第3話 少年は語ってみた
こんにちは。僕は【燃える
名前はない事はないですが、リーリエさんからは少年と呼ばれています。
どうもリーリエさん、人の名前を覚えるのが苦手らしく、よっぽど仲良くならないと覚えてもらえそうもありません。
だからがんばって仲良くなって名前を憶えてもらおうと思います。
まあ、リーリエさんに名前を覚えてもらえるまで生きていられたらの話ですけどね。
あははっ。
すいません。変な笑いが出ちゃいました。
今日は僕の事をお話しさせてください。
僕は迷宮都市からとても遠い、迷宮都市の人が辺境と呼ぶ土地のちいさな村の生まれです。何もない、けれどどこにでもあるようなその村で、僕は百姓の五男として育ちました。継ぐ土地もなく、将来は幼馴染の婿養子になるか、3番目の兄のように村を出るか、その期限が刻々と迫り、僕にとっては大変悩ましい日々でした。
そんな時に僕は旅の冒険者の人たちと出会いました。
旅の話、迷宮都市のこと、そこで一旗揚げる為に迷宮に潜る人たち、僕にとっては夢のような話でした。
そして僕は決心したのです。迷宮都市に行って冒険者になろうと。
家族への理解はあっさり得られました。食い扶持が減るのはありがたい事です。
引き止められるかもと危惧していた幼馴染への理解もあっさりと得られました。彼女の隣には僕のひとつ上の兄の姿がありました。
その晩、枕を涙で濡らしながら決心を更に固めました。立派な冒険者になって、かわいいお嫁さんをもらって見返してやるんだ。
そうして遥々やってきた迷宮都市ですが、足を踏み入れた瞬間に絡まれました。
裏路地に連れ込まれ、辛うじて残っていた路銀すら巻き上げられ、あわや身ぐるみもという処で僕は運命の出会いを果たしたのです。
そのときは本気でそう思いました。
けれど今なら違うと思えるのです。あれは———
運命の分かれ道でした。
颯爽と現れたのは、都会での普段着のワンピースを着た、今まで見た事もないくらいきれいな女の子でした。
ただ、ひとつの違和感は、腰に装備用のベルトを巻き、ダガーを下げるという、今まで見た事のない不思議な出で立ちでした。
その女の子は凄んで見せる男達に怯む事もなく、あろうことか、鞘ごとダガーを引き抜いたかと思うとあっという間にぶちのめしたのです。
その時の僕はあまりの光景に信じられませんでしたが、今なら信じます。
なんならそのワンピースに鞘付きのダガーでドラゴンを倒したと言われても僕は信じます。何故ならその時のきれいな女の子はリーリエさんだったからです。
リーリエさんは僕の路銀を取り返してくれました。
そして男たちのお金も巻き上げてしまいました。
男たちがジャンプするたびにリーリエさんはどこにお金を隠しているかを的確に見抜いて指摘し、男達が泣きながらお金を差し出すのです。
僕はそのとき初めてカツアゲという言葉とその意味を知りました。
そして、リーリエさんはそのお金で僕におなかいっぱいごはんをごちそうしてくれました。とてもおいしかったです。
……それ以外に何を言えと? いえ、なんでもありません。
僕はリーリエさんに身の上と、これから冒険者になる事を話しました。リーリエさんはとても親切に。そう、とても親切に僕をこれから結成するパーティに誘ってくれました。
僕はふたつ返事でその誘いを受けました。
その時の僕は輝く未来を信じていました。夢と希望とそして、愛の物語の幕があがるのだと。
お花畑にもほどがあります。目を覚ませ、過去の僕。おっといけない。
まさか、そこからが僕にとっての恐怖と地獄、そして狂気の幕開けだなど、夢にも思っていなかったでしょうから。
僕は最初にギルドに連れて行かれました。冒険者登録です。
旅の間も逃げてばかりで録に戦う事もできない僕でも冒険者にはなれました。まず始めは薬草採取のお仕事から始まりだと説明されました。
ギルドの仕組みも依頼についてもよくわかっていなかった僕の代わりにリーリエさんが選んでくれました。「一番手近な場所での簡単な薬草採取の依頼だから」と。
そして連れて行かれたのは初級者向けの
意味がわかりませんでした。
僕に戦闘力はありません。初級者以下です。駆け出しと呼ばれる事すら烏滸がましい雑魚です。
そしてリーリエさんは嫌がる僕を、「怖くないから」「大丈夫だから」という肝試しでの決まり文句を繰り返して迷宮の中へと引きずって行きました。
逃げては泣き叫ぶ僕を追いかける魔物をリーリエさんがさりげなく杖で撲殺していきました。
特殊加工を施された杖から滴り落ちる魔物の血、普通なら確実に返り血を浴びている筈なのに白さを失わないローブを見に纏う
そうして辿りついたのは最下層、フロアボスの部屋でした。
嘘じゃないんです。本当なんです。
リーリエさんはあろうことか、フロアボスの前にこの僕を放り出したのです。僕はリーリエさんに泣いて縋りましたが取り合ってはくれませんでした。
そして僕は腹を括ったのです。僕の雑魚っぷりを思う存分見せつけてやろうと。リーリエさんが助けに入るまで。その間わずか一分。雑魚ならではのタイムです。
己の雑魚さ加減、情けなさ、人としての矜持すら捨てたなりふりの構わなさ。その全てを遺憾なく発揮した僕は、どこかやりきった満足感に満たされていました。
あのときの僕はおかしな方向に振り切れていました。
そうしてわずか10秒足らずで消滅したフロアボスのドロップした宝箱。
その中には受けた依頼に必要な薬草が一束だけ入っていました。報酬額にして半銅貨1枚分です。
リーリエさんが言うには、この
ひとつ……、いえ、たくさん勉強になりました。
今だからこそわかる事ですが、依頼にあった薬草はそう珍しいものでもなく、ギルドの乗合馬車で30分ほど行った先にある森でちょっと探せばすぐに見つかる代物です。そこそこの繁殖力もあるので、駆け出しや危険を嫌う冒険者なんかは近場で栽培してたりもします。
因みにその時迷宮でドロップした薬草は通常のものに比べて良い物だったらしく、倍の銅貨1枚になりました。
後になって改めて薬草採取の為だけに迷宮へ入った理由を尋ねると、「あそこが一番近かったから」という答えが返ってきました。全く意味がわかりません。
僕はリーリエさんに出会うまで、様々な死を覚悟をしてきました。
盗賊に襲われること、魔物や獣に襲われて死ぬこと、迷宮で死ぬこと、あらゆる理不尽に対しての死を覚悟してきました。そんな僕ですが、リーリエさんから受けたあらゆる理不尽は全て想定外のことで、逆にどんな最期を遂げるのか、まったく想像がつきません。
先日、新しくパーティに入った面々がどうもきな臭い今日この頃です。
リーリエさんを完全に舐めきっています。命が惜しくないのでしょうか。
願わくば、この拠点が彼らの血に染まりませんように。
お父さん、お母さん、兄さんたち、今の内に言っておきます。
先立つ不孝をお許しください。
僕は今日も生きています。
生きているって素晴らしい。
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