第44話 恋に有効期限はない

「ねえ、蛭矢えびやお兄ちゃん聞いて……」

「何だよ、夜美やみちゃん、抱きついてきて。もういい歳なんだから甘えるなよ」

「……あのね、蛭矢お兄ちゃんに大事な話があるの。だから、お仕事が終わったらいつもの中庭に来て」

「ああ?」

「……あたし、いつまでも待っているから」


****


 私は院内の窓際の影から、そんな二人の会話をする様子をずっと見ていた。


 夜美ちゃんが蛭矢君にそういう感情があるとは知らなかった。


 彼はオタクで女の子にモテる要素はなく、恋のライバル何て到底とうていいないと決めつけていたから。


 もしかしたら蛭矢君も彼女が好きかも知れない。

 彼女の想いに気づいてるかも。


 そう考えると胸がキツく締めつけられる。


『……じゃあ、あたしが奪ってもいいんだ?』


 あの時の夜美ちゃんの目は恋する男子に一直線で真剣な告白だった。


 私にあの行為ができるかな?


「私は蛭矢君のこと、どう思っているんだろう……」


 自問自答してみる。

 考えても出てくる答えは後悔と、人を好きになる怖さ。


 フラれるのが怖いから相手の深みに入り込まない。


 そう、私は恋に臆病おくびょうで怖いの。


 あの頃の高校時代からずっと気にかけていた彼を好きになるのが怖いの。


 だったら初めからなかったことにすればいい。


 永遠の片想いでもいいじゃない……。


「えっ……私は」


 今、私は何て考えた。

 彼に片想いしてるって?


 じゃあ、本当の私は蛭矢君が好きということかな。


 だったら何で自分に嘘をついてるの?


『嘘つき……英子えいこお姉ちゃんの嘘つき』


 あの夜美ちゃんの言葉が胸に刺さる。

 彼女は幼さながら、私の気持ちを見抜いていたんだ。


 恥ずかしさから、うわべながらの私は、本当は蛭矢君のことが好きということに……。


 そう感じた瞬間、私が乗っていた車イスは1つの決意を持った足となって動き出した。


****


「お兄ちゃん、ほんとに来てくれたんだね。あたし凄く嬉しいよ」


 でも、時はすでに遅かったみたい。


 私が駆けつけた時には二人は1つとなっていて、夕暮れの中庭の下で蛭矢君の大きな背中に夜美ちゃんが彼を離さないようにぎゅっと抱きついていた。


「夜美、お前、何してるんだよ?」


 でも、蛭矢君は戸惑っているみたい。


 そうだよね。


 まだスタイルなども幼く子供同然で何の魅力の欠片もない小学生が、いくら色目を使って何をしても大人にとっては、ただのじゃれあいにしか思えないよね。


 さらに子供と大人による10歳以上にもまたぐ年齢差も大きい……。

 

 ──ましてや血が繋がってなくても二人は兄妹きょうだい


 今まで妹として見てきたあたしを好きになってとか漫画とかアニメの世界じゃないんだから。


「──あたしね、お兄ちゃんのことがずっと好きだったんだよ」


 それでもあの子は勇気を出して告白した。


 彼からの返ってくる言葉が想像していた答えでも、彼女は後悔しないように素直な恋心を伝えた。


 今の私にそれができるかな。

 いや、無理だ。

 返事はNOだね。


 夜美ちゃんは凄いな。

 やっぱり私には無理だよ。


「夜美、ごめんな。僕はな……」


「……君とは付き合えない」

「ど、どうして?」


 彼の分かっていた発言に動揺する涙声。

 

 まだ小さい彼女は、恋に破れた1つの大人びた一人の女性として、その場で鼻をすすりながら泣いていた。


「僕はね、好きな子がいるんだ。その子はいつも大人しいけど芯は真っ直ぐでいつも僕を支えてくれた」

「……ぐすっ。そ、それって、英子お姉ちゃんのこと?」

「ああ、そうだ」

「……えへへっ、だったらその想い、しっかり伝えないとね」


 ガバッ。


「……ひいっ!?」


 私の隠れていた草むらから彼女の顔が飛び込んできて、思わず声を出す。


 ああ、びっくりしたなあ。


「英子ちゃん、いつからそこにいたの?」


 これには蛭矢君もびっくりしているみたい。


「えっと、二人が話をする前からですね……」

「マジかよ。やれやれ、プライバシーどころか、ストーカー被害にも会うとはな……こりゃヒクな」

「ごめんなさい」

「別にいいよ。ということはさっきの僕の発言も?」

「はい、バッチリ聞こえていました」

「いや、あれはな。ペットの名前でね……」


 蛭矢君が手足をドタバタさせながら状況を何とか説明している。


 もう、食べちゃいたいくらい可愛い子豚ちゃん♪


「ふふっ、苦しい言い訳ですね。でもいいんですよ、今回は引き分けという形で……」


 私と夜美ちゃん、どっちを好きになるのか、と付け加えると不思議そうな顔をする蛭矢君。

 

「私、蛭矢君のきちんとした発言から好きになってくれるのを待っていますから」

「なっ、何でそうなるのよ!」


 これには夜美ちゃんもめんを食らったらしく私に突っかかってくる。


「ふふっ、大人とはそういうものなのよ」

「ぶっー、英子お姉ちゃんズルいです。あたしはすでにフラれてるのにぃ

ー!」

「あはは、何とでも言って。それにね……」


 ぶうっと膨れっ面の愛らしい夜美ちゃんの頭をそっと撫でる。

   

「……何回もアタックすることが大事。向こうに付き合っている相手がいないなら実際に交際しない限り、まだフラれたとは言わないのよ」


 そう少女の耳元でヒソヒソした途端に、彼女は怪訝けげんそうな顔をする。


「なっ、何それ? 未練たらたらだよね?」

「だから夜美ちゃんにもチャンスがあるよ。お互い頑張ろうね♪」


 私は戦意喪失な夜美ちゃんの両手を優しく握り、くるくると一緒にその場で回る。


「ううっ、何かうまく言いくるめられたような気がするよ……」

「ふふっ、気のせいだよ♪」


「──というわけで蛭矢君、私たちどちらかを好きになるまで、覚悟はいいですか?」

「はっ、どういうことだ?」

「あなたの口から正式にどちらから好きという日が来るまで、私たちはずっと離れませんからね」

「何だよ、お前らネバネバ納豆かよ?」

「そう、恋はネバーギブアップです」

「だあー、義理の妹に天然娘……難しい判断材料だよな?」


 そう、今は急がず、無理に答えを求めなくてもいいよね。


 時間は有限だけど、きっかけさえ掴めれば、恋する時間はいくらでもあるのだから……。



第44話、おしまい。

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