とサクラ・オリヴィエは酒を飲みつつ今後について話し合っていた。二人の師匠である魔法使いアレイスターがいうことが正しければ以下のことが正しい情報として機能する。


 オークションで売られているされている幻想種は、妙齢の女の姿をしている。自ら売られにきたということ。自身のすべてを売りたいと言っているということ。

 正直なところ与えられた情報が少なすぎていた。

 これでは情報なぞ無いに等しい。


 下手な金持ちに買われでもして機嫌を損ね暴れらでもしたらそれことこの王都はいとも簡単に滅んでしまうだろう。第一種特級幻想種とはそれをたやすく行えるの力の持ち主である。

「サクラはどう思う?オークションで競り落とすべきだと思うか?」

「わからない。局長の権限でオークションを止めることは出来ると思うわ。でも、それがその幻想種の不興を買う可能性もある」

「つまり、競り落とすのが一番妥当か」

「そうかもしれない。ただ、競り落とした後も考えないとね」

「そうだな。何が目的で自分を売ったのか。交渉の材料が必要か」

 黒猫はため息をつく。

「ええ。情報が少なすぎてとっかかりがないけど」

「明日、会ってみようと思う。手配しておいてくれ」

「大丈夫かしら。手配はするけど無茶はしないで」

「わかっている。あれがどこの誰なのか。まずはそこからのはずだ」

「どういうこと?」


 黒猫は思案する。幻想種はこの世界か異界のどちらかに生息している。それでも突然、異界から現れヒトの文明圏を訪れる幻想種はまずいないだろうと。

 物質世界に見切りをつけた魔法使いや幻想種が異界に向かい還ってこないことをヒト達は幻想入りという。幻想入りした幻想種が物質世界に戻ってくる事例はとても少ない。確率論で言えば、写真の女である幻想種は物質世界のどこかに生息しているのだろう。

 元ヌシでもないはずだ。ここ数年かは、ヌシが変わったという報告は無い。それならば、あれはヌシであった可能性は無い。あれは野良だ。どこか物質世界の人類不可侵領域で生息していた可能性が高い。

 あとは魔導管理局に情報さえあれば自ずとあの幻想種の正体が見えてくるはずだと黒猫は考えていた。


「経験則から言って物質世界に居を構えている野良の幻想種である可能性が高いと思っている。だから明日会って出来る限りの情報を手に手に入れる。そこから正体を暴き交渉の材料を手に入れたい」

 サクラは優しい眼差しを黒猫に向ける。

「わかった。黒猫、あなたが冷静で助かったわ。こっちは気が動転して駄目ね」

「そうでもないだろう。サクラがいなかったら動揺していたはずだ。お互い様だな」

「そう。あと、あなた今夜泊まるところは大丈夫かしら?」

「いつも通り、管理局の宿舎を使う予定だ。」

「宿舎のベッド、寝心地が悪いでしょ。よければうちに泊まっていいのよ」

「もう慣れた。それにこんな遅くから押し掛けたらサクラの家族に悪いだろう。明日からよろしく頼むよ。おやすみなさい」

 黒猫は速足で席から立ち、さっと会計を済ませ店を出た。


 サクラは思う。相変わらず可愛げのない後輩だと。出会ったときから無愛想で人の好意を無碍むげにする。

 サクラも会計をしようと席を立ち店員に話しかけるとさきに猫の耳が生えた子供の連れが会計をすべてしていたことを伝えられた。

 ため息が出た。相変わらず、可愛げのない後輩だ。そういうところだぞと思いつつ笑みがこぼれた。


 オークションハウスガーネットは美術商や宝石商、探検家ギルドから買い付けた美術品や宝石、魔物の革や牙と言った貴重な魔術の触媒等になり得るものなどを取り扱う数あるオークションハウスの一つ。しかし、ここでは裏でヒトや生きた魔物ですら競売にかけている。違法とは言えないが決して表立って取り扱っているといえない品物ですら流通される。そのことから裏オークションと呼ばれている。

 基本的に会員制ではあるものの新規顧客獲得の為にと時折、会員外のメンバーが数名招待されていた。

 オークションが開催されているのはだいたい週に一回。開催されるまでは競売にかけられるものは廻覧可能だ。


 黒猫はさっそく招待用のチケットを手に入れオークションハウスガーネットを訪れていた。

 従業員に案内され、今回出品される品々を紹介される。

 たいそうな美術品が特に多い。絵画や陶芸品、彫刻。他にも刀剣や宝石など多種多様なものが出品されているようだ。

 だが、目当ての幻想種の女がいない。

 廻覧出来ない可能性もあるがそこは交渉次第だろうか。


「確かここではヒトも売っていると聞いた。会うことは出来ないのか?」

「可能です。誰かご希望の方がいらっしゃいますか?」

「この写真の女はいるか?」

 黒猫は写真を懐から取り出し従業員の男に見せつけた。

「ああ、この女性ですか。いらっしゃいます」

「会うことは可能か?」

「はい。ただし少々お時間を待っていただく必要があります。それでもよろしいなら可能です」

「わかった。あと少しの時間で構わん。二人っきりにしてくれないか?」

「畏まりました」

 そう言うと従業員の男はどこかに去っていった。


 それからしばらくして従業員の男は戻ってくるなりある一室に黒猫を案内した。

「廻覧時間は20分です。それではお楽しみください」

 と言い残し従業員の男は部屋から出ていった。

 黒猫は部屋を見る。中央に檻がある。御大層な演出だ。囚われの姫というシチュエーションだろうか。これは写真で見た檻と同じものだろう。それならば、中にいるはずだ。写真に映っていた女が。幻想種の女が。


