矢島との交流

 第二音楽室。


 そこは授業で使われることは少なく、吹奏楽部の使用する楽器が置かれているただの倉庫となっている。

 吹奏楽部なら別だが、ただの一般生徒がそこに出入りをすることなどないはずだ。

 だが、矢島叶助は平然とした顔でそこに寝そべっていた。この状況を楽しむような、そんな笑みを浮かべながら俺と対峙する。


「こんなところで、一体何をしていたんだ?」


 俺がそう問うと、矢島はやれやれといったジェスチャーをして答えた。


「見ればわかるだろ?昼寝だよ昼寝」


「今はクラスで試験についての話し合いをする時間のはずなんだがな。盗み聞きでもしてたのか?いつからここにいたんだ?」


「ふっ、そんなこと、君にはもうわかってるんだろ?」


 まぁ確かに予想できなくもない…。

 この学校は、どこの部屋も基本的にしっかりと施錠されている。それは音楽室や第二音楽室も例外ではない。

 どの鍵も職員室で借りることになっているので、当然のことだが、矢島は職員室で鍵を借りて第二音楽室へ入ったということになる。


 そして、第二音楽室と音楽室は一つの鍵で管理されているのだ。先ほど柊が鍵を返しに行ったことから、矢島の手元に鍵はないはずである。


 つまり、矢島は俺たちよりも先に職員室で鍵を借り、第二音楽室を解錠してから、鍵を戻してここに入ったのだろう。


「俺たちよりも前にいた…ってことか」


「まぁ、そうだね。だから私は、別に君達の話を盗み聞きしようなんざ思ってなかったんだよ。私が昼寝をしているところに、君らが勝手に入って勝手に話し合いを始めただけなのさ」


「話し合いの内容を聞いたことは認めるんだな」


「まぁ聞こえてしまったものは仕方ないだろう?」


 そう言って、矢島は不敵な笑みを浮かべる。おそらくこれらは嘘だろう。矢島は俺たちの話を盗み聞きするためにここに来ていた。それは間違いのないことだ。わざわざこの学校に来て昼寝をするメリットがない。本来なら休みであるため、家で寝ていればいいのである。

 

 さて、どうやって嘘を崩そうか…。そう思い、俺は矢島へ質問をした。


「なぁ、そういえば今何時かわかるか?この後柊と約束があってな。教室に携帯を忘れてきたから確認のしようがないんだ」


「ん?あー17時29分だね。少し急いだほうがいいんじゃないのかな?」


 そう言って、矢島は自分の携帯で時間を確認している。


 ちなみに、俺が今した質問の答えは特に意味のないことだ。

 俺はこの部屋に入る前から、もっと言えば音楽室を出た時から時間を体内時計で測っていた。

 質問をした理由は「桜井の手元には携帯が無い」と矢島に認識させるため。そして、矢島が本当に俺たちの話を聞いていたのかを確認する為だ。


 まぁ、俺に急いだほうがいいとアドバイスをするあたり、本当に聞いていたっぽいけどな。


 そして、俺はあと20秒で17時30分になるというところで、次の行動を開始した。


「なぁ矢島、お前は本当に偶然ここに居ただけなのか?」


「ん?どういう意味だい?」


「そのままの意味だ。俺は、お前は俺たちの話を盗み聞きする為にこの部屋にいたんじゃ無いかと思っている」


 俺のその言葉を聞いた矢島は、まるで俺を馬鹿にするかのように笑う。そして、先ほどと同じような言葉を口にした。


「ふはははは、さっきも偶然だって言っただろ?私

は偶然ここで昼寝をしていて、君達の声が偶然聞こえたんだ」


 そして、時刻は17時30分になった。ここで俺は仕掛ける。


「…そうか、なら当然お前には聞こえているはずだよな?今頃、隣の音楽室では俺の携帯のアラームが鳴ってるぞ?」


「な、なに⁉︎」


 そう言って、慌てて隣の音楽室へと繋がる扉に手を掛けようとする矢島。しかし、その行動を止めると、すぐさま俺の方へ向き直った。

 どうやら、自分が晒してしまった醜態に気が付いたらしい。


 俺は元々携帯を忘れていたわけでは無い。しっかりとブラザーの内ポケットに入れていた。ついでに録音もしてある。


 俺は何気ない質問から時間を聞き、矢島に俺が携帯を持っていないことを認識させた。


 そうすることによって、矢島が勝手に俺がした質問の意味を頭の中で補完してくれるのだ。

「時間を聞いて来たのはタイミングを図る為だったのか」という風に。


 そうすることで俺の嘘に真実味が帯びてくる。


「ははっ、やっちまったな…。こりゃあ一本取られたぜ。どうせ録音しているんだろう?」


「まぁな。それで、お前は何で盗み聞きなんてしていたんだ?わざわざ盗聴器なんて使っていたんだろ?」


「そこまでバレてたのかよ…」


 わずかな沈黙が流れた後、矢島はそれに答えた。


「私はね…、今回の試験で君の実力をクラスの奴らに示したかったのだよ。そうすれば、君は嫌でも力を発揮しなければならなくなるし、その結果、このクラスは安泰になるからね。私が楽をできる」


「ま、今のところお前は何もやっていないけどな」


「はははっ、それでも君の役には立っているだろう?」


「まぁ確かに」


 ある程度会話を交わすと、矢島は歩き出して俺の目の前で立ち止まった。


「まだ君の実力は伏せておくことにするさ。なんなら協力でもしてあげようではないか。そっちの方が面白そうだ」


 驚きの提案だ。まさか矢島がここまで積極的になるとは思いもしなかった。本当に、どうしたというのだろうか。


「どういう風の吹き回しだ?」


「なぁに、気まぐれさ。私はそういう男だよ」


 そう言って爽やかな笑みを浮かべる矢島。矢島のこういった表情を見るのは初めてかもしれない。まぁ確かに矢島は気分屋だったな…。


「何にしても、お前がそういってくれるのは心強いな。正直、今回の試験はかなり厳しいものになるかもしれないし」


「そうみたいだねぇ。でも私がいれば問題ない。ついでに、君のマジックもあるからね。何を見せてくれるのか、期待しているよ」


「そうか。なら期待しておいてくれ。そうだな…、とりあえず、何かあったら連絡できるようにメールの交換をしてもらえるか?」


「いいだろう」


 こうして、俺と矢島はメールを交換した。

 これで、俺の携帯に村田の他に2人目の男子が追加される事になる。まさかその相手が矢島になるとはな。


 

 少し扱いは難しそうだが、非常に優秀な駒が手に入った。本当に、本当に思いがけない大収穫だ。


 俺はそのまま矢島に別れを告げ教室へと戻る。どうやら既に話し合いは終わっていたようだった。


 時刻は17時40分を過ぎている。


「もうそろそろファミレスに向かわないと…か」


 俺は教室に置いてあった荷物をまとめると、何度か利用しているファミレスへ歩みを進めるのだった。

 



 


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