柊の苦悩 続き

 俺が話を始めようとすると、南が俺の分のお冷やを持ってきてくれた。俺はそれに感謝を述べつつ、柊に質問をする。


「柊、お前は俺のことをどう思っている?」


「ど、どうって言われても…」


 俺の突然の質問に戸惑う様子の柊。俺がしたかった本題とは少し逸れた話だが、いきなり「なぜ自信がないんだ?」と訊かれても柊が困るだけだろう。

 そう思って、俺はあえて俺の印象について柊に問うことにした。


「本当に…すごい、と思う」


「何がだ?」


「何もかもよ…。私じゃ、あなたみたいにいかないもの」


「何を言っているのかさっぱりだな」


 俺はここでとぼけてみせる。単純に柊を煽るためだ。何処の誰しも、本音を漏らしたというのにとぼけられたら、少しは頭にくるであろう。それは彼女も例外ではない。


「⁉︎ど、どういうことよ!あなたが裏で何かしていたことは知っているの!私が立てた作戦の裏で、秘密裏に動いたのでしょう⁉︎私のことを馬鹿にしているのかしら?」


 柊にしては珍しく語気が強まっている。相当頭に来たようだ。


「別に、お前を馬鹿にしているのかどうかなんて、そんなのお前の勝手な妄想だろ。てか、俺のそのことは村田から聞いたんだよな?あいつのことは信じるんだな」


「ええ、彼が嘘をつくメリットがないもの」


「メリットね…。そういう考え方なら、俺が実力を隠すことで得られるメリットがあるぞ」


「そんなものないわ。くだらない冗談を言わないで」


「本当に、お前は何も変わっていないな」


 俺はここで初めて語気を強める。普段は見せない、裏の顔というやつだろうか。目の前に父親がいる時と、ほとんど同じような雰囲気を作っている。


 俺の様子の代わりように驚いたのか、柊に先程の様な勢いはなくなっている。

 それを確認しつつ、俺は本題へと入った。


「お前は村田から俺の話を聞いて自信を失った。だから今になって積極性がなくなったんだ。今日も自ら進んでリーダーになろうとしなかったしな」


 図星だったのだろう、先ほどまであっていた目線はやや斜め下気味に逸らされている。

 それでも、俺の視線は彼女を捉えて離すことはない。


「そもそも、お前が前回の試験でうまく立ち回れなかった理由はなんだと思う?」


「そ、そんなことわかるわけが…」


「それはな、自己中心的に物事を考えていることだ。お前は他人の意見より、自分のことを信用している。だから独断と偏見でやることを決めてしまうわけだ。方針決めは全てお前の頭の中で行われている。そんなんだから物事の本質を見抜けない。多面的に物事を捉えることができない。それが今のお前だ」


 今の俺の言葉が、彼女にはどう聴こえているのだろうか。何がどうであれ、「悔しい」という感情だけは持っていてもらいたい。それが、きっと彼女の原動力になるのだから。


「リ、リーダーは指示を与える側なの。その立場の人間が、そんな風に弱みなんか見せなれないじゃない…私が迷ってちゃみんなが不安になるじゃない!大体、あなたは何様なのよ!そんなこと言うんだったら、あなたがやればいい話でしょ⁉︎」


「それはできないな。人間、誰にしろ向き不向きというものが存在する。俺にはリーダーは向かない。だから、お前がその役割を担うしかない」


「何よ。偉そうに言っといて自分はできませんって、随分と都合がいいのね」


 先程の俺の言葉に好機を見出したのか、柊はここでまた強気になる。まぁ、その感性は正しいと言えば正しいのだが。


「そうかもな。だが、これがお前と俺の決定的な違いだ。俺は自分に出来ないことを理解している。自分の弱さを認識できている。そして、仲間に協力を求めることができる。何でもかんでも1人でやろうとするお前とは違う」


 ここで俺はずっと机に置かれていたお冷やを手に取った。少し冷たい感覚が俺の口から喉、胃へと伝わっていく。

 コップの半分ほど飲み干すと、俺は柊に向けて1番伝えたかったことを口にする。


「まず、お前は自分の弱さを理解し、認識しろ。それがお前の成長につながる。一度の失敗で立ち止まっていては成功はないぞ。絶対に歩みを止めるな」


「そ、そんなこと言われても……。そ、それであなたみたいになれるっていうの?」


 やっと俺の言うことが理解できたのか、少しだけ聞く耳を持ってくれたようだ。ただ、その考え方は間違っている。


「さっきも言っただろ?本当に何を言っているのかさっぱりだ。なぜお前は俺を目指すんだ?誰かじゃなくて自分と向き合え。俺は俺、柊は柊だ。個性は十人十色なんだから、他の誰かになることは俺にだってできない。お前は柊峰だ。柊峰として唯一無二の存在になれ」