 思わず、黒猫は息を飲み、見とれてしまった。

 檻の中に妙齢の女がぽつんと佇んでいる。

 透き通る白銀の長い髪、どこまでも蒼く大きな瞳、陶器のような白い肌。

 ベールこそ無いものの白いドレスを着ているがゆえに花嫁そのものだ。

 まるで人形みたいに無表情ではあるがどこか儚く繊細な氷細工を連想させる。

 透き通る声が聞こえた。


「ごきげんよう。ヒトの挨拶はこれで良いのでしょうか?魔法使いさま。どこか、おかしなところはありましたか?」

「おかしなところはない。俺が魔法使いとわかるのか、幻想種殿」

 黒猫は檻に近づいた。スッと何か甘い香りが漂ってくる。

 香水の類だろう。ただ何の香りかまでは黒猫にはわからない。


「ええ、わかります。魔法使いの方々は、ご自分の陰に使い魔ファミリアを潜ましているでしょう?魔法使いさまの陰から妖精、その中でも獣の匂いがしますもの。私は鼻が利くのです」

 幻想種の女は人差し指で自身の鼻に触れる。

「なら話は早い。どうしてこんなところでご自身を売っているのだ」

「それは私をご購入された者にお話しするつもりです。魔法使いさま、貴方が私を競売で競り落としてくださった暁にはお話ししましょう」

「つまり、ここで話す気は無いと」

「はい、ありません。これは一つの試練のようなものだとお考えください」


 その瞬間、女の目つきが変わった。

 全てを威圧するかのような凍えるような冷たい瞳が黒猫を捉える。

 黒猫は威圧に負けることは許されなかった。冷たい瞳を見つめ返す。

「わかった。貴女に束縛は似合わない、それに退屈そうだ。どこまでもどこまでも遠くへ。退屈からも憂いからも救うために。その為に俺はここに来た」

 女はきょとんとし小さな笑い声がこぼれた。

「おかしな方ですね。魔法使いさまは。私を救ってくださると」

「それが役目だ」

「それは、それはとても楽しみです。」

「それじゃあな。済まないがオークションが終るまで待っていてくれ」

「お待ちしております。ああ、私からもご質問よろしいですか?」

「構わない」

「魔法使いさまのお名前を聞いてもよろしいですか?」

「黒猫。魔法使い黒猫と皆はそう呼ぶ」

 それを聞いた女は不思議そうな顔をしている。

「黒猫さま、黒猫さま、黒猫さま。不思議なお名前ですね。しっかりと覚えました。オークションでの健闘をお祈りしております」

 手をふり黒猫は部屋を後にした。


 黒猫はオークションハウスガーネットから出た後煙管を取りだし一服する。

「ノワール、どう思う?」

 陰に隠れている使い魔ノワールはどこか呆れた声を出した。

「主殿、なんだあの幻想種は。余も幻想種を何度かは見たことがある。しかし、あれほど危険な者は初めて見る。主殿との会話を楽しみつつ期待に添えないなら殺す気でおったわ」

「おかげで寿命が縮んだよ。だがなんとか向こうのお眼鏡に叶ったようだ」

 あのやりとりをしていたとき黒猫は冷汗をかいていた。


「それでここからどうするつもりよ。策はあるのか」

「わからん。ただ引っ掛かるところはある」

「ほう?」

「例えば、表情の固さだ」

「確かに無表情であったな。人形のようであったが」

「幻想種でヒトの姿になるものは大抵もっと表情豊かだ。可能性として後天的にヒトになれるようになった可能性がある」

 獣は嗤う。どこか興味深そうだ。

「ほう。幻想種はヒトに影響されやすいと聞くがそこまで影響されるか。だとしたらここ数年でヒトになる能力を得たのであろうな」

「ああ。あの女がどこにいた幻想種か知っておく必要がある」

「そうよな。それが取っ掛かりになればいいが」

「夜にサクラと合流する」


 夜になり、前回同様、王都東ヨハネ区にある酒場で二人は会うことにしていた。

 サクラに幻想種の女に出会った所感を話す。

 サクラは絶句していた。ベテランの魔法使いであるサクラも何度も幻想種と対峙はしている。しかし、ここまで危険を感じる幻想種と出会ったことは無かったのだ。そもそも、好戦的な幻想種というのがとても珍しい存在だ。


「好戦的なのもヒトと関わった影響かしら」

「おそらくな。この国に生息している幻想種。ここ数百年で人類と争った経験がありここ数年生息範囲で見かけることが無くなった幻想種を調べてくれ」

「わかったわ。明日、資料課の資料を漁ってみる。他に手掛かり無いかしら」

「白銀の髪に蒼い瞳。このあたりは元の姿が反映されている可能性がある」

「そこまでわかっているならなんとか分かるかもしれないわ」

 行うことは決まった。

 あとはそこからどのように切り崩すことができるか。


 翌日、魔法使いサクラ・オリヴィエは資料課の資料を丹念に調べた。

 幻想種の資料はかなり古いものも多い。古ければ1000年の前の記録すらある。生息地や特徴。ヌシか否か。生存しているのか。幻想入りしたかどうか。観測されている幻想種の事がこと細かく記録がされている。

 白銀、蒼い瞳、人類との戦闘経験、幻想入り。このあたりを入念に調べた結果。

 一匹の竜が浮かび上がった。

 白銀の鱗、蒼い瞳を持つ竜の姿をした幻想種。

 それは大国エアリス東部にある山脈を住みかとする悪竜。

『宝を守護する欲深き竜』と人類が名付けた幻想種である可能性が非常に高いとサクラ・オリヴィエは結論付けた。






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