護りたい君は陰なりて。
ゆゆ
渇望する日々。
当たり障りのない平凡な毎日。
変わらない景色、変わらない友達、変わらない親、変わらない自分。
いや、変われない、自分……か。
誰がどう見たって平均五十点のこんな日々は、ある日突然一通の封筒により奪われた。
いや、チャンスが訪れたというべきなのか?
それはプツンと糸が切れるようにいとも簡単に俺に降り注いだ。
『あなたはベータテスターに選ばれました。
頭脳派のあなたにはハンデとなるようにアタックしか使えないようにさせていただきました。
どうぞ、心行くまでこのゲームをお楽しみください。』
そんな内容の手紙と、今流行りのVRMMOを媒体にしたソフトが入っていたのを覚えている。
ソフトは無機質なケースに入っており、タイトルもイラストも何も書いていなかった。
時間を有り余らせている俺はなんの疑問も持たずにゲームを起動させた。
ヒュウーんとディスクの回る音を効果音にヘッドギアを頭につけた。
視界にはまるでゲームの世界では無いような仮想空間が広がる。
ふわりと風が舞い商店にはパンやケーキが並ぶ。
香りまでするような錯覚に陥り俺はゆっくりと商店街に吸い込まれていく。
「へえー……。これって食えるのか?」
そう呟き髭面のガタイのいい商人に話しかける。
【よお、坊ちゃん。買うのかい?売るのかい?】
「買いで頼むよ。おっちゃん」
俺がそう言えばおっちゃんは視線を斜め右にやる。
その動作につられ見上げればお金のマークらしき絵の横に’0‘と明記されているのに気がついた。
このゲームを起動させたばかりの自分にもわかる。
今の俺は無一文だということだ。
まあ、当たり前だよな。
だってまだ収入を得れるようなことしてないし……。
訝しげな表情を浮かべるおっちゃんに曖昧な笑みを浮かべ俺はその場を後にする。
あっぶねえ。
危うく食い逃げで某ゲームみたいに一生盗人って呼ばれながら生きてゆく羽目になる所だった。
頭の中で‘はぁい’なんて甲高い声がする。
そんな声を揺すり払うように頭を左右に振るう。
「金もいるし、ちょっとレベル上げがてらクエスト受けるか……」
はあ、と短く息を漏らし掲示板を探すようにキョロキョロと視線を泳がせる。
でも、その視線は直ぐに奥の人集りに奪われることになった。
う、うわあ……。
行きたくなさすぎる……。
他に稼げる方法は無いのかと、メニュー画面を開きチュートリアルと睨めっこをする。
すると【モンスターと戦う事でも稼ぐことができる】という文字が飛び込んでくる。
そうそうこういうの。
人混みが嫌いの俺にはもってこいだな!
そうニヤニヤしながらメニュー画面を落とし嬉々として歩みを始める。
この時俺は気付いてなかった。
これがどれだけ愚かで馬鹿な事だったかを……。
そう、それを知ったのはこの数分後であるモンスターを前にした時だった。
こうなるまで気づけない自分も自分なんだけどさ。
……俺、武器持ってなくね?
アイテム欄をどれだけ探しても見当たらない武器の文字。
木の棒とかでいいのに無いの?まじ?
あまちゃんな高校生にはモテないよ?こういうシステム。
だからいつまでもリリースできないんだよ。なんて悪態を吐きながら俺はアイテム画面を閉じる。
これしか無いのか……。
そう大きく息を吸い眼前の牛みたいなモンスターに殴りかかる。
周りからは『あの人やばい』とか『ゲームした事ないのかな?』なんて声がひそひそと聞こえる。
うるせえ。仕方ないだろ?あんな掲示板に近くのなんか死んでもごめんだったんだから。
てか、もみくちゃになって本当に死にそう。
必死になって殴ってみてもダメージがあんまり通ってる感じは無く、気がつけばモンスターに突進され宙を待っている所だった。
そりゃあ、レベル一だしな。
地面にけつを打ち付ける。いったあ…。
こんだけ痛いなら本当に死んだりして……。
冗談めかして考えたその考えは、向かってくるモンスターの威圧感によって現実味を帯びさせる。
生き返れるのか?こんだけ不備のあるゲームだぞ?最悪ここで終わりなんてことも……。
「はは、うそ、だろ?」
乾いた声が漏れ後ろにずり下がる。
その時、コツンと手に硬いものが当たる。
それを拾い上げ視界に入れればそれは骨らしき形をしていた。
ほ、ね?な、なんの?でも、怖気付いてる暇はない。
これがもし人のものならそうこうしている間に次こうなるのは自分かも知れない。
そう考えたら怖くなって、気がつけば何のかもわからないソレをモンスターに投げつけていた。
ソレが当たればモンスターは急に火花が散ったかのように、はじけて消えた。
【ディアブロがアイテム 最後の希望 で モータン を倒しました】
そんなテロップが流れ、腰を抜かしたまま俺は大きく息を吐いた。
あいつ!あんないかつい見た目して!名前がモータン!?