「唯一無二…」


 俺の言葉を聞いて柊はそう呟く。

 彼女が俺の意見に納得できたのか、それともできなかったのかは正直に言うと微妙なところだ。


 そもそも、柊が自信を失ってしまったのは俺が原因だ。俺が裏で動いて問題を解決してしまったことが、彼女のプライドを大きく傷つけてしまったのかもしれない。そして、それが原因で彼女は自分の無力さを嘆いたのだろう。

 それらの原因である俺が言っても、彼女の心に響くかどうかは彼女次第になってしまう所がある。


 どうして柊が失敗を必要以上に気にするのか、なぜ完璧を求めるのか。俺としては、その理由なんて本当にどうでもいいことだった。ただ、それが彼女の欠点であるということが、どうしても見逃せなかったのである。


 今、目の前で黙り込んでいる柊は何を思っているのだろうか。

 しばらく様子を観察してみたが、観察して得られる情報が少なすぎて今の俺では到底それらを知ることはできなかった。



 しばらく待つと、彼女はゆっくりとその綺麗な顔を上げた。その瞳には小さく自信が灯っているように見える。


「桜井くん」


「なんだ?」


「あなたみたいな人がいてくれて、本当に良かったわ。本当に、ありがとう」


 いつもの落ち着いたトーンでそうお礼を述べると、柊は美しく、それでいて自然な所作で頭を下げる。

 不覚にもそれを見てドキッとしてしまったことで、やはり俺も男なのだと実感してしまった。


 どうやら彼女にはしっかりと俺の言葉が届いたようだ。


「お礼なんていいぞ。結構きつい言い方でズカズカいったからな。申し訳なかった」


「本当ね。あれは女性に対する対応じゃなかったわ。しっかりと反省しなさい」


「いつもの調子が戻ったようでなによりだ」


「そうかしら。うふふっ」


 思わずこぼれた柊の笑み。こんなに楽しそうな柊は初めて見る。それを見ただけで、今日は頑張って良かったと思えるのだから不思議なものだ。


「ところで桜井くん」


「今度はなんだ?」


「他人に頼ることが大切なのよね?」


「まぁ端的に言えばそうだな」


 俺がそう言うと、柊は悪戯っ子のような笑みをこちらに向けてきた。なんだか嫌な予感がする。こう言う場合に限って、この不安って的中するんだよなぁ。


「でしょう?だから、あなたにはたくさん働いてもらうわよ。拒否権はないわ」


「いや、頼るってそういうことじゃなくてな…っていうか、それ最早命令っぽくないか?」


「いいえ、頼っているのよ。と言うより、頼りにしているわ。あなたが言ったのだから、もちろん私の頼みは聞いてくれるのよね?」


「…まぁそうだな」


 そう言われてしまうと、流石に何も言えなくなってしまう。


「なら、これからあなたのことは学くんって呼ばせて頂戴」


「なんだそんなこと…、ん?それって、なんか関係あるのか?」


「学くん。一見関係を見出せなくても、実は多面的に見ればその物事の本質を見抜けるのよ」


「早速応用してんじゃねーよこら」


「あら、褒めてはくれないのね」



 やはり彼女は強い。失敗を経験して成長していくタイプのようだ。やはり俺の見立ては間違っていなかった。


 ま、なにはともあれ、これにて問題は解決か…と思ったけど、もう一つあったな。それについては明日のうちに解決しなければ。




 今回の試験は俺の力でどうこうできるものではない。本来なら試験のルールを見て色々根回しをするのだが、そもそもルールが分からなければ対策のしようが無い。そうなると、想定外のことが起こった場合にクラスの奴らに頼ることも多くなる。


 まぁそのための対策が、今やってることなんだけどね。


 今は1%でも多く勝率を上げなければならない。となると、クラス全体のレベルアップが必要不可欠だ。しかしそれには時間が足りない。

 だから俺はクラスのキーマンとなる人物のレベルアップに励んだ。それが村田と柊だ。


 矢島はキーマンではあるが単純に不確定要素であり、不安要素であるため接触したにすぎない。



 そして、先日もう一つの不安要素が追加された。それが佐々木優という女子生徒である。


 なぜ今になって彼女が動いたのか。なにをするつもりなのか。今のうちに把握しなければならないだろう。




 試験まで今日を含めてあと2日。試験の期間は3日間なので、あと5日間は気の抜けない状態が続く。


 果たしてEクラスの生徒の体力は持つだろうか。


 今回の試験は、相当厳しいものが予想される。きっと、学校側や他クラスの妨害がEクラスを苦しめることは想像に難くない。それらが精神的な体力を大きく削いでいくだろう。


 また不安要素が出てきてしまった…。



 もう、これについてはクラスの奴らを信用するしかない。

 が、多少なりとも対策はした方が良いのだろうか…。


 

 今回の試験は本当に面倒くさい。流石、一学期最後の試験なだけはあるな。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


結局長くなってしまいました。


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