Cookies' Sweet Night

猫野みずき

第1話  朝の占い

「……次は、今日の占いです」

 朝の身支度をしながら、つけっぱなしのテレビから流れてきたこの言葉に、私は耳を傾けた。もちろん、ブラックコーヒー片手に髪をゆるく巻き、メイクをする手は止めない。

(占い、か。なんだかやっぱり今日は気になる……)

 ちらりと画面に目をやると、かわいいイラストと一緒に今日の星占いが出ている。すっと視線だけ動かして、私の星座……ふたご座をチェック。

「ふたご座のあなた。今日はちょっと焦ってしまう一日かも。深呼吸してからトライしてみてね。気になる人と大接近できるチャンス!手作りのお菓子がしあわせを運んでくれます。ラッキーカラーはブルーです」

 手作りのお菓子……!私の頭の中に、おとといの日曜日に作ったばかりのクッキーの存在が思い浮かんだ。あれを持っていけば、もしかしたら。

 私は器用にヘアとメイクの同時進行を終えると、トースターの中からこんがり焼きあがったパンを取り出し、むしゃむしゃやりながら冷めかけたコーヒーで流し込んだ。

 そして、しけらないようにおしゃれな缶にいれて保存していたクッキーを何枚か取り出す。ラッキーカラーは、ブルー。そんなことを考えながら、ほんのり香ばしい香りがするお菓子を、いくつか持っているボックスの中からブルーのものを棚から出して収めた。

(うまくいくといいな……)

 支度を終えて、火の始末を確認してから、カーテンを閉めようとすると、青い空がきらきら輝いていた。


 *******


「……あ」

「あ、とはなんだ。おはようございます、くらい言えないのか」

 電車が遅延というハプニングを乗り越え、駅の階段をダッシュしてメイクが崩れそうになりながらたどりついたオフィスのエレベーターで、私はその人にぶつかりそうになった。

「お、おはよう……ご、ございます」

 私は真っ赤になり、うつむいた。こんな時にも私の癖が出る。

 そう、私は絶望的に滑舌が悪いのだ。友達と話していてもかんでしまうし、大事なプレゼンの前には緊張しすぎて唾液が止まり、口の中がからからになるので、よけいに話すことができなくなる。

「まあいい。今日は練習だな」

「……はい」

「俺は会議が終わったら来る。それまでに少しでも練習をしておいてくれ」

「わ、わかりましゅた」

「……かむな」

「すみましぇ、せん」

 私があたふたと口を酸欠の金魚のようにぱくぱくさせながら言うと、彼は少し口元に笑みを浮かべた。

「気にするな。では」

 去っていく彼の後姿を眺めながら、私はほっとしたのと憧れの気持ちをぶつけたいのとで、ほうっと長い溜息をついた。


 そう、私は彼――二宮先輩に恋をしている。

 先輩といっても、大学は違うし、彼はチーフプランナーを若くして任されている上司なのだが、私の同期の女の子たちはみんな彼のことを「先輩」と呼んでいる。それで、私もひそかに憧れの上司を「先輩」と呼ぶことで、ちょっとだけ疑似恋愛をしている気分になる、というわけだ。

 二宮先輩は、プランナーとしてとても活躍しているし、クールな外見とビシッと体に沿ったしわのないスーツが似合っていて、時々ふっと笑ってくれる顔がたまらなくかっこいい。いかにもクラシックが好きそうな見た目なのに、大のヘビメタ好きで、お気に入りのバンドがツアーをやるときは有休をとってまで参戦しているとかいないとか。あと、ゲームセンターのUFOキャッチャーがとてもうまい。飲み会のあと、ときどきみんなでカラオケに行くことがあるけれど、そんなときは一番得点が高かった部下に趣味で獲得したぬいぐるみをプレゼントしてくれる。私もこれがほしくて、何度もヒトカラで練習したあげく、かわいいうさぎのぬいぐるみをもらった。手渡される瞬間、少し酔いが回って顔をほんのり赤く染めた先輩が、にっこり笑ってくれたのには、どきんとして心臓がのどから飛び出るかと思った。

(会議は、19時ごろ終わるって話だったっけ。それまでに仕事を終わらせて、ミーティングルームで待っていよう)

 私は、先輩の予定を心の中で反芻しながら、取れかけたメイクを直すために、化粧室へ向かったのだった。


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