開幕
「プレイヤーの5名の生徒はリュックサックを持って廊下に出てくれ。それ以外の者はそのまま待機するように」
7時50分になって姿を現した担任の中村紗江は、教室に入ることなく、入り口付近でそう告げた。
俺は陽や新名から激励の言葉をいただき、指示通り廊下に出る。
他のクラスを見ても、俺たち以外廊下に出ている者はいないようだった。
先生を先頭に廊下を歩く際に他クラスの様子を伺おうとしたのだが、カーテンのようなもので遮られていて失敗に終わる。やはり他クラスのプレイヤーの詮索は、ここでは行えないようだ。
既に見慣れた廊下を歩き、正面玄関へと出る。そこで靴を履き替えると中村先生にアイマスクを手渡された。
「ここから先は車での移動だ。場所を他言させないためにも、このアイマスクを着けてもらう。着けた者から順に車へ案内するぞ」
中村紗江の他に、見知らぬ教師の監視を複数人つけられ、俺たちはその車へと乗せられた。
体感では10分ほどの時間が経って車が停止する。
アイマスクはそのまま、先導する誰かの肩を借りて歩き、エレベーターに乗り、そしてまたしばらく歩いて目的地に到着した。
「外していいぞ」
その合図のもとアイマスクを外す。まず目に入ったのは、シミひとつない真っ白な部屋だった。
先程まで先導していた先生方は早々に退出、そのおかげか張り詰めていた空気も少しだけ緩む。
「気をつけなさい、監視カメラがあるわ」
緩んだ空気を再び締め直したのは柊の一言だ。確かに、この部屋には確認できるだけで2台のカメラが設置されている。
アイマスクを外してすぐに気がつけたのは、探していたからではなく目に入るからであろう。
白一色の部屋に黒いカメラがあるのは、なんだか違和感を覚える。きっとこれからの行動は、全てカメラによって監視されていると思った方が良い。
気がつくと、俺の考えと同じようなことを柊が説している。
すると、突然部屋にアナウンスが流れた。
「それでは、これからゲームを開始します。初めは部屋を出てすぐにある看板の指示通りに進んでください。また、その看板の側に試験で使用する携帯とカメラが用意されています。試験中に故障、紛失しても代えはありませんので、各々徹底した管理をよろしくお願いします。それでは行動を開始してください」
ついに始まったゲーム。まだ試験ではないものの、これである種の不安は除かれただろう。
「やっぱりゲームという言い回しをするのね。これで、試験は3日後に行われることがほぼほぼ確定したわ」
柊が安心したようにそう呟くと、それを聞いて頭にクエスチョンマークを浮かべた蒼井が質問をする。どうやら、呟きの後半部分が気になったらしい。
「むむむ?試験がまだっていうのはわかったけど、3日後とはどういうことで?明日、明後日に行われる可能性はないの?」
「無くはないわ。だからほぼほぼ、なのよ。でも、学校側が着替えに食事、その他諸々を用意しているのよ?それも3日分。それなのに早く行うメリットがないわ」
柊の意見はごもっともな意見だろう。実際に食費だけに限っても、その額はかなりのものになる。
1クラス30人が5クラスあって150人。全員に三食を3日分用意するとなると、1350食になる。そこから今日の朝と最終日の夜を抜いて1050食だ。一食あたり最低200円と考えても210000円となってしまう。
「たしかにそうかぁ。でもさぁ、もしみんなが早くクリアしちゃったらどうすんだろうね」
「それなら簡単よ。ゲームにある最後の試練を出口付近に設置して、【これをクリアすることが脱出する条件である。ただし、試練内容は最終日に表示される】とかにしておけばいいのよ。後出しジャンケンみたいに、なんだってできるわ」
「あはは〜。なんか…なんでもありだね」
「そうね、それがこの試験の嫌なところよ」
蒼井が納得できたタイミングで、俺が会話に口を挟む。もうそろそろ行動しないと何か言われそうだ。
「柊、そろそろ動いた方がいいんじゃないか?」
「確かにそうね。ありがとう、学くん。では、行きましょうか」
言われた通り携帯とカメラを手に取る。何故かそれらの管理は俺に押し付けられてしまった。まぁ別にいいんだけどね。
指示には地図に示された部屋に行くようにということ、ゲーム攻略の動きは12時から行うようにという2つのことが記されていた。
その指示に書かれている案内通りに、薄暗く、それでも真っ白な一本道を進んで行く。
そして、案内された場所には部屋に繋がるであろう少し大きめのドアがあった。
ただ先程とはどこか雰囲気が違う。その証拠に、【部屋のものはご自由にお使いください。ただし貴重なものは壊さぬよう、よろしくお願いいたします。】というプレートがぶら下がっている。
いまいちプレートの意味を図りかねたのだが、ドアを開けてみると、そのように書かれている理由がよくわかった。
「っ…。すごい…もはや家じゃん。てか、豪邸じゃん…」
そう呟いたのは南だ。決して南の表現がオーバーなわけじゃない。本当に家のリビングのような作りになっているのだ。
床と天井、それに壁も木で作られており、真ん中には赤い絨毯の上に深緑のソファー、そして45インチのテレビが壁にかけられている。
「キッチンに調理器具と調味料、ダイニングテーブルにイス、それに冷蔵庫には沢山の食材と飲み物…。ねぇ、これ全部使っていいんだよね…?」
優が困惑しながらも柊に尋ねると、柊も少し困ったような表情でそれを肯定していた。まぁ、信じられなくなるのも無理はないだろう。
落ち着かない雰囲気に溜息をつきつつ、教室や音楽室で寝泊りをする他の生徒には、少しだけ申し訳なく思ってしまう。
「あのさ、チェックポイントって全部こんな感じなのかな?」
南が俺にそう尋ねてくる。俺は少し考える素振りを見せつつ、その質問に答えた。
「正直に言うと何とも言えないな。これ自体が何らかのヒントかもしれないし、この待遇が試験の厳しさを物語っているのかもしれない。ただ一つだけ確かなのは、昼飯はここで食わなくちゃいけないってことだな」
「そっか…そうだよね。…ってかお昼って自分達で作るの⁉︎」
「まぁそうなるだろ。冷蔵庫には食材が入っているんだし、調味料とキッチンもある。流石にインスタントラーメンとかは無いしな」
俺と南の会話を他の3人も聞いていたのか、この会話に全員が加わった。
「なら、私が作れるから心配いらないわ」
名乗り出たのは柊だ。こいつ、料理もできるんだな。勉強、運動、料理、創意工夫…、個の能力だったら結構いい線いけると思うけど、協調性は無いんだよな…。
そんな風に思っている間に、話はどんどん進んで行く。
「ほうほう、なるほど。つまり、峰ちゃんの手料理が食べられると言うわけですね⁉︎なら私は食べる専門でよろしくお願いします!」
「わ、私もそれで…。人に振る舞う自信ないし…」
「…私も」
蒼井、優、南の順でそう発言している。ただそれを聞いて、柊が困ったように俺を見てきた。
「そうなの…。別に私1人でもいいのだけれど…量が量だから、できれば手伝って欲しいのだけれど…」
そんな風に頼まれても困るんだよな。だったら手伝ってって普通に言えばいいのに。
まぁ仕方がないか。
「なら俺が手伝おう。俺も料理ならそれなりに自信あるしな」
これで昼飯問題は解決だ。
時刻は8時37分。
残りの時間を有効に使って、確認もかねて教室の奴らとコンタクトを取らなければいけないな。
果たして、矢島は上手くやっているだろうか。
そう思って俺は携帯を取り出し、メッセージアプリを開いた。
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