パーティメンバー追放してみた

かずほ

第1話 追放してみた

 迷宮都市、それは複数の迷宮ダンジョンを擁する事から呼ばれ、大望を抱く者らを引き寄せ、そんな彼らを相手に儲けようとする商人らを寄せ集め、その結果、都市として成り立った場所である。


 そんな都市に設置された冒険者ギルドは常に人で賑わっていた。

 飯の種は何も迷宮ダンジョンだけではない。そこで営む人らからの依頼もまた、大事な収入源でもあるのだ。


「お前ら全員クビだ。ウチからとっとと出て行け」


 凛とした声が賑わったその場を一瞬にして静めた。


 しん、と。


 その直後、ガタガタッと乱暴に椅子を蹴立てて立ち上がる複数の音に続き、乱暴に机が何者かによって叩かれた。


「ふっ……、っざけんな!!」


 若い男の怒声が響き、それに続いて複数の男女の非難の声が上がる。

 声の元を辿れば、6人の男女。

 最近、よく見るパーティだ。結成されたばかりにも拘わらず既に迷宮の中層まで到達したとされる、将来有望な実力派パーティだった筈だ。


「最近、また増えたよな」


 ぼそり、と抑えた声で呟いた男に、たまたま傍にいたであろう男が小さく頷く。

 一体何が切っ掛けだったのかはわからない。

 特に大手のクランや実力派と呼ばれる者らの集団でがあると聞く。最近でもダンジョンの深層部に潜れる最有力のパーティで後衛職が役に立たないと追い出された話は有名な話である。

 その頃と重なって、そのパーティの迷宮攻略の更新がぴたりと止まり、現在伸び悩んでいるとかなんとか。

 他にも大手クランのとあるパーティが人員を一人入れ替えた為に肝心の場所で戦線崩壊を起こした。なんて話もある。


 大手や実力ある者らがどうかは知らないが、冒険者の多くは験を担ぐものが多い。


 したがって、そんな噂が出回れば、弱小はもちろん、中堅ですらパーティ内でのやり取りや加入脱退にも慎重になる。


 そしてこのタイミングでこの騒ぎである。


 こういった事はかなり減ったが、ないわけではない。むしろ落ち着いたのか、また徐々に増えてきている。

 常ならば、他所のパーティ内での諍いに時間を割く程暇ではない、とすぐに興味を失うものだが、今回は少しばかり様子が違った。


 テーブル席には治癒師ヒーラーの少女が一人、堂々と座り、その隣で駆け出しであろう、軽装備の少年が精いっぱい身体を縮めて震えながら座っている。

 対するその向かいでは若い剣士風の青年を筆頭に魔術師の少女、盾役だろう大柄な青年、僧侶の少女。それらが


 複数が一人を、多数が少数を放逐する様は何度となく見てきたが、一人(二人?)が複数にクビを宣告するのは初めて目にする光景だった。


 珍しさとその結果が気になった野次馬たちの目がそのテーブルに集中する。

 治癒師ヒーラーが向かいでがなり立てる男女に冷めた目を向ける。


「お前らにひとつ聞く、このパーティのリーダーは誰だ?」

「そりゃ、アンタだ、リーリエ。だが、実質現場で指揮を執っているのはこの俺だ」


 剣士の青年の言葉に追従するように他の3人が頷く。しかし、その眼はリーリエを如何にも馬鹿にしきった、見下したものだった。

 それに答えるタイミングでリーリエがぽつり、と呟きを漏らした。


「……さん、」

「あん? よく聞こえねえな」


 リーリエの隣の少年の肩が大きく跳ねた。顔色もかなり悪い。

 あの程度の青年の威圧にやられるようでは戦闘では使い物にならない。

 野次馬の中でも人を見る目を持つ者は即座に判断を下した。

 旗色は治癒師側が悪いように見える。これではただのパターンで終わるな。野次馬の何人かがそう判断し、己のやるべきことに意識を向けた時だった。


「リ・ー・リ・エ・『さん』」


 ドスの効いた女の声を聞いたと思うや否や、リーリエは椅子から身を乗り出すと、剣士の青年の髪を勢いよく引っ張り、咄嗟のことにバランスを崩した青年の後頭部を鷲掴み、テーブルに叩きつけた。


 次いで、「ひぃっ……!!」という情けない悲鳴を上げた少年は椅子から転げおち、完全に腰を抜かしている。


「先輩には敬意を以て接する。パーティ加入の際のルールブックにも書いてあった筈」


 再び場が静まった。


 リーリエが手を放すと青年の身体から力が抜け、その場にずるり、と崩れ落ちようとしたのを慌てて魔術師の少女が支える。

 おろおろとしながら首を巡らせ、僧侶の少女と目が合う。しかし、僧侶の少女も気が動転しているようで、どのように行動していいかを迷っているように見えた。


「……ヒール」


 パチン、とリーリエが指を鳴らせば、青年がばちり、と目を開け、慌てて立ち上がり、どうにか状況を飲み込もうと仲間らに目をやるが、明確な答えを返せるものは一人もいない。わかるのは、全員一様に青い顔をしていることだけだった。僧侶の少女に至っては、今見たものが信じられないという顔をしていた。


「で、そうそう、リーダーの話だったか」

「お、おう……」

「現場の指揮はお前、という話だが、実際は私の指揮にお前らが一切従わなかったの間違いだ。訂正しろ」

「げ、現場の事は実際に戦う俺たちが一番わかっている。こちとら前線で命張ってんだ、い、一番後ろに引っ込んで、ヒール飛ばすだけの奴の指示に従う馬鹿がいるかよ……です」

「成程」


 リーリエのひと睨みに勢いを削がれた青年に一つ頷いてみせれば、周囲の野次馬の中から失笑が漏れた。


「お前のその指示とやらで、私が手を出さなければ何回死んだと思う?」

「は?死んだも何も、俺たちはほぼ無傷で中層まで……」

「34回」

「は?」

「潜った回数での数じゃない、一回潜っただけの回数だ」

「入口で3回、中に入って上層で8回、中層で23回お前らは死んだ」

「そんな筈はねえ!!あんたの回復ヒールは指の数でも足りる程度だった、メインの回復は僧侶が……」

「その僧侶様が何回も繰り返し言ってたろ?神のご加護か奇跡だって。ねえ?」


 そう言って僧侶の少女が青い顔を更に青くして震えている。おそらく、今のリーリエの回復魔法で今までの戦闘中に起きた奇跡とやらが合致したのだろう。


「お前らの迷宮攻略ダンジョンアタックに限ってだけいえば、私がその神だ」

「ふざけんじゃねえぞ」

「ふざけているのはお前らだ。命のかかった現場で、リーダーの指示を無視して好き勝手に動き、あまつさえ『死ぬどころかほぼ無傷で中層まで来れたのは俺たちの実力だ』ときた。死にたいなら他所へ行け」


 青年の顔が赤く染まる。それが羞恥のためか、怒りの為かはわからない。しかし、普段、ギルドで偉そうに幅を利かせていた手前、引っ込みが付かなくなったのか、リーリエに向かって指を突き付ける。


「知ってるんだからな、パーティーリーダーを変更する方法があるってのはよ、パーティメンバーの過半数の同意があれば、リーダーを俺に換える事だってできる」

「パーティのルールブックは読んでないのにそっちのルールは熱心に勉強したようだな」

「はっ、今更謝っても遅いぜ、首になるのはてめぇだ、リーリエ!!」


 青い顔をしながらも勝ち誇る面々にリーリエは深く溜息をついた。


「だ・か・らぁ……」


 がたり、とリーリエは再び椅子の上に立ち上がる。


「リーリエ『さん』だって言ってんだろ!!」


 鷲掴みにされた青年の頭は再びテーブルに沈められた。


 リーリエの隣に座っていた筈の少年は床で静かに気絶していた。























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