ふざけんなよ!!
死んだかと思ったじゃねーか!
内心ではキーキーと怒りながらもゆっくりと思い腰を上げる。
てか、最後の希望?なんだ、そのアイテム。
俺は疑問符を浮かべ図鑑ページを開きさ行を調べる。
「さ、さ……あった。、、、げ、」
思わずそんな声を漏らししゃがみ込む。
【最後の希望 プレイヤーが死の間際に落とすレアアイテム。
敵に投げると即死させることができる。】
さ、最悪だ。
さっさとログアウトしよう。そうしよう。
俺はそう決意し手をかざしメニュー画面を開く。
視界の端に映るログアウトの文字に安堵し指先でその文字に触れてみる。
ピッ、と高い音が鳴る。
ああ、これでこんなゲームとおさらばできる。
そう笑んだ表情は直ぐに眼前に現れるタブにより消えることになる。
【ログアウトはできません】
は?え?うそだろ?
そんなんだからリリースに辿り着けないんだろ!?
そんな悪態を吐きながら何度も何度も何度も叩きつけるようにそこをタップする。
最初は指先だったその手は気がつけば握り込んでしまっていた。
【ログアウトはできません】
【ログアウトはできません】
【ログアウトはできません】
ログアウトハデキマセン
呪文のようにグルグルと回るその言葉は、俺を絶望させるには充分すぎる言葉だった。
これから俺は、こんないつ死ぬかも分からない場所でこの身一つで生きていかねばならないのか?
そんなの嫌だ。怖い。
そう恐怖にじわじわと支配されていく。
でも待てよ、さっきみたいに何とかなる方法があるかも知れない。
そうと思えば行動だ。
この体が恐怖に包まれ切ってしまう前に。
そう思ってからが早かった。
俺は足を広場に向けゆっくりと一歩、一歩と歩みを進める。
誰に聞くのが一番いいだろうか。
そこまで考えてさっきのおっちゃんが頭に過ぎった。
さっきは悪いことしたしな……。
足取りは少し重くゆっくりとさっきの商店を目指した。
辿り着き足を止めればおっちゃんは少し怪訝な表情を向けた。
当たり前だろう、さっきあんなことしたんだし?
「や、やぁ、」
【買うのか?売るのか?どっちだ?】
「買うから、その顔止めて!すっごい怖い!」
ゴゴゴゴゴ、なんて低い地響きが聞こえそうなぐらい睨まれ俺はちじこまってしまう。
さっきはごめんって。悪いとも申し訳ないとも思ってるから許してくれよ。
「クロワッサン一つくれ……」
無けなしの金で買えるギリギリのパンを一つ選びおっちゃんの顔を見上げればその表情は営業スマイルに切り替わる
【買うならさっさと言えよな、兄ちゃん!】
「は、は。あのさ、ログアウトしたいんだけどさ。やり方教えてくんね?」
乾いた笑みを漏らしそう続かせれば、おっちゃんは優しく笑ったまま声を出す。
【ああ、ログアウトな。最近それ聞かれることが増えたんだよ。この世界にはな、ログアウトゲートって言うのがあってな?そこを通ればログアウトできるらしいぜ。いつ開くかは定かじゃないみたいだけどな。】
ま、俺には関係ないけどな。と彼は続かせ紙袋を渡される。
どうやら、お金は勝手に引かれるシステムらしい。
なるほど、便利だな。なんて考えベンチを目指し歩き始める。
しかしながら、ここは本当に景色が綺麗だよな。
洋風の建物と自然が織り成す景色は現代社会じゃ、とてもじゃないけど拝めなさそうな景色だ。
その景観の中でも一際目を引く大木の下にある、ベンチに俺は腰掛け紙袋を開ける。
クロワッサンの甘いバターの香りが鼻腔を満たす……。
なんてことはないけど、何となくそんな気持ちになる。
ふわりと風に揺られ木が揺れる音を聞いていた。
カサカサと葉と葉が重なり合う音に少し心が落ち着く。
こうでもしないと呼吸が出来なくなりそうな程、余裕が無かった。
ゆっくりと実感の沸かない事を咀嚼し無理やり飲み下す。
ログアウトが出来ない事。
いつ開くか分からないログアウトゲートを探して通らなければ行けないこと。
それまではこの身一つだということ。
……ああ、神様。
俺はあなたに何かしたでしょうか?
いや、何もしてこなかった報いかもしれない。
どうにかなる。どうにかさせる。
俺はそう意気込み空を仰いだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます