1-4 大体手の平の上

 俺は魔力を隠し、探知されないようにしていた。計画にもほぼ狂いは無かった。

 イレギュラーがあったとすれば、正面玄関へ向かうようにと、ルートを指示されたこと。

 敵が待ち受けていたことから、相手の予定通りに動いたのだろう。


 まだあいつ・・・の思惑は分からないが、俺たちを囮として利用した可能性は高い。溜息を吐きたい気持ちを我慢し、周囲を見回した。

 男たちはどうしたものか困っているらしく、二階のガストを見ている。当の本人であるガストは、ニヤニヤしているだけで足を止めていた。

 後方に敵の気配は無いが、万が一にもお嬢様へ追いつかれても困るため、別ルートからの脱出を試みるべきだろう。


 魔法を使用できるようにしようと、腕輪へ手を伸ばす。

 途端、ガストが二階から飛びかかってきた。中断し、横へ回避する。


「簡単に魔法を使わせるつもりはねぇ!」


 ガストは、魔法が使えない傭兵として有名だ。

 だからこそ相手へ魔法を使わせず戦うことに長けており、腕輪を解除することへは敏感に反応する。なんとしても邪魔をするという気概が窺えた。


 腕輪の解除には少し時間がかかるため、方針を変え、腰元のナイフを抜く。それを見て、ガストが剣を構え直した。


「そうこなくっちゃなぁ! どっちが上か決めようじゃねぇか!」


 戦闘狂だと評判のガストからすれば、戦えることは願ったり叶ったりなのだろう。

 だがこちらとしては、どうにかガストを掻い潜り、残る男たちを避け、この場を脱したい。このアホと戦うアホな理由など、一つも無いのだから。


 方針を手早く決め、息を整えてナイフを構える。

 できればこのままの状態を維持し、時間を稼ぎ、隙を見つけて逃げ出したい。

 と思っていたのだが、ガストはすぐに動き出した。


「オラァ! オラァ! ソリャァ!」

「ぐっ」


 ガストが力のままに大剣を振り回す。二つ名通りの豪剣で、まるで嵐のようだ。

 だが、その暴風を逸らし、避け続けている俺としては、たまったものではない。殺す気か! と怒鳴りつけてやりたかった。

 俺がなんとか凌いでいると、イングが拳を振り上げながら言う。


「いいぞ、ガスト! 殺せ!」


 普通、殺さずに捕まえさせて情報を引き出そうとしないか? お嬢様がどこへ逃げたのかは分からず、俺を殺せばお終いだぞ? 顔でシュティーア家の執事だと分かっても、白を切られればどうしようもないだろ?

 こいつ頭が悪いなと思っていたら、イングが自分の腹を撫でながら言った。


「クックックッ! 残念ながら、お前の相棒はすでに捕まっているだろう! 外の者たちに連絡し、追わせているからな!」


 その言葉を聞き、大きく後ろへ飛び退る。どうやらこのままジリ貧の戦いを続けている場合ではないようだ。

 下がったことで、なにかをする、と気付いたのだろう。ガストは動きを止め、僅かに目を細めた。


 ――その瞬間を狙い、ナイフを投擲した。


 標的へちらりとも目を向けず、投げる素振り一つみせていない。武器を手放すなどと考えるはずもなく、完璧な不意打ちだ。

 巻き込んで殺されるのはたまらないと棒立ちしていた男たちは、ナイフを目で追うもできていなかった。

 しかし、ガストだけは驚異的な反応を見せ、すんでのところでナイフを弾く。相変わらず規格外だ。


「っぶねぇなぁ! ……あ」


 カチャリ、と音を立てて腕輪が外れる。これでようやく戦える状態になった。

 マヌケな声を出していたガストに対し、もう一本のナイフを引き抜き、真っ直ぐに突きつける。彼はすぐに大剣を盾のように構えた。


 そもそも、真っ当に戦うことは俺に合っていない。こういった風に、自分のペースへ持ち込んでこそ本領を発揮できるタイプだ。

 ここまでは好きにやらせていたが……ここからはずっと俺のターンだ。

 彼には少々痛い目にあってもらおうと、魔法を口にした。


「ディープ――」

「――ダークネス」


 闇の帳が落ち、周囲が暗黒に包まれる。これは暗闇の魔法だ。唱えたのは俺じゃない。だがよく知っている声だった。

 警戒を緩めぬまま数歩下がる。イングの叫び声が聞こえた。


「な、なにが起きた! 魔法を使ったのは誰だ!?」


 なにが起きたか分かっているじゃないか、とイングへツッコミを入れたいところだったが、闇の中から「うおっ!」「ぐわっ!」「ぶへっ!」という声や、バタバタと倒れる音がしているため、どうせ聞こえないだろうなと黙っていることにした。


 ……しばしの時間が経ち、誰かが指を鳴らすのと同時に闇が消え、明かりが戻る。別にそんなことをしなくても魔法は解除できるが、カッコつけるためにやったのだろう。そういうやつだ。


 二階のイングは全身に黒い衣装を纏った相手に、喉元へ細剣を突き付けられていた。

 一階では男たちが床に倒れており、その中央にガストが立っている。ちょうどイングへ背を向けている体勢だ。

 当然ながらイングは、最強の傭兵へ助けを求めた。


「そ、そいつらを倒したのはこいつ……”ナイトクロウ”だ! まさか実在したとはな! しかし、こちらにはまだガストが残っている! おい、ガスト! 早く私を助けろ!」


 求めへ答えるよう、ゆっくりとガストが振り向く。

 その顔を見て――イングは固まった。


「お、おま、おまおまおまおまっまままままっ」


 ガストの顔に、ナイトクロウ・・・・・・の面が着けられていたからだ。

 一階の男たちを倒したガストは、二階にいるもう一人のナイトクロウへ語り掛ける。


「で、そっちは全部片付いたのか?」

「片付いたからこちらに来たんですわ」

「そうかい。じゃあ、子猫ちゃんは逃げ切れたわけか」


 事情を全て理解した俺は、若干の苛立ちを覚えながら、二人の話へ割り込んだ。


「おい、お前ら本当にふざけるなよ? これから俺の見せ場だったろ? 魔法を被せるなよ! 助かったからいいけど! 後はガスト、お前だ。さっき本気で斬りかかってきたよな? どういうつもりだ? 殴らせろ!」

「なんだ、まだいたのか。もう帰っていいぞ。お疲れ、ポチ」

「お疲れさまですわ、ポチ」

「なんで、ポチって呼び名を知ってんだよ!」


 ヘラヘラ笑っているこの二人へ言いたいことは死ぬほどあるが、まずはお嬢様のことを優先するべきだろう。苛立ちながらも廊下のほうへ向け足を進ませる。

 だが、そんな俺の背へ、助けを投げかけた者がいた。


「ま、待ってくれ! 頼む、私を助けてくれ! 先ほど、ガストと良い勝負をしていたな? いくらで雇われたのか知らんが、言い値で払おう! この、王国への反逆者たちを捕まえてやろうじゃないか!」


 どうやらこの屋敷の迂闊な主は、まだ状況が分かっていないらしい。

 俺はその嘆願を無視し、片手を振って立ち去った。



 あらかじめ決めていた集合場所へ辿り着くと、いくつかの気配を感じた。だが、こちらに気付いたのだろう。一つを残し、後は方々へ散っていった。

 わざとらしく足音を立てながら、残る気配へ近づく。緊張しているのを感じ、優しく声を掛けた。


「キャット」


 バッ、と草木の中から影が飛び出す。

 頭だけでなく体にも葉や草をくっつけているのは、紛れもなくお嬢様だった。

 彼女は、あからさまに息を吐いた後、腕を組んで言った。


「遅かったじゃない!」

「遅かった云々よりも、その服装ではバレるので着替えておけ。どうして事前に、ここへ服を隠したと思っているんだ? バカなのか? バカだったな」

「バカの断言はやめてくれる!? ……仕方ないでしょ。グラスが心配で、気が気じゃなかったんだから」


 猫の面を外し、口を尖らせて言われれば、こちらも気まずいというものだ。いきなり素直になるのだから、本当にお嬢様は読めない。

 照れ隠しに頭を掻き、小声で言った。


「すみません。……じゃあ、着替えて帰りましょうか!」


 前半は小声だったので聞こえていないはずだ。そう信じながら着替えを始める。

 しかし、お嬢様は厭な笑みを浮かべながら言った。


「そういうときは、ありがとう、でしょ?」


 地獄耳め、と思ったが心配をかけたことは事実。礼の一つくらい言ってもいいだろう。

 少々気恥ずかしさを覚えながらも、素直に礼を述べた。


「いつまで着替えを見ているんですか? 変態ですか? 自分は雇われている立場ですから、見るな! とは言えませんが、物凄く嫌な気分であることを眼で訴えつつ、心配していただきありがとうございます、とだけは言っておきます」

「だから、全部口に出しているでしょう! ……あれ?」


 首を傾げているお嬢様を見て、そうそう、俺たちの関係はこれで良いのだ、と満足する。

 サッと着替えを済ませた俺は、軽い足取りで歩き始めた。


「ま、待って! まだ着替えてるからこっちを見ないで――って、置いて帰ろうとしてない!?」

「そんなことありませんよぉー」

「どうして声が遠くなってるの!?」

「気―のせーでーすよー」

「ままま待ってよぉ!」


 半泣きなくらいがポンコツお嬢様には良く似合っているな、と再認識した一流執事な俺は、やれやれと首を回すのであった。

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