地獄より辛く甘い場所に君を堕としたい~不倫した妻を殺してしまった夫の狂愛劇~

かどめぐみ

第1話 プロローグ

 夏の夜の交番夜勤は、虫も寄って来るし、おんぼろエアコンはきかないしで何もいいことが無い。

 おまけに、何か事件が起こるなんてこともこのクソ田舎ではめったに無かった。酔っ払いの処理なんかが関の山だ。

 今日も例外ではなく、二階堂はただぼんやりと錆びたパイプ椅子に腰を掛けて遠くを見ていた。この案外地味な正義の味方を続けてもう十年になる。正義の味方なのかどうかも、最近ではよく分からなくなっていた。

 そろそろ寿命なのか、たまにチカチカ点滅する蛍光灯がまたチカチカと点滅した。

 ふう、と息をついてパトロールにでも出ようかと重い腰を上げると、一人の男が中へ入ってくるのが見えた。

 「すみません。」

 男が二階堂に呼び掛ける。声は力強くはっきりとしていた。

ブルーのワイシャツにチノパンを履いたその男に二階堂は見覚えがなかった。落し物でもしたのだろうか、と二階堂は男の元へ向かった。

 清潔な身なりをした男は、見たところ三十代後半くらいに見える。残業帰りにサラリーマンが落し物を確認しに来ることはたまにあった。

 「どうかされましたか。」

 二階堂は落し物収集箱の中身を簡単に目視して確認しながら男に問うた。

 「はい。妻を殺したんです。」

 男は顔色を変えずさらりとそう言った。

 あまりに自然なその発言に、二階堂には一瞬、男が何を言ったのか理解することができなかったくらいに。

 「はい?」

 二階堂は思わず男に聞き返す。男は静かにこう繰り返した。

 「妻を殺したんです。」

 二階堂はもう一度男の顔を見つめる。男の顔は、道ですれ違ってもすぐに忘れてしまいそうなくらい特徴がない。ただ一つ、全く光の宿っていないその瞳だけが異様だった。

 瞳の中の漆黒に吸い込まれそうになり、二階堂は慌てて目を逸らした。

蛍光灯が再び点滅する。

 外から入り込んできたらしい蛾が、点滅する蛍光灯の周りを飛んでいた。

 「ああ、刑事さん、良ければ僕の話を聞いてくれますか。」

 二階堂はその抑揚のない声に狂気すら感じていた。

 時計は、0時2分前を指していた。

 「クラミジア感染症ってご存じです?」

 いきなりの質問に二階堂は面食らう。

 そんな二階堂にお構いなく、男は機械のように男の身に起こったことを淡々と話し始めたのだった。

